第2話 不思議な転校生

 休み時間。


不細工(ぶさいく)又はブスとは、容姿や見た目が醜い様子を指す。元は細工(工芸品)の出来が悪いことをいい、転じて、物事一般に体裁が悪いこと、好ましくないことを指す。(ウィキペディアより)


(どうせ私は平々凡々を下回るブスですよ……)


 スマホでウィキペディアを見ていた凡子はクラスメイトと談笑している、というよりは一方的に話しかけられている伊圭男を恨めしそうに横目で盗み見た。


「なんでこんな時期に転校したの?」

「……親の転勤で」

「へ~大変だね」

「…………」

「あ、そうだ、連絡先交換しよ~」

「ねえねえ、彼女いるの?」

「好きなタイプは?」


 さっそく女子に囲まれている。そして、凡子は女子たちの肉食動物並みのがっつき具合に心底引いていた。すると、前の席に座っていた凡子の友人である佐藤陽菜さとうひなが振り向いた。低めに結んだツインテールが何とも可愛らしい。


「やばいね、ぼんちゃん」

「何が?」

「転校生君に決まってるじゃん! 池目君だっけ? 競争率高そ~」

「え、ひーちゃん、もしかして狙ってる?」

「そぉんなわけないじゃん! 男はもっとふつーな感じの方がいいよ、能丸君みたいな」

「へえ、ひーちゃん普都男ふつおがタイプなんだ」

「は?! えっ、違うし! 『みたいな』って言ったじゃん! 例え話だよ!」


 陽菜は真っ赤になって全力で否定するが、全然説得力がない。ちなみに説明しておくと、普都男とは、凡子のクラスメイトかつ幼馴染の能丸普都男のうまるふつおの事である。容姿、成績、運動神経など、全てにおいて普通、つまり平均的な男子である。


「ふ~ん」


 凡子は友人のそんな様子を見てニヤニヤするのであった。


「ていうか何がやばいって話だっけ?」


 凡子が話題を戻したので、陽菜は心底ほっとした。


「そうそう、やばいっていうのは、毎日あんな感じだとやばいねって話」


 陽菜は教室の入り口を指差した。そこには、赤い上履きの女子たちが集まっていた。三年生だ。


「転校生くんどれ?!」

「あそこ! やば! めっちゃイケメン!」

「え! 謎のイケメン転校生の噂って本当だったの?!」

「留年しようかな……」


 それを聞いたクラスの女子たちがギロリと上級生を睨みつける。


「うわー女子怖いね~って言うわたしらも女子なんだけど。どうする、あんなイケメンに告白されちゃったら?」


 凡子はぴしゃりと返した。


「絶対あり得ない。平々凡々な私なんかに告白する人がいるなら見てみたいね」

「だから~その『普通』がいいんじゃん。普通が一番だよ! ぼんちゃん、また卑屈になってる~」

「事実です。まあ、普通が一番っていうのは否定しないけど……」


 ふと視線を感じた凡子は辺りを見回した。伊圭男は相変わらず女子に質問攻めされている。


「どうしたの?」

「……ううん、なんでもない」


 きっと気のせいだ、凡子はそう思い、陽菜との雑談を再開した。





「それじゃあ、今日はここまで」

「起立、礼」

「ありがとうございました」


 静かだった教室が号令と共に一気に活気づいた。


「伊圭男~帰ろうぜ~あ、校内案内でもいいぜ~」


 普都男が伊圭男に声をかけた。仲良くなった、というよりは普都男が一方的に絡んでいるだけである。


「ぼんちゃん、また明日ね!」

「うん、バイバイ」


 凡子は陽菜に手を振り、教室の後ろに飾ってある花瓶を手に取った。


 凡子のクラス担任の花好香織はなよしかおり先生は実家が花屋だということもあって花が好きで、月に二回ほど違う種類の花を「おすそ分け」と言って持ってくるのだが、日々の水替えは先生に言って凡子がやらせてもらっていた。実は、凡子は昔から花が好きなのだ。今は桃色のスイートピーがこの教室に癒しをもたらしている。


「それにしても、変わった子だなぁ……」


 凡子は今日起こったことを思い返していた。

 

 やけに無口だし、そのせいでいまいちどういう人か掴めないし、数学の授業中に黒板の前に立って席に戻ろうとした時に目が合った……気がするし、ことごとく女子に話しかけられてもほぼ返事しないというかたぶん無視してるし、かといって男子とはやっぱり口数は少ないけど普通に話してるみたいで転校初日で「蝶の声」とかよくわかんないけど言われちゃってるし(蝶は鳴き声を出さないんだろうけど、音を出す蛾はいるらしい)……とにかく不思議な子。


 凡子は、もっと彼のことを知りたいと思った。


 伊圭男は、花を見ながら優しく微笑む凡子をしばらく見つめた後、普都男を置いて教室から去って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る