六、思わぬ提案と自分の正体

 そんなある日のこと。いつも通り店に入ると、客は一人しかおらず、その客もうどんを食べ終えて帰るところだった。


「ご馳走様でした」


「はい、ありがとうございます」


 客を見送ると、恒司つねじは席に着いた。すると、すぐに小夜さよがやってきた。


「恒司さん、こんにちは。今日もきつねうどんですか?」


「あぁ、頼む」


 注文を受けてから、小夜は厨房へと向かう。

 すると、店主が恒司に近寄ってきた。


「恒司さん、最近よく来てくれてるね。小夜と仲良くしてくれているようで嬉しいよ」


「いえ、こちらこそ……」


「……恒司さんは、これからもこの店を続けて欲しいと思うかい?」


「それは……どういう意味でしょうか」


 突然の質問に、恒司は戸惑いを隠せない。

 店主は少し考えてから言った。


「う~ん、何と言えばいいのかな……?恒司さんがもし望むなら、娘を嫁にやってもいいと思っているんだけどね」


「なっ……!?」


 恒司は絶句してしまった。そして、慌てて言い返す。


「いやいや!何を言ってるんですか!」


「私は本気だよ。なんたって、君は店を救ってくれた恩人だからね」


 店主は気にせず食い下がる。そこへ、うどんを持った小夜が戻ってきた。


「えっと……私は恒司さんとなら、喜んで……」


「ほら、本人もこう言っていることだし……どうかな?」


「う……うぅ……」


 恒司は迷っていた。ここで承諾すれば、この先も一緒に居られるかもしれない……。だが一方で、キツネの自分が人間の娘と結婚するのはどうなのかとも思った。


(これは、言わねぇとな……)


 恒司は意を決して口を開いた。


「すみませんが、それはできません……」


「おや、どうしてだい?」


 店主の言葉に、恒司は一部の変化を解き、耳と尻尾を出して言った。


「俺は……キツネなんです……」


「うん?それが何か問題でも?」


「へ……?」


 意外な答えに、恒司は思わず間抜けな声を出してしまった。店主はニコニコしている。


「恒司さんの正体は、娘から聞いていたからね。キツネだろうが何だろうが、関係ないよ。大事なのはお互いが好きかどうかじゃないかい?」


「それは……そうかもしれませんけど……」


「それに、キツネだってことは私達以外には秘密にしていれば良いんじゃないかな?……それでも駄目かい?」


 店主の言葉を聞いているうちに、恒司の心は揺れ動いた。そして、ついに決心する。


「わかりました……。そこまで言うなら……」


「本当かい?よかったよ」


 店主が微笑んでいると、小夜は恥ずかしそうな顔をしながら恒司の隣に座った。


「というわけで……恒司さん、改めてよろしくお願いします!」


「あぁ……こちらこそ……」


 こうして、恒司と小夜は夫婦となった。

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