その4  彩音と博士(ド変態)






《こちらこそお世話になっているよ。初音とは、大学の研究室が同じで、僕の大切な友人でもあるんだ。僕が“夢”を叶えるために会社を起こした時に、彼女は大学に通いながら力を貸してくれて、今は僕の右腕とてして支えてくれているんだ。とても感謝をしているんだよ》


「へぇ~、そうなんですね」


 彩音は感心しながら相槌を打つ。


《君のお姉さんや仲間のおかげで、僕は“夢”であったフルダイブVRを完成させることが出来きたんだ。彩音ちゃんは“夢”はあるかい?》


 エロルは優しい口調で、彩音に夢を尋ねる。


「いえ… 私にはまだ…… 」


 彩音は俯いて答えた。

 まだ将来の夢もなりたい職業もなく、剣術の師範になりたいわけでもない。

 そのため彼女は何も答えることが出来なかった。


 エロルは彩音を励ますように優しい声で話す


《そうか、いつか彩音ちゃんの夢が見つかるといいね。僕から言えることは、夢もチ○ポも大きく持っ― ぐはっ!!》


 電話の向こうから何かを殴るような鈍い音と、その後に何かが地面に倒れる音が聞こえてくる。


《(※)おい、このド変態野郎。私の可愛い彩音ちゃんに、何ド下ネタぶっこんでんだ!? 殺されてぇのか!?》


《(※)ちっ 違うんだ初音…! 日本語が難しいから間違えたんだ! “希望きぼう”と言うつもりが、チ○ポって言い間違えたんだよ…… 》


《(※)そんな言い間違えするわけがないだろうが!? どうせ、うぶな彩音ちゃんに下ネタ言って、その恥ずかしがる反応を楽しもうとしたんだろうが!? この〇〇野郎が!》


(※)は前回と同じく英語で話しています。


 初音の捲し立てるような英語の怒声の後に、地面に何かが落ちる音が聞こえた。

 その正体はエロルの次の発言で判明する。


《(※)初音… このナイフは何だい…? まっ まさかこれで僕に”ハラキリ”をして、責任を取れというんじゃないだろうね!?》


《(※)そんな事は言わないわよ》

《(※)よかった…》


《(※)“切腹”は名誉ある死よ。アンタみたいな変態にはもったいないわ。それで喉か心臓でも突いて死になさい》


 初音はゴミを見るような冷めた目で、無慈悲に言い放つ。


《(※)それはそれで酷くない!?》


 博士は、初音の酷い言葉に抗議するが彼は上級者なので、美人にそんな目で見られる行為に、


(なっ なんだろう…。あんな侮蔑の感情の籠った目で見られているのに、少しドキドキしている自分がいる…)


 新しい扉を開きかけていた。


 電話越しから聞こえてくる会話は、英語なので彩音にはよく解らなかったが、姉の怒声と” Kill(殺す)”や”death(死)”という物騒な単語から、かなり殺伐としている事が伝わってきたので、彩音は慌てて初音を宥めようとする。


「おっ お姉ちゃん! とにかく落ち着いて!!」

《だって、この変態が彩音ちゃんに下ネタを言って、セクハラしたから!!》


「お姉ちゃん、大丈夫だよ。陽ちゃんからのセクハラ発言で、そういうことには慣れているから…」


「えっ!!?」

《えっ!!?》


 彩音の発言にほぼ同時に驚きの声をあげる陽と初音。だが、その意味合いは大きく異なる。


《それってどういう意味かしら…? 彩音ちゃん、今すぐ陽ちゃんに代わってくれるかな? お姉ちゃん、陽ちゃんとお話がしたいの…》


「!!!」


 そう怒る者と脅える者であった。


 陽は無言で土下座すると、自分の携帯の画面を彩音に見せてくる。そこにはメモ画面に<家に帰ったと伝えてください>と書かれていた。


 彩音は陽の無言のメッセージを察して、初音に告げる。


「お姉ちゃん。陽ちゃんはさっき急用で家に帰ったから、ここにはもういないの…」

(ごめんね、お姉ちゃん…。嘘ついて……)


 申し訳なそうな気持ちが声に表れる。


《そう…。それなら仕方がないわ。気にしないで》


 そして、姉がそれに気付かない訳がなく、察した彼女は優しく彩音に伝えた。


《じゃあ、お姉ちゃんそろそろ仕事に戻らないとだから切るね。ゲーム楽しんでね。また連絡するから、じゃあ》


「ありがとう。お姉ちゃんもお仕事頑張ってね」

《うん。彩音ちゃんも頑張るんだよ》


 そう言うと、初音との通話は終了した。


 そして、10分後にゲームのプロダクトコードが添付されたメールが送られてきたので、初音に感謝しながらインストールする。といっても、作業は陽が行っており


「よし、ゲームをダウンロードしている間に、この3Dスキャナーで彩音ちゃんの3Dデータを取ろう」


【トラディシヨン・オンライン】は、3Dデータをゲーム内アバターに反映させることが出来きるので没入感を深めてくれる。


 更に現実の自身の姿をアバターに反映させる事には、もう一つメリットがある。現実と同じ体であるため、仮想現実空間での身体操作に違和感がなくなることだ。


 だが、これには一つだけ問題がある。


「違和感が無くなるのはいいと思うけど… 現実の自分の姿を晒すのは恥ずかしいよ~」


 それは、ネットに現実の自分の姿を晒すことになるという事で、気にならない人には全く問題無いが人見知り気味の彩音にとってはハードルが高かった。


「私も現実の姿をアバターにしているけど、気恥ずかしいのは最初だけですぐに慣れるよ。だって、現実でもその姿で生きているんだからね。それに、初音さんもそれを望んでいるんだよね」


「お姉ちゃんが?!」


 彩音が驚いた表情を浮かべると陽は首を縦に振ってから、その理由を語り始める。


「うん、さっき電話を変わった時に頼まれたんだよ。ほら、初音さんは今アメリカにいて、彩音ちゃんと会えないでしょう? だから、ゲームの中で現実の姿をした彩音ちゃんと会いたいって、その活躍したい姿を見たいって言っていたんだよ」


(活躍する姿は見せられないと思うけど、姿だけは見せてあげたい!)


 陽の言葉を聞いた彩音は、色々と自分に世話を焼いてくれた姉の願いに応えたいという思いが強くなっていく。


「そっか……、わかったよ。私、現実の姿でゲームするよ!」


 彩音がそう一大決心すると、陽は笑顔で応えた。


「それじゃあ、3Dデータを取るから、全身タイツを着てね」

「そんなモノ持って無いよ!?」


「じゃあ、下着姿でやるかい?」

「えっ ええええっー!?」


 陽がそう言った瞬間、彩音の顔が真っ赤に染まった。

 その反応を楽しんだ陽は、すぐに水着でいいと伝える。


 彩音は慌てて水着を持ってくると着替えるが、鏡で確認した時やはり顔は赤く染まっていた。


「うぅ~! やっぱり恥ずかしいよ……」

「大丈夫だよ。似合っているから。じゃあ、データを取ろうか」


 陽の言葉を聞いても全く嬉しくない彩音に、彼女は3Dスキャーを向けて、データを取っていく。


 スキャンは、水着ではなくTシャツと短パンでも問題ないのだが、これが初音の真の指示であった。目的は彩音の3D水着姿のデータを得るためで、もちろんそのデータを送ってくるように指示もしている。使用目的は…… 察してあげてほしい。


 ######


 ※前回<運命の会話が始まった>などという、読者様に誤解を招く煽りをしていまいましたが、そんなことは無かったことを深くお詫び申し上げます。


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