第2話 諸肌を脱ぐ

 海は塩辛いと聞いていたが、桃太郎が味見したのはこれが初めてだ。


 そして今、波に揺られながら海の中で若い女を抱きかかえている。上空から雉ノ助に見つけて貰えたのは運が良かった。


 桃太郎は声が聞こえた方に目を向けると、小舟が近づいてくる。その船首には犬が身を乗り出し、船尾で猿が器用にを使って漕いでいた。


 「犬吉いぬきち! 猿右衛門さるえもん! 早くっ」


 暖かい季節になっていたが、海水はまだ冷たい。このままでは、二人とも体力を奪われてしまう。


 「ゴホッ、かはっ」、どうやら女が意識を取り戻したので「しっかりしろ!」と声を掛ける。薄目を開けて桃太郎の顔を間近で見つめた。桜色の薄唇は何かを言っているようだが、今はそれどころではない。


 「さぁ、つかまれ! 犬吉、引っ張れ!」


 ザバン……ザパーン


 「何かがこっちに向かってくるサル!」


 猿右衛門は背筋を伸ばしその方角を示した。

 桃太郎は女の尻を両手で小舟に押し込み、次いで自らも乗り込む。


 体力は海水に奪われていた。

 しかし、迫りくる強い殺気に危機感。


 「刀は持ってきてくれたか!?」 

 「もちろんだサル!」


 桃太郎は猿右衛門から受け取った刀を構えた。


 ――来る。


 ザッパーン


 太陽の光を遮るほど巨大な魚。

 小舟は激しく揺れるが、足腰を踏ん張る。


 夕立ちの如く海水が降り注ぎ、鋭い歯が並ぶ大きな口が目の前に。


 ガチッ


 刀で受け止め、力の流れを横へ逃す。


 ドブーン


 豪快な白波を立て巨大な魚は海の中へ。


 「急いで岸辺に戻るぞ!」と、桃太郎が叫ぶと呆気に取られていた猿右衛門は、慌てて小舟を漕ぎ出す。


 桃太郎は折れた刀を悲しむよりも、女の様子を気に掛けていた。小刻みに震えているが、肩で大きく息をしている。黒装束はずぶ濡れ。全身に張り付く生地は、滑らかな曲線美を浮き上がらせ、女の体をより強調させていた。


 ――早く岸へ戻って、体を温めなければ――



 バシャバシャバシャ……


 ザッパーン



 再び、皆の視線が空を見上げる。

 先程の巨大な魚か、大きな目をぎょろり。口から血を流しながら頭上に現れた。


 ――しまった! 刀はもう――


 だが、その巨大な魚よりも更に大きな影が、視界の全てに迫ってきた。

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