第9話 ヤリゲイドウの花言葉

 凡子は校門を出て、一人寂しくとぼとぼと歩いていた。


(今日も避けちゃった……どうしよう……)


「平!」


(もうずっとこのままなのかなぁ……)


「平!!」


 突然、自転車に乗った伊圭男が凡子の目の前に現れた。


「うわあぁ?!」


 ちょうど伊圭男のことを考えていた凡子は思わず尻餅をついた。


「いたた……」

「大丈夫か?」


 見上げると、伊圭男は手を差し出していた。凡子は一瞬躊躇ったが、結局伊圭男手を取った。どちらかと言えば華奢な伊圭男はいとも簡単に凡子を立ち上がらせた。


 お互いしばらく黙っていたが、「あのさ……」と、二人は同じタイミングで口を開いた。


「…………」


 伊圭男は無言で凡子の言葉を待っていた。それを見た凡子は伊圭男の靴を見ながら躊躇いがちに話し始めた。


「あの……ごめんなさい! あの日から気まずくなっちゃって、池目くんのこと、わざと避けてた……本当にごめん」


 やや間があって、「大丈夫」と伊圭男は答えた。


 久しぶりに聞いた伊圭男の声は凡子の心を軽くした。あの時とは違う、優しい声。


「平」


 凡子は、はっ、と顔を上げた。


「……平は、全然ダメなんかじゃない。取柄がないわけでもない。真面目だし、頑張り屋だし……優しい。全然喋らない俺に対してもみんなと同じように、変に特別扱いせずに話しかけてくれるし。外見は、原石みたいに磨けばいくらでも輝くことができる。平凡な顔だって、つまりはなりたい自分に、どんな平にも七変化できるってことだ。平は、なりたい自分になりたくないか?」


 伊圭男は鞄から押し花の栞を取り出した。黄色と赤とピンクの針葉樹の葉のような形の花だ。


「ヤリゲイトウ。花言葉は、個性」


 凡子は伊圭男から栞を受け取った。


「二十万種ある花でさえ、みんな違う。同じ種類の中でも、花弁の大きさが違ったり、色が違ったり、模様が違ったり、花言葉が違ったりする。それに対して人間は七十五臆人もいる。平にだって、個性はある。『私なんか』なんて絶対に思っちゃ駄目だ。もちろん、言うのも」


 凡子は言葉が出なかった。灰色がかった瞳から視線を外すことができなかった。


「それだけ」


 伊圭男は自転車の向きを変え、夕日に吸い込まれていった。

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