その2 博士(変態紳士)とお姉ちゃん
【トラディシヨン・オンライン】
天才エロル・シコルスキー博士が、完成させ流通させた人類初のフルダイブ用∨Rヘッドセット【ArksVR】で、プレイできる世界初のフルダイブ型VRMMORPGである。
彼の会社が半年前にサービスを開始させたモノで、所謂ローンチタイトルなためにプレイヤー数は100万人を既に超えており、これからも増えると予想されている。
その開発発表会見はネットで当時話題になっていたが、英語なので二人は見ていなかった。だが、最近有志による日本語訳された動画がサイトにアップされたので、それを見るためにPCの画面を覗き込む彩音と陽。
すると、静まり返る黒い背景の会見現場にシコルスキー博士が、全身黒のジャージ姿で現れた。2022年当時、博士は25歳でかなり若く見える
「黒と黒で見えにくいね」
「これが天才の感性なんだろうね」
彩音の言葉に神妙な表情で答えた陽だったが、理由は彼がオタクなので黒色の無難な服装が好きだからであった。まあ、大事な会見を上下黒のジャージで挑むところは、やはり凡人の感性では無いのかも知れない。
壁に備え付けられた大きな画面には、博士がCEOを務める彼の立ち上げた会社【Arks(アークス)】のロゴ名が映し出されている。
【Arks】の意味は、旧約聖書に出てくる契約の箱(Ark of the Covenant)の”Ark”に、複数形の”S”を付けたモノだ。
博士はゆっくりと中央まで歩くと、今回の会見の目的である発表を始める。
『【ArksVR】発売から一年、遂に皆さんが待ち望んでいた事を発表する時が来て、私自身も喜びに耐えません。【ArksVR】のローンチタイトルとして開発していたフルダイブ型VRゲーム……』
そこで博士は一度言葉を切って、間を置いたので視聴者達や記者達は固唾を飲んで見守った。そして、彼は大きく息を吸うと話を再開する。
『…………その名は【おっぱいビーチバレーエクスタ― ぐほっ!?』
その瞬間、一人の女性が素早く博士に近づいてボディに一発入れ黙らせると、画面と舞台が暗転する。すると、その間にうずくまる博士をその女性に舞台袖まで引き摺っていく。
その光景に呆気に取られる視聴者と記者達。そして、彩音と陽。
「今の女の人… 初音お姉ちゃん!?」
「えっ!? 初音さん!?」
彩音が驚いた声を出すのと同時に、陽もまた驚きの声を上げる。
何故なら、博士に一撃入れて連れ去った女性が、彩音の姉”
「そういえば、この会社に就職していたって言っていたね」
陽が思い出したかのように言う。
「うん。でも、こんな会見に出られるぐらいだから、お姉ちゃんもの凄く出世したんだね。流石は初音お姉ちゃんだ~♪ 課長さんかな? 部長さんかな?」
「いや、CEOを黙らせるのに、ボディに一撃入れる手段を取れるのは、そんな役職では無いと思うよ…?」
姉の出世に感心する幼馴染に対して、陽は冷静なツッコミを入れるが、それは彩音には聞こえておらず、彼女は自分の姉の凄さを改めて実感し喜んでいた。
すると、スピーカーから博士とその女性の会話が聞こえてくる。どうやら、マイクのスイッチが入ったままのようだ。
「どういうことかしら、エロル? そのゲームはCERO(年齢指定):18だから開発中止にして、まずはCERO:12~15で多くの客層をターゲットにしたトラディシヨン・オンライン一本でいくと決めたはずですよ?」
「初音、そこは大丈夫だよ。初期案を修正して、18禁からおっぱいぶるんぶるんでビーチバレーするCERO(年齢指定):17にする予定だから!」
「CERO が1歳しか下がって無いじゃないじゃないですか?! それじゃあ、客層が狭まって売上が下がるでしょうが!」
「大丈夫! エロは世界を救うから!」
「救って欲しいのは、世界じゃなくて我社の経済状況なんですけど!?」
「ちょっとした放送事故だね… これは別の意味で話題にもなるわね…」
二人はその様子を見ながら、苦笑いを浮かべていた。
シコルスキーと初音の会話はまだ続く。
「そもそもその上下黒のジャージって何なんですか!? 私はちゃんとスーツを用意しましたよね!?」
「だって、僕… スーツ苦手なんだよ…」
「だったら、せめてどこぞのCEOみたいに黒のトップスとジーパンにしてくださいよ?」
「いや、流石にアレは無いだろう? 二番煎じになっちゃうじゃん」
「ジャージの方が無いのよ!!」
初音はキレ気味でツッコむ。
しかし、博士はそれに動じる様子も無く答える。博士は天才だが、常識が通じない変人でもあるようだ。
すると、そこに別の社員が二人にマイクがオンになっていて、会話が会場に筒抜けになっていることを知らせに来る。
「えっ!? 本当!?」
「いや~、初音~、やっちゃったね~。だが、僕はそんなドジっ子な初音もキライじゃないぜ」
「誰のせいだと思っているんですか!」
博士の言葉に初音は再びボディに一撃入れる。
「ぐふぉっ!?」
博士はその場で倒れ込んだ。
博士と初音は漫才のようなやり取りをして、会場を沸かせていた。
「なんか… 見ているこっちまで恥ずかしい… 」
だが、それを見ていた彩音と陽は羞恥心に襲われていた。共感性羞恥心というものだろう。
その後、博士が何事もなく舞台に戻って来て、今度こそ正式な【トラディシヨン・オンライン】の開発とそのサービス開始予定が2023年だと発表を行う。
すると、その発表に会場のボルテージが一気に上がり、そのまま動画は終りを迎えた。
そして、彩音は【ArksVR】を購入するために、そのままPCを操作してネット通販の画面に飛んだのだが、その表示された値段に彼女の目が飛び出てしまう。
「10万円もするの?!」
それは、剣術の稽古でバイトをしていない彩音にとっては大金であり、到底払えるような金額ではなかった。彩音は陽の顔を見ると、陽は首を横に振る。陽もまた彩音と同じくお金を持っていないようだ。
「お年玉貯金が有るから買えないことはないけど、高校生には辛いかな……。陽ちゃんは、どうやって買ったの? やっぱり、お年玉貯金?」
同じくバイトをしていない陽に、彩音が尋ねると彼女は首を振る。
「私は別の資金源があってね。その資金で、手に入れたんだよ」
「別の資金源?」
彩音の問いに陽は答えなかったが、その代わりに別の答えを返してきた。
「彩音ちゃんは、【ArksVR】をもう持っているよ。ほら、2年前に初音さんから送られてきたじゃない」
「えっ!? あれ!?」
彩音は慌てて押入れの中を探すと、段ボール箱の中にそれを見つけた。
それは2年前に突然初音から送られてきた白い箱で、中には
<これはお姉ちゃんが仲間と作った機械で、彩音にプレゼントします。楽しんでね♡>
と書かれた手紙と衝撃吸収剤に包まれたヘルメットのようなモノが入っていた。
機械に疎い彩音は、陽に見せて【ArksVR】だと教えてもらっていたが、仮想現実に興味がなかったので、姉には悪いと思いながらそれ以来押し入れに閉まっていたのであった。
何より2年前は、仮想現実空間にダイブして出来る事といえば、会話する事ぐらいだったので、引っ込み思案の彼女には無用の長物でしかなかった。
「これが、【ArksVR】…… ありがとう、お姉ちゃん」
彩音は遠い異国にいる姉に感謝する。
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