その30 注意事項






「アカネちゃん、さっきは本当にゴメンね。恥ずかしい思いをさせて」


 エイプリルは申し訳なさそうな顔で謝った。


「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」


 アカネは笑顔で返す。


「アカネちゃんって、やっぱり優しいね」

「そっ そんなこと無いよ~。えへへへ~」


 エイプリルがしみじみと言うと、アカネは照れ臭そうに答えた。


 そんな二人のほのぼの会話を見ながら、バイオレットがハルルに問いかけてくる。


「どこまでが計画だったんですか?」

「私がエイプリルちゃんを追い詰めたところまでです」


 ハルルは話を続ける。


「本来なら例えあそこから彼女がゴネたとしても、動画サイトに”タンク役を誘ってみた!”という名目で、今回の一部始終を録画していた動画を初音さんに見せると言って、脅すつもりでした」


「……なんとも用意周到ですね…」


 バイオレットは口ではそう言ったが、内心では(この子は、相変わらずやることが容赦ないな…)と、その悪辣な計画に戦慄を覚えていた。


「でも、アカネちゃんが辱められたにも関わらず、エイプリルちゃんを庇ったので、プランB”アカネちゃんの真心大作戦”に切り替えたんです。エイプリルちゃんの性格なら、そんなアカネちゃんの優しさで私から救われたら、きっと恩に感じてアカネちゃんの為に協力してくれると思ったんです」


「でも、それではハルルちゃんが悪者みたいになってしまいませんか?」

「私は別に構いませんよ。あの二人に比べれば、私は悪い子ですし」


 ハルルは自虐的に笑う。


「そんなことは無いですよ! お友達のために― 仲間のために泥をかぶれる人が悪い子な訳がありません!」


 ハルルは珍しく声を大きくして語るバイオレットに、少し驚いた表情をしてから彼女の言葉に感謝する。


「ありがとうございます。バイオレットさん」

「まあ、確かにやり方は悪い子ですが…… 」


 バイオレットは苦笑いをしながら、最後にそう評価を付け加える。

 すると、バイオレットが突然大きな声を出したので、似た物二人が恐る恐る様子を窺ってきた。


「どっ どうしたんですか… バイオレットさん…?」

「お腹が空いたんですか…?」


 二人は心配そうな目でこちらを見つめてくる。


「きっと、ハルルちゃんが、怒らせるような事を言ったんだよ~。意地悪だからね、ハルルちゃんは!」


「エイプリルちゃんの言うとおりだよ。ハルルちゃん、バイオレットさんに意地悪なことを言ったらダメだよ!」


 二人は、まるで姉妹のように息ぴったりだ。


「そんな事をするわけ無いでしょうが… 」


 ハルルは呆れた感じでこう答える。

 ―が、すぐにサングラスを掛けて鬼となり、こう言い放つ。


「あんまり、フザケたこと言うてると二人揃って、マグロ漁船に乗ることになるでぇ!?」

「ごっ ゴメンナサイ~!!」


 二人の悲鳴を聞きながら、バイオレットは思う。


(ハルルちゃんは不器用な娘ですね~。というか、この人はどうして時々関西弁を使うのかしら?)


 そんなやり取りを見て、バイオレットはクスリと微笑む。


「じゃあ、アテナちゃんを呼んでデイリークエにでも行こうか?」

「がんばりますよ~♪」


 アカネの提案を聞いてエイプリルは乗り気な様子を見せた。

 ハルルは、こんな変態エイプリルを無垢な少女に遭わせては、色々とマズイと判断してアテナにはマイルーム待機を指示していた。


 5分後―

 冒険者広場の噴水でアテナを待つ4人。


「アテナちゃんってどんな娘なのかなぁ~。きっとお人形さんみたいにちっちゃくて可愛いんだろうなぁ~」


 エイプリルが期待に満ちた表情でそう呟くと、ハルルがそんな彼女に声を掛ける。


「そうだ、変態ちゃ― エイプリルちゃん」

「今、変態って言いかけたよね!?」


 ハルルの言葉にエイプリルは抗議の声を上げるが、彼女は無視して会話を続ける。


「今から合流するアテナちゃんは、多分小学生だから… JSだから、卑猥な言葉は発しないようにね。むしろ一言も喋らないでね」


「”一言も喋らないで”は、流石に酷いよ~!」


 ハルルは更にエイプリルの抗議を無視して、注意を― いや、警告を続けた。


「もし、卑猥なことを言ったら、即GMコール(通報)もしくは110番(通報)するからね? 」


「2つとも問答無用で通報するってことだよね!?」


「それ以外に聞こえたなら、私の説明が悪かったのかな? もっと詳しく言って欲しい? 幼い少女への猥褻行為は”青少年保護育成条例“に抵触するってことだよ! 私は法を重んじる女だから、即通報するって言っているんだよ!」


「そんな~! ハルルちゃんは、私のことを犯罪者だと思っているの?」


 涙目で訴えかけるエイプリル。その態度からは(私はエロ漫画好きだけど、犯罪者じゃないよ?)といった心の声が聞こえる。そんな彼女にハルルは優しい笑みをたたえながらこう答える。


「もちろん、犯罪者だなんて思ってないよ」

「ハルルちゃん~」


 ハルルはエイプリルの目を見ながら話す。


「年中脳内○○○○の変態少女だとは思っているけど」

「そっ そんな~」


 ―そうして、更に待つこと5分ほど、ようやくアテナがやってきた。


 彼女は、まるで妖精のように可愛らしい姿をしており、長い金髪を揺らしながらこちらに向かってくる。その姿はまさに天使であった。


「きゃあ~ かわいい~ まるで妖精さんだよ~」

「違うよ、エイプリルちゃん。あれは”天使”って言うんだよ~」


 アテナがこちらに近づいてきたので、エイプリルが挨拶をしようとすると、彼女はスタスタとアカネの後ろに隠れて、こちらの様子を窺ってきた。


「えっと……?」


 戸惑うエイプリルにアカネが説明する。


「アテナちゃんは、人見知りさんだから、私の時も最初はこんな感じだったよ」

「そうなんだね~」


「でも、そんなところが”庇護欲“を掻き立てて、守ってあげたくなるんだけどね~」

「あ~、それわかるかも~」


 アカネの話を聞いたエイプリルは、共感して何度も相槌を打つ。そして、最後にこう言った。


「確かに、アテナちゃんは可愛いし、小動物みたいで守りたい気持ちになるね~♪」

「ねぇ~♪」


(二人とも…… それは、褒めているつもりなの?)


 満面の笑顔で意気投合する二人。その様子を見て、ハルルはそう思うのであった。

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