その9 いきなり強敵とバトル!
ハルルの放った魔法弾により、ツノウサギは倒された。
彼女は倒れたままのアカネに手を差し伸べると、引き上げるようにして助ける。
「ありが……」
礼を言うために顔を上げたアカネの視線の先にあるハルルの顔は、笑顔だが目は笑っていなかった。
その迫力のある表情に圧されたアカネの体は、硬直し冷や汗が出る。
「……ごめんなさい」
「わかったらよろしい。でも、どうしていきなり攻撃を受けたのかわかる?」
「はい! それは、私がツノウサギの頭ばかり撫でていたからだと思います!」
アカネがそう言うと、今度はハルルの目尻が下がり口元も綻ぶ。
どうやら正解のようだ。
「そんな訳あるかー! このダメダメ娘がー!」
「はううう!?」
アカネの脳天にハルルは拳骨を軽く落とす。
しかし、痛覚がないので痛みはない。
「不用意にウサギに触れたからだよ! 彩音ちゃんのその迂闊な行動が、一緒に冒険する仲間を窮地に陥れることになるんだよ!? わかっている?」
ハルルの言っていることはある意味正しいが、言い過ぎのような気もしないではない。
ただのゲームであるトラディシヨン・オンラインにおいて、魔物に殺されたとしても、経験値をロストして町に戻って再開になるだけである。
ただMMOである以上、その仲間はNPCではなく人間であり、迷惑をかけることになる。
「たかがゲームだから気にしないで」と言ってくるだろうが、それまで費やしてきた時間とロストした分を取り戻すために、その相手にまた余計な時間を費やすことになり負担を強いてしまう。忙しい人など、人によってはその負担は重いかも知れない。
MMOは人と人が関わるものなのだから、迷惑をかけるような迂闊な行動は控えるべきだとハルルは思っている。
「これからは迂闊な行動はしないこと! わかった?」
「うん、これからは気をつけるよ…」
“しゅん”と叱られた子供のように落ち込むアカネを慰めるように、ハルルはその頭を優しく撫でながら言葉を続けた。
「まあ、次から気をつけてくれればいいよ」
「うん」
すると、ほのぼのと話し合う二人に大きな影が落ちる―
(あれ? 何だろ? 嫌な感じがする…!)
いち早くその異変に気付いたアカネを危険察知能力が告げる。
そして、素早く振り返るとそこには体長2m近い緑色の肌の大男が立っており、その太い腕に持った大きな剣を二人に振り下ろそうとしていた。
「危ないっ!!」
アカネはハルルを力いっぱい突き飛ばすと同時に、自らも地面へ転げその場から距離を取る。
空を切った大きな剣は、大きな音を立ててそのまま勢いよく大地へとめり込んだ。
緑の大男はエフェクトの砂埃が舞い上がる中、大きな剣を地面から持ち上げる。
「陽ちゃん、大丈夫!?」
地面を1回転してから軽やかに立ち上がったアカネは、突然の出来事で動揺しているために、ハルルの本名を呼んでしまう。
「大丈夫、アカネちゃんのおかげで問題ないよ!」
それに対して、このゲームに慣れているせいか、普段から冷静な性格のためか、陽の方は冷静さを保っている。
そして、彼女はゆっくりと地面から立ち上がりながら、敵を把握すると離れた場所にいるアカネに情報を伝える。
「こいつはオーガだよ! この初心者エリアには居ないはずなんだけど…。おそらく誰かが連れてきたんだよ!」
緑の大男の正体は、オーガという鬼をモチーフにした魔物(亜人)で、体長は2メートル以上であり、がっしりとした筋肉質の巨軀を持つ強敵である。
頭上にはレベル15と表示されており、ハルルの推察通りこの辺りには居ないはずの
このオーガは、おそらく襲われて逃げるプレイヤーを追いかけてきたが、途中で振り切られて、元の生息地に戻るところを他のプレイヤーを発見して、敵対してきたのであろう。MMOではよくある光景である。
(私はともかくレベルの低い彩音ちゃんは不味いかも… まあ、紙防御の私も厳しいけど…)
「アカネちゃん! 私が少しの間オーガを引きつけておくから、HPを回復させて!」
ハルルはアカネに回復の指示を出すと、マジックライフルを取り出して構える。そして、アイアンサイトを覗いて、オーガの体を狙って引き金を引く。
「グオオオ!」
レベル15とはいえこのオーガは弱い部類であるので、見事に体に命中するが少しよろめいただけで、頭上の体力バーも少ししか減っていない。
攻撃を受けたオーガは、ハルルを標的とすると武器を振り上げながら、一直線に彼女に向かう。
「やっぱり、レベル差5だとダメージはこんなものか…」
悔しそうに呟くハルルに対して、オーガは近づいてきて攻撃を加える。
「っ!!」
ハルルは、後方に跳躍して間一髪その攻撃を回避する。
(AGIに(ポイントを)振っておいて良かった。だけど、このままでは…!)
オーガに接近され、防戦一方になるハルル。レベルの低いガンナーの彼女は、ステータスが足りていないので、接近されると弱い。そのため前衛で敵を引き付けてくれる彩音を誘ったのだ。
(ヤバい! スタミナが!!)
スタミナを示す緑のバーが底をつく。このゲームでは攻撃・回避など戦闘に関わる行動を取るとスタミナが無くなり、そうなると通常の移動以外行動できなくなってしまう。
「きゃああ!!」
当然、通常移動ではオーガの攻撃は避けられず、反射的に手に持ったライフルを前に出して盾にするが、あまり意味はなくその強力な攻撃を受け後方に吹き飛んでしまう。
攻撃を受けたハルルは体力ゲージも大きく削られ、残り半分ほどになってしまった。
「陽ちゃん!!?」
「何とか生きてる~。ちょっと不味いかもだけど~」
HPの回復を終えたアカネの呼びかけに、ハルルは地面に倒れながら手を振って無事であることを伝えるが、状況は非常に悪くなっていた。
その地面に倒れる幼馴染の姿を見た時、アカネのスイッチが静かに入る。
「緑の人… 陽ちゃんに何してるの…?」
アカネからは、先程まで纏っていた緩い雰囲気は無くなり、研ぎ澄まされた刃のような空気を放っていた。
「許さない……。大切な幼馴染の陽ちゃんを酷い目に合わせるのは許さない!」
その鋭い眼光は、まさに修練を積んだ剣術家のそれであった。
「彩音ちゃん、ダメだよ! 今の彩音ちゃんのレベルでは、攻撃を食らったら一撃でやられちゃうよ!」
慌てて声を掛けるハルルだったが、アカネは対峙するオーガを見据えながら、いつもの可愛らしい声ではなく少し低い冷静な声でこう返す。
「大丈夫。当たらなければいいんでしょう?」
そう言うと右足を引いて、左半身となり腰を落とすとシミターを右脇に両手で持つ、所謂脇構えを取る。
その姿から放たれるのは熟練の達人の気迫で、先程までツノウサギに角で突かれまくって、半泣きになりそうになっていた人物とは思えない。
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