三、ピンチ発生……?

 落ち込む恒司つねじのもとへ、なにやら良い香りが漂ってきた。


「そういや、朝から何も食ってなかったな……」


 思い出すと急に腹が空いてきてしまった。匂いの正体を探るべく、辺りを見回す。すると、小さな店が目に入ってきた。


(あれは何を売ってるんだろうか……?)


 興味を引かれたので近寄ってみると、中からは油揚げの良い香りがしてきた。そして、店番をしている女の姿が見える。


「美味しいおうどんがありますよ~」


 愛想よく客引きをしていた。恒司は、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。


(旨そうだな……。金はねぇが、ちょっとだけ……)


 そう思って人間の男に化け、暖簾のれんくぐろうとした時、女がこちらに気づいて声をかけてきた。


「あ、お兄さん。おひとりですか?今ならサービスしますよ!」


「え、あ……あぁ」


「ではお好きな席に座ってくださいね」


「……おう」


 恒司は言われるまま店内に入り、席に着く。しばらくして、女が戻ってきた。


「はい、自慢のきつねうどんよ!冷めないうちにどうぞ」


 目の前に置かれた器の中には、つゆに浮かぶ大きな油揚げが入っていた。それを箸でつまんで口に入れると、ジュワッと揚げの味が染み出してくる。


(う……うめぇ……)


 恒司は夢中で食べ進めた。

 その様子を陰から見ていた女は、おや、という顔をした。男の耳がピンと立ち、尻尾もゆらゆらと揺れている。


(あら、可愛いお狐さんね。……でも、このままだと他のお客さんにも気づかれてしまうわね……)


 女は少し考えてから、厨房へ戻って水の入ったおけを持ってきた。そして、男へ差し出す。


「お兄さん、おうどん熱かったでしょう?汗をかいただろうから、少し顔を洗うといいわ」


 恒司は顔を上げると、「おう、気が利くな」と一言言った。

 そして、女が離れた後に桶の水を見ると、そこにはキツネ耳の出た自分の姿があった。


(げっ……!しまった……!)


 慌てて耳を引っ込める恒司。幸いにも他に客はいなかったため、気付かれることはなかった。


(危ねぇ……。いや、ちょっと待て……!あの女には気づかれてるんじゃねえか!?)


 恒司は、女の方を恐る恐る見る。すると、視線を感じたのか、女は恒司の方を見た。目が合うと、ニコッと微笑む。恒司はドキッとした。


(うぉ……なんだこれ……ドキドキする……)


 今まで感じたことのない気持ちに戸惑いつつも、恒司はお勘定を済ませようと立ち上がった。

 すると、女はこう言ってきた。


「あ、お金はいいですよ。その代わり……また来てくださいね?」


「お……おう……」


 恒司は恥ずかしくなり、足早に店を後にした。


(なんだってんだよ……まったく……)


 恒司はキツネ姿に戻り、今日のところは山へと帰ることにした。

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