その3 姉に電話すると天才と話すことに
「あとは、このダウンロード版の【トラディシヨン・オンライン】をポチって、ゲームをダウンロードするだけなんだけど…… 初音さんに言えばプロダクトコードが貰えるかもしれないよ? いや、初音さんの事だからきっと貰えるよ」
陽がそう言ったのは、初音が年の離れた妹である彩音をとても可愛がっているのを、いや溺愛しているのを昔から見ていたからだ。
現に初音は当時完成したばかりの高価な【ArksVR】を、妹を喜ばせたい一心で送ってきている。
初音は8歳上で、頭脳明晰、運動神経抜群の才色兼備で、飛び級でアメリカの大学に留学するほどの才女であり、それを鼻にかけるような性格ではなく、人当たりの良い優しい人柄なため皆から好かれていて、彩音の頼れる自慢の姉であった。
そんな姉に頼り切って甘えていたので、気弱な性格になってしまったのかもしれない。
「そうかも知れないけど…… そこまで、お姉ちゃんに頼るのは…… 」
彩音は遠慮がちに答えると、陽はこのような提案をしてくる。
「とりあえず、これから電話をして今回の経緯を話してもう一度お礼を言ってみたら? 今午前11時だから、時差はえーっと… 16時間だから… 向こうは夜の19時で仕事は終わっていると思うよ」
確かに陽の言うとおりだ。2年前にもお礼は言ったけど、今回は姉の気遣いのおかげで陽と一緒にゲームが出来て、この性格を治せるかも知れないのだから、もう一度きちんと感謝の言葉を伝えるべきだ。
そう考えた彩音はスマホを取り出すと、早速姉に連絡を入れることにした。
すると、コール3回で即繋がる。
《もしもし、彩音ちゃん? どうしたの?》
彩音のスマホから聞こえてきたのは、彼女に負けず劣らずの美声だった。
「もしもし、初音お姉ちゃん? 今大丈夫?」
《ごめん。今残業で仕事中なの…。でも、大丈夫! 抜け出して、直ぐに掛け直すから! いいわよね、エロル!? ダメって言っても、私は席を外すけどね!》
その発言から声の主は間違いなく、彩音の大好きなお姉ちゃんだった。
(お姉ちゃんが居なくなったら、職場の人達が困るんじゃ……)
彩音がそんなことを考えていると、5分後に姉は電話をかけ直してきた。
《もしもし、彩音ちゃん。ごめんね、少し遅くなって…》
(むしろ5分しか経っていませんよ?)
陽が心の内でツッコミを入れているが、もちろん口に出すことはない。
「お姉ちゃん、忙しいところ連絡してゴメンなさい……」
彩音は申し訳なさそうな声で謝ると、姉はいつも通りの優しい口調でこのように返してきてくれた。
《気にしないで、彩音ちゃん。お姉ちゃんは仲間に信頼されているから、こういう時に融通が利くのよ。だから、時間の心配をせずに話していいからね》
(きっと、その分残業時間が伸びて帰宅時間が遅くなるんだろうな…。やっぱり、初音さんは彩音ちゃんに甘々だなぁ。でも、少しうらやましいな…)
一人っ子の陽は、そんな姉を持つ彩音に心の中で羨ましく思う。
「 ――というわけで、お姉ちゃんの送ってくれた機械のおかげで、陽ちゃんと一緒に遊ぶことが出来るようになったんだよ。だから、改めてお礼をしようと思ったの。ありがとうね、初音お姉ちゃん」
《それは良かったわね、彩音ちゃん。こちらこそ、彩音ちゃんが喜んでくれて嬉しいわ。そうそう、陽ちゃんにもお礼を言いたいから代わってもらえるかな?》
「うん、分かった。陽ちゃんに代わるね。はい、どうぞ」
「えっ!? 私… うん… 」
彩音はそう言うと、スマホを気乗りしない感じの陽に手渡した。
「もしもし、陽です。お久しぶりです、初音さん」
陽がそう挨拶をすると、初音は嬉しそうに会話を始める。
《陽ちゃん、ひさしぶりね。元気にしていたかしら? 彩音ちゃんと今も仲良くしてくれて、更に色々気を使ってくれてありがとうね。私の可愛い妹の彩音ちゃんをこれからもよろしくお願いね》
「はい、こちらこそ… です」
ここから、優しい初音の声が低くなり、陽にしか聞こえないようになる。
《あぁ、そうそうあんまり私の可愛い彩音ちゃんを、変な事に巻き込もうとしないでね? は・る・ちゃん?》
(あかーん! 私が自分の為に、彩音ちゃんをゲームに誘ったことバレてもうてるー!)
陽は動揺しすぎて心の中で関西弁が飛び出す。
「あっ はい…… 」
初音の恐ろしさを知る彼女には、こう答えるしか選択肢は無かった。
《あっ そうそう。それとお願いがあるんだけど…… 》
初音から何か指示を受けた後に、陽は電話を代わるためにスマホを彩音に返した。
「彩音ちゃん、まだソフトは買ってないんだよね? 後でプロダクトコードを送るからそれを使いなさい」
「ゲームぐらいは自分で買うよ…」
彩音がそう言って遠慮すると、初音は優しく語りかける。
「いいのよ。新しい事にチャレンジする妹へのお姉ちゃんから”頑張れ!”って、気持ちを込めたプレゼントなんだから、、遠慮せずに受け取りなさい」
きっと、初音は電話ではなく直接会話していれば、笑顔で優しく彩音の頭を撫でながら、言い聞かせただろう。
「うん、わかった。ありがとうね、お姉ちゃん」
彩音は姉の好意を受け取ることにした。
《(※)初音、僕にも君の妹さんとお話させてくれないかい?》
《(※)妹は英語があまり得意ではないから、会話しても仕方がないですよ?》
(※)は英語で話しています。
すると、電話越しから男の人と姉の会話が聞こえてくるが、英語なので彩音には何を話しているのかわからない。
《大丈夫だよ。日本のアニメやゲームで日本語を覚えたからね。漢字はまだ無理だけど、日常会話ぐらいなら話せるさ》
博士はクールジャパンで会得した日本語を披露する。流石は天才、語学も堪能だったようだ。
《初音ちゃん。今から私がお世話になっているエロル・シコルスキー博士が、貴女と少し話したいって言っているから代わるわね。嫌なら携帯を放置して聞かなくてもいいからね》
《初音、それは酷いよ?!》
彩音は姉がお世話になっている人と聞いて、勇気を出して話をしてみることにして、スマホを耳に当てると外国人男性の声が聞こえてきた。
《やあ、彩音。はじめまして、僕はエロル・シコルスキー。君のお姉さん初音の大学の先輩で今は同僚なんだ。宜しくね》
電話越しに聞こえてくる声は、低い声ではあるが魅力的な響きがあった。
彩音は少し緊張しながらも、挨拶をする。
「はじめまして、彩音です。姉がいつもお世話になっています」
こうして、20代の若さでフルダイブVR技術を確立させた天才、エロル・シコルスキーとの運命の会話が始まった。
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