その31 タンクの仕事
「はじめまして、アテナちゃん。新しくパーティーに加入することになったエイプリルです。これからよろしくね~」
アテナの前に屈んで、手を差し出すエイプリルだったが、当の本人は怯える子猫のような瞳でじっと見つめている。
「だいじょうぶ、おねえさんこわくないよ~」
なかなか握手をしてこない彼女に、優しい笑顔と口調で話しかけた。
(変態だけどね…)
その言葉に3人は心の中でツッコミを入れる。
すると、彼女はおずおずと手をだしてきて、エイプリルの差し出す手をきゅっと掴んできた。その小さな手にエイプリルは、とても可愛らしく思いながら優しく微笑み返す。
「あらためて、これからよろしくね」
エイプリルの温かい雰囲気を感じ取ったのか、アテナは恥ずかしそうにもじもじしていたが、次第に表情を和らげて、こくりと小さく首を縦に振る。
「さあ、自己紹介も済んだしデイリークエストを受けようか?」
「前回のリベンジだね!」
5人が<薬草取りⅢ>を受けると、エイプリルは戦闘用の装備に切り替えた。
フルプレートアーマーのようなデザインの”中級騎士鎧装備一式”、左手には身長と同じくらいの長さがある大盾”鉄のタワーシールド”、背中には大槍の”ランス”、腰には魔法用のワンド”マジックワンド”を装備している。
鎧は女性用にデザインされており、勇ましさの中に華麗さも備わっているので、威圧感は余り感じない。
「エイプリルちゃん、凄い装備だね」
「ありがとうございます♪」
驚くアカネの言葉に、彼女は照れくさそうに返事をする。
「私はサービス開始からプレイしているので、レベル38あるんです。だから、これだけの装備が使えるんですよ」
「へぇー、そうなんだ~。すごいなぁ~」
アカネが感心したように言うと、エイプリルは急に“どよ~ん”とした空気を発し始めた。
「おかげで漫画執筆とゲームばかりしていたので…… リアルのお友達は殆どいませんけどね…… 」
エイプリルは高校に入ってから、ゲームと漫画執筆にのめり込み過ぎて、リアルの友達は皆無に等しいという。
「私がタンク職のビルドになったのも、ソロプレイで困らないように模索していたら、結果そうなっただけなんです…… 」
MMORPGにおいて、ソロプレイが安定するには回避力か防御力を高めて、被ダメを抑えるか、受けるダメより回復力を上げるか、ペット・テイム職で直接戦わないかである。
エイプリルが選んだのが、防御力による被ダメ下げプラス回復力であった。
武器が大槍のランスなのは、大盾を装備するために上げたSTRを活かせる重量武器だからだ。
「エイプリルちゃんは、独りじゃないよ! 私が友達だよ!」
「ありがとう~ アカネちゃん~!!」
エイプリルは感極まって、アカネの両手を握るとブンブンと上下に振り喜びを体現する。そんな彼女をアカネは嬉しそうに見つめていた。
「では、いきましょう~!」
元気を取り戻したエイプリルの号令のもと、一同は馬に乗ると前回激闘を繰り広げた山に向かう。
山に入ると相変わらず狭い山道にゴブリンが徘徊しているが、新体制のアカネPTには、むしろ腕試しの恰好な獲物である。
「早速購入した戦技を試したいんだけど?」
アカネは前回の戦いの後に、なけなしのお金で”二連撃”と”切り上げ”の戦技を購入しており、そのため防具は据え置きとなっている。つまりは紙防御のままであるが、それはまた別の問題だ。
「エイプリルちゃんが、タゲを固定したら試していいよ」
ハルルがそう答えると、アカネは嬉々として抜刀した。
「じゃあ、私が釣ってくるから、エイプリルちゃん迎えよろしく!」
「うん、まかせて!」
ハルルが、マジックライフルでゴブリンを攻撃してエイプリルに向かって走ってくると、エイプリルはゴブリンのタゲ(ターゲット)をハルルから自分に向ける戦技を使用する。
「挑発の光!」
エイプリルの音声入力の後、MPが消費され戦技が発動すると、エイプリルの全身が輝く。その効果は標的の敵対心を上げるもので、ゴブリンはハルルから彼女の方に向かってきた。
「誘引の光!」
エイプリルは更に敵対心を上げる戦技を使用すると、彼女の体に光が舞うエフェクトが発生する
その効果は一定時間標的の敵対心を徐々に上げるというもので、これで更に自分にゴブリンの敵対心を蓄積させ攻撃を自分に集中させるのだ。
「さあ、おいで~♪」
彼女が笑顔で言うと同時に、ゴブリンがそんなエイプリルに武器を振り下ろすが、その剣はガキンッ!! という金属音と共にタワーシールドによって防がれる。
「そこですっ!」
シールドで攻撃を弾かれて体勢を少し崩したゴブリンに、エイプリルは大盾を構えたままランスで突き刺して、ダメージと敵対心を与える。
エイプリルは、HP・MP・STバーを常に意識しながら、敵対心を上げる戦技、回復、攻撃をおこなう。
タンク職の役割は、自分に攻撃を集中させパーティーメンバーの生存率を上げることであり、そのために自己犠牲を払うことも厭わない。
この後の戦闘でも彼女は、何度でも盾となり、矛となって仲間を守るだろう。
「アカネちゃん、戦技を試してもいいよ♪」
この程度のレベルのゴブリン相手では相手にならないのか、エイプリルの声には余裕がある。
「え? もういいの!? ありがとう! 行くよ~!!」
アカネは嬉しそうに返事をするや否や、ゴブリンの背後から二連撃のスキルを発動させた。
「二連撃!」
彼女が音声入力すると、体が勝手に動き出して二連撃の斬撃をゴブリンに繰り出す。
「えっ!? えっ!?」
自分の意識とは関係なく、勝手に斬撃を繰り出す体にアカネは激しい違和感を覚えて困惑してしまうが、二連撃のおかげでゴブリンは撃破される。
―ピロン♪
<経験値を100手に入れました>
そして、二連撃が終わったところで、やっと体の自由を取り戻したアカネは自分の手を見つめながら呆然としていた。
「うぅ~。やっぱり、勝手に体が動くのはいくらやっても慣れないなぁ…」
剣術の反復練習で、体に染み込ませた動作以外の動きを無理やりさせられるような感覚が、アカネはどうしても好きになれない。
「戦技もオートからマニュアルにしたらいいよ」
「もう、ハルルちゃんったら! できるんだったら、早く言ってよ~!」
ハルルのアドバイスを聞いたアカネの口から出た言葉は、感謝では無く抗議の言葉だった。
すると、エイプリルがアカネの援護射撃をしてくる。
「アカネちゃん。ハルルちゃんは意地悪だから仕方がないよ~」
「ホント、そうだよね~」
「「ねぇ~」」
共感する似た者同士の二人。
その後ろで、ハルルがサングラスを掛けて鬼になっている事も気付くずに、呑気に笑う二人であった……
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