その10 オーガ戦とその後…





 脇構えのまま冷静にオーガを見据えるアカネ。

 彼女の瞳に映っているのは、幼馴染であるハルルを痛めつけた緑色の肌の巨漢だけで、その一挙手一投足を窺っている。


 すると、オーガは剣を振り上げアカネに攻撃を開始する。


 普段より祖母や母の斬撃を受けているアカネには、オーガの攻撃動作はゆっくりとした動きに見えるため、上段から剣が振り下ろされるより先にオーガの右側に飛び込み、脇構えからシミターを切り上げ右足に斬撃を打ち込むとそのまま通り抜ける。


 右足を斬られたオーガは少し体勢を崩すが、すぐに立て直して後ろにいるアカネの方を向く。


(足を斬っても、現実みたいに動きを封じられないんだ…。あと手応えが無いから、斬撃が有効だったのかわからないな…)


 アカネは冷静に状況を分析する。とても先程までツノウサギに、いいように突っ突かれていた少女とは思えない落ち着きぶりだ。


「でも… 赤いゲージは減っているから、あれが全部無くなるまで斬ればいいかな」


 そう呟くとアカネは、今度は正眼に構える。

 先程の脇構えは、大きなオーガの足を狙って動きを止めようとするためだったが、あまり意味がないようなので、今度はあらゆる状況に対応できる正眼の構えにした。


(緑の攻撃方法は大振りで、隙も大きから避けやすい。陽ちゃんの言う通り当たると不味いと思うけど、それはどんな相手でも変わらない…)


 彼女が学ぶ古流剣術<天原天狗流>は、真剣での戦いを想定しており、そのため一太刀でも浴びれば致命傷になるという理念で修行する。そのため攻撃を受けてもいいという考えは、初めから持っていない。


 前回アカネが言った「大丈夫。当たらなければいいんでしょう?」は、その考えから発した言葉であり、イキって言っている訳ではなかった。


「アカネちゃん! 自分のスタミナゲージ… 緑色のゲージの残量には、常に注意して!!」


 突然ハルルの声が届く。彼女を見るとアカネに向かって叫ぶために立ち上がり、こちらを見ていた。どうやら回復したようだ。


「私も援護するから、二人でオーガを倒そう!」

「うん!」


 アカネとハルルはお互いの目線を合わせ、小さく頷くと再びオーガに向けて構え直す。


 ハルルが魔力弾で攻撃して気を引いた瞬間、アカネはその隙を逃さずにシミターで斬りつける。そして、そのアカネに反撃しようとするオーガに、ハルルの撃った魔力弾の援護が入り、その間にアカネは距離を取る。


 オーガの攻撃を回避して、その隙を突き斬撃を繰り出すアカネ。

 その彼女の援護を遠くからライフルで援護するハルル。


 長年の幼馴染による二人のコンビネーションは息ピッタリで、オーガのHPゲージはみるみると削られていく。


 そして、二人による攻撃が始まって5分後―


「グオオオオ!!」


 HPゲージが無くなったオーガは、断末魔の声をあげると前のめりに地面に倒れて、ツノウサギと同様に光の粒子となって消えていった。


 ―ピロン♪

 <経験値を150手に入れました>

 <Akaneのレベルが1上がりました>



 戦闘に勝利した二人はハイタッチをして喜ぶ。ゲームとはいえ協力して強敵に勝利すれば、喜びもひとしおである。普段の彩音なら、ハイタッチなど恥ずかしくて絶対にしないのだが、初の勝利でテンションが上っていたので、自然とハイタッチしていたのだ。


(さっそくゲームプレイによる効果が出たようだね。これなら、弱気な性格が治るのも早いかも)


 陽は彩音が嬉しそうな顔で、ハイタッチに応じたことに彼女の性格が良い方向に変化している事を感じ取る。


 しかし、数分後―


「もう、今日は疲れたから、現実に帰る…… 」


 オーガを倒した後、アカネは精神的にヘトヘトになっていた。


 攻撃を受けないように集中し、当たったらゲームオーバーというその精神的圧力に耐え続けていたのだから、精神が疲労するのも当然で元々メンタル豆腐の彼女が現実に戻ることを宣言するのも仕方がない。


 戦闘は5分くらいであったが、元々メンタル豆腐の彼女にはそれで相当辛いもので、宣言するには十分な消耗であった。


 それが解るハルルは、無理させるわけにもいかないので、今回のプレイはここまでにしようと決める。


「そうだね。それじゃあ、今回はここまでにしようか」

「うん……」


 ハルルの言葉にアカネは力なく返事をする。


「じゃあ、続きは夜の10時位からでいいかな?」


 ハルルが時間を確認すると、現在の時間は18時過ぎ。夜ご飯を食べて入浴しその他色々しても10時ならログインしても問題無いだろうと思い提案する。だが、アカネは首をふるふると横に振る。


「ううん…… ごめん。私、今日はもうご飯を食べてオフロに入って、その後は可愛い動物の動画を見て癒やされていたいの…… 」


 アカネの精神ヒットポイント? は既に0に近いようだ。


 だが、もう少しゲームをしたいハルルはまた詭弁を持ち出して、アカネの説得を試みる。


「たった一回のガチ戦闘で、心が折れてどうするの!? 強い心を手に入れるんじゃないの!?」


「嫌なものは嫌なの! もうゴツイ相手と戦うのはイヤ! 私は可愛い動物に癒やされたいの~!」


 そう言ってアカネは、近くでぴょんぴょんと可愛く跳ねていたもふもふ(ツノウサギ)に抱きつく。


「キュウ!!」

「あうぅ~!?」


 そして、お腹を角で突かれて、フラグをマッハで回収する。


 その光景を見た陽は、この先アカネがこのゲームを続けるのは難しいと判断し、もふもふを倒した後に、町まで連れて帰って今日のところはログアウトしてもらうことにした。


「ポイントの振り分けは、また次ログインした時にね。それまでに考えておいて」

「うん…… 」


 こうして彩音は、初めての【トラディシヨン・オンライン】を早々に切り上げて現実世界へ帰還したのであった……


 その夜―


 陽は自室で今日の事を振り返っていた。


(やっぱり、前衛職がいると戦いやすわね。彩音ちゃんを誘って大正解だったよ。後は彩音ちゃんがゲームに慣れて、長時間プレイできればゲーム攻略の心強い味方になるね)


 攻略サイトを見ながら、陽は色々と苦労して、彩音を誘って良かったと満足げな表情を浮かべる。


(何より、彩音ちゃんと一緒にゲームが出来るのは超楽しい!)


 思わず顔が綻んでしまう陽。直ぐに真剣な顔をすると腕を組んで思案し始める。


(だけど……、まだ課題は多いなぁ~。まず、彩音ちゃんにレベルを上げてもらって、追いついて貰わないとだし… パーティーメンバーも2人じゃ少なさ過ぎる… それに装備を揃えるために、お金も稼がないと…)


 問題点はたくさんあるが、陽の顔はどこか楽しそうな笑顔であった。


 その頃―


「子猫、かわいいな~」


 彩音は自室で子猫の動画を見て癒やされていた。




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