その22 フラグ回収!






 天原天狗流は、鍛えられた強靭な足腰と脚力を活かしたスピード重視の剣技で、所謂ヒット&ウェイの戦闘スタイルである。


 左右に移動して相手の隙を窺いつつ攻撃を行い、敵の攻撃を回避しつつ連続攻撃を繰り出すことで敵を圧倒する。


 防御は見切りからの回避と受け流しで、鍔迫り合いはなるべく避けることが鉄則であり、これは天原天狗流が女性や力の弱い者の為の剣技であるからだ。


 素早く移動し左右に俊敏に切り返し、時には跳躍して相手を翻弄する戦い方から、天狗と名付けられている。


 天原天狗流には強靭な足腰が必須で、そのため道場は山の近くに建てられており、野山を駆け回ったりして足腰を鍛える。そんな理由から、アカネも幼少期は毎日のように近くの森を走り回っては体力作りをしていた。こう見えて彩音も強靭な足腰を持っている。


 ゲーム内ではスタミナ値がまだ低いので、アカネはまだ天原天狗流らしい戦い方が出来ていない。そのため彼女は、ポイントをスタミナに振っている最中であった。


(私が思い描いていた天音様の姿に似ている……)


 NPC月音は、初音考案のキャラであり名前も彼女が考えたもので、外見は自分と彩音を参考にして、天音をイメージして作られている。扱う剣技<天河天狗流>は天原天狗流をアレンジしたもので、モーションアクターは初音が務めている。


(動きはお姉ちゃんに似ているけど、より洗練されていてスピードもあがっている……)


 そして、そのモーションデータをゲーム向けにアレンジしているので、アカネが感じた通りスピードと技のキレは姉のそれよりあがっている。


「相変わらず強いな~。これは、思っていたより楽勝だね」


 ハルルは余裕の表情で、中距離から魔力弾をトゲトゲオークに撃ち込む。


「魔力の矢!」


 バイオレットの右手に持ったワンドから、魔力の矢が放たれトゲトゲオークに命中した。

 魔法やスキルは音声入力式になっており、習得していれば発動する使用になっている。


「ブモォーッ!?」


 魔法攻撃を受けたモンスターは、悲鳴をあげて仰け反った。そこにすかさず接近したアカネが、鋭い突きを放つ。


「やあっ!」

「はあっ!」


「ブフゥ……っ!!」


 それと同時に、月音も斬撃を加えトゲトゲオークのHPバーを減少させる。


(うぅ~! 不味いよ…。月音さんが活躍しすぎて、私がアテナちゃんに良いところを見せられないよ~)


 そう心の中で嘆くアカネ。だが、まだ焦るような状況ではないので、ここは落ち着いて戦闘に集中することにする。


 戦闘開始5分、アカネと月音の近接攻撃とハルルとバイオレットの中距離攻撃によって、トゲトゲオーク(オークチャンピオン)のHPバーは残り20%まで減少していた。


「HPが残り20%になったオークチャンピオンは、範囲攻撃を使うようになるから、一旦距離を置いて…… 」


 ハルルが説明して言いたが、アカネの耳には届いていなかった。何故ならば


(よ~し、今だ! ここで私が止めを刺せば、カッコいいところを見せられるかも!! そうなれば、皆から褒められてアテナちゃんからは憧れて貰える~~♪)


 などと、欲で頭がいっぱいになっていたからだ。


 そのためアカネ以外の4人がオークと距離を取っているのに、彼女だけは刀を構えてダッシュする。


「なっ!? アカネちゃんストッーープ!!!」


 ハルルは慌てて、そんなお間抜けな幼馴染を制止の声を掛けるが、彼女はそのまま飛び上がってオークに上段斬りを放った。


 ここに積み重なったフラグが完成する!


「ブヒヒヒヒィ!!! ダイセンプダイセンプウーーー!!!(大戦斧大旋風)」


 トゲトゲオーク(オークチャンピオン)は、両手に持った大戦斧をハンマー投げの要領で自身を中心に回転させた!


 その遠心力で加速する大質量の攻撃は、まさに巨大な戦斧による竜巻と言え、この技が発動している間は、オークには無敵が発生している。


「ええっ~!? うそ~!?」


 アカネは【主役補正】のお陰か運が良かった。

 跳躍したことで回転する大斧の上に飛上っていたので、その直撃を避けることができた。


 だが―


「あぅ!!」


 オークの周囲に発した竜巻エフェクトには当たってしまい、大ダメージを受けて吹き飛ばされると、地面に落下してゴツゴツした岩の床を転がって仲間の足元まで戻ってくる。


「きゅ~」


 床を転がったため視界がぐるぐると回ったアカネは、目を回してしまいその姿はとてもかっこ悪かった。


「HPバーが真っ赤になって点滅してるよ~!!!」


 地面に倒れているアカネのHPは瀕死状態で、あと一撃で死ぬような状態だ。

 しかし、大斧が直撃していれば、彼女の紙装甲では即死だっただろう。


(うわぁ~ん! せっかくカッコよくキメようと思ったのにぃ~!!)


 アカネが泣きべそで落ち込んでいると、ハルルが近寄ってくる。

 そして、冷たい目でそんな彼女を見下ろすと、このような質問をしてきた。


「ねぇ アカネちゃん? 今私がどんな気持ちか… 解る?」


 それは、とても静かな口調であったが、そこには怒りが込められている。


「うん、解るよ~。きっとハルルちゃんは、私のことを心配してくれているんだよね? ありがとう♪」


 しかし、アカネにはそれを汲み取ることが出来ないので、素直に答えた。

 だが、ハルルから返ってきた答えはもちろん違う。


「人の忠告を無視して、瀕死の状態で地面に転がっている“馬鹿な幼馴染”に、私自らトドメさしてやろうかという気持ちだよ……」


 彼女はそう言うと、ライフルの銃口をアカネに向ける。

 あれほど注意を促していたのに、見事にフラグ回収したアカネにハルルは怒り心頭であった。


「私、このゲームを初めた時に言ったよね? ”勝手な行動をして、みんなに迷惑を掛けないこと”って!」


「はっ はい~!! 確かに言われたけど… でも、どうしても活躍したくて……。その…… 調子に乗りました… ごめんなさい……」


 幼馴染の怒りを感じ取ったアカネは涙を浮かべ、自分の行動を反省して謝罪する。


 ハルルが― 陽がここまで怒っているのは、いつか現実で彩音が人の忠告を聞かず軽率で迂闊な行動を取り、その結果大失敗をしてマグロ漁船やカニ漁船はともかく、酷い目に遭って悲しむ姿を見たくないという彼女を想っての事であった。


 まあ、初音同様少し過保護すぎるが…。


 アカネもそのことをなんとなく察しているので、必死になって頭を下げて謝る。


「はい~、本当にすみませんでした~! もう2度としませんから許してください」

「まったく……。じゃあ今度から気を付けること!」


 ハルルは、笑顔に戻るとアテナに回復をお願いする。


「アテナちゃん、アカネちゃんの回復をお願い」

「はわわわわわわ~ キュ… キュア(治療)」


 だが、アテナはアカネのHPが減少して赤く点滅している様子を見て、その気弱さを発揮してテンパっており焦って間違った魔法使ってしまう。


 すると、アカネの体が緑色に輝いて、状態異常が回復された。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る