桃太郎と一輪の花

伊桃 縁

第1話 決戦

 その鬼の正体、それはそれは美しい女だった。


 桃太郎にとって、それは稲妻が胸を突き抜け全身を駆け巡ると、その衝撃は股間にまで達していた――。


 般若の面、砕け割れ地面に落下。顔を覆う布もはらりと解けた。露わになった白雪のような頬に細く赤い線が滴る。


 桃太郎は刀を構えたまま、その女に釘付け。


 「……何故、鬼の姿になっていたのですか!?」


 女は眉を釣り上げ、刀を握りしめた。


 「教える義理はない」


 初めて声を発した女が向かってくる。桃太郎は攻撃を刀で受け止めると「戦う気はありません」と伝えるが、女はそれを気にも留めない。


 断崖絶壁の上、砕け散る波しぶきの音は刀と刀が交わる音を掻き消す。


 「どうしちゃったイヌ……」

 「なんだか、女だと分かってから様子が変だサル」

 「ふむ、これがってやつキジな」


 『はぁ!?』


 桃太郎のお供をしている訳あり三匹衆は、二人の決戦を見守っていた。


 容赦なく斬り込んでくる女、避ける桃太郎。らちが明かぬ戦いに終止符を打つべく、ついに桃太郎は「御免!」と言って力いっぱい女をぶん投げる。その拍子に女の刀は放り出され、一回、二回転し片膝を付いて着地。スッと立ち上がると今度は小刀を構えた。


 桃太郎は深く息を吐くと、刀を鞘に収めてから。一瞬、女は驚きを隠せなかったが、桃太郎がこちらに足を踏み出したと同時に警戒を強める。


 「話を聞かせてください。そなたとは、その……仲良くなりたいのです!」


 女は顔を歪め、「来るな! 近付いたら斬る!」と威嚇する。


 「そなたは、強く凛とした芯の持ち主だと感じます。そして……誰よりも美しい。なのに……何故、姿するのですか?」


 女は後退り、桃太郎が一歩、また一歩と近付くにつれ一定の距離を保つ。


 互いに目線を反らせない。


 近付けない。

 近付けさせない。


 すると、桃太郎は気付いた。女の目に水面が揺れるような輝きとすぐ後ろの崖に。「危ない!」桃太郎が手を伸ばすが、女は足を踏み外し崖から海へ落ちてしまった。


 「雉丿助きじのすけ! 空から探してくれ!」


 桃太郎が叫び、急いで甲冑を脱ぎ捨てふんどし一丁になると、追って海へ飛び込でいった。

 


 

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