第8話 埋まらない距離感

 翌日。教室に入ると、伊圭男はすでに自席に座って本を読んでいた。凡子は無言で席に着くと、非常に珍しいことに、伊圭男の方から声を掛けてきた。


「おはよう」


 昨日の放課後のこともあって、凡子は伊圭男とうまく目を合わせられないでいた。


「……おはよ」

「…………」


 伊圭男は何か言いたそうに凡子を見つめていたが、凡子は全然伊圭男の方を見ないので、諦めて読書を再開した。


 ふと、凡子は昨日花の水替えをしていないことを思い出した。急いで教室の後ろへ行き、花瓶に手を伸ばそうとして、あれ、と凡子は違和を感じた。なんと、きれいな水が太陽の光できらきらきらめいているのではないか。


(えっ、昨日替えてないはずなんだけど……)


 時々どうしても自分ができない時は京子に頼んで代わりにやってもらうことはあるが、昨日は特別頼んではいないし、教室には誰も残っていなかったはず。……伊圭男を除いては。もしかして……と、思って凡子は伊圭男の方を見た。しかし、いやいやまさか、と首を振って自席に戻った。


 それからというもの、伊圭男は度々凡子に話し掛けようとしたが、少しでも近づくと凡子は逃げるようにその場を立ち去り、目が合いそうになったらすぐさま逸らしていた。伊圭男の話題になっても、何となく話題を逸らそうとし、自分からは一切伊圭男の話はしなかった。


 そんな日々が、しばらく続いた。

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