その5 彩音、VR世界に立つ
彩音が別の場所に着替えに行っている間、陽は彼女の部屋でプレイ準備を進めながら、初音に彩音の水着3Dデータを転送する。
すると、5分後に彼女の携帯に <これまでのセクハラの件は不問に付す。但しこれからのは許さん 初音> と鬼(初音)からメールが送られてきた。
「ふぅ……。これで、今年の年末年始も平和に暮らせるわ」
そのメールを読んだ陽は、安堵のため息を漏らす。
外国にいる初音は、毎年年末年始に長期休暇で帰国しており、今回のセクハラの件で陽は今年の除夜の鐘は最悪家のコタツでは聞けないかもしれないと覚悟していたからだ。
因みに陽の彩音へのセクハラとは、18禁BL漫画を見せたり、18禁BLゲームの画像を見せたり、淫語を聞かせたり言わせようとしたりと、様々な種類で彩音を困らせてその反応を見て楽しむモノであった。
だが、その都度「陽ちゃんの馬鹿~!!」と彩音からバシバシ攻撃されて、それなりのダメージを追っているが自業自得である。
彩音が水着から普段着への着替えを終えて、部屋に戻ってくると丁度ゲームのインストールと3Dスキャンデータの取り込みとアバターへの適用が済んでいた。
「じゃあ、ゲームを始めようか?」
「うん。このヘルメット(ArksVR)を被ればいいんだよね?」
「意識が仮想現実空間に飛んで、睡眠状態に近い状態になるから、安全のためにプレイする時はベッドに寝転んでね」
「わかった」
そう言って彩音はベッドの上に寝転がり【ArksVR】を被り、頭頂部近くにある電源スイッチを押す。すると、【ArksVR】に備え付けられたゴーグル型のディスプレイに、<ArksVRを起動させますか? はい いいえ>と表示される。
「このディスプレイはタッチパネルになっていて、<はい>を指でタッチすれば仮想現実にダイブするから。向こうに飛んだら、目の前にウィンドウが表示されるから、その指示に従えば【トラディシヨン・オンライン】にログインできるからね」
「オッケー」
「じゃあ、私も家に帰ってログインするから、私が来るまでログインした場所で待っていてね。あと、<はい>を押したらカウントが終わる前に腕を体の横に戻してね」
陽の説明を聞き終えた彩音は、返事をした後に大きく深呼吸をして心を落ち着ける。
そして、意を決するとタッチパネルに表示された<はい>を押す。
すると、ディスプレイには仮想現実空間ダイブへのカウントダウンが始まり、0になると彩音の意識は視界と共にゆっくりと薄れていく。そして完全に消え去った時、彩音の意識は別の世界へと飛び立つ。
彩音が意識を取り戻すと、彼女は真っ白な空間に立っていた。
「ここが… 仮想現実空間…?」
自分の体を確認すると水着姿で、あのデータで作られたアバターだということがわかる。
「私のアバターって、これからずっとこの水着姿なのかな… 」
体を見回しながら恥ずかしそうに彩音が呟くと、その声に答えるように正面に半透明のウィンドウとそこに文字が表示された。
<どのゲームにログインしますか? 【トラディシヨン・オンライン】>
その画面を見た彩音は、緊張しながら【トラディシヨン・オンライン】の文字をタッチする。
すると、次に<このアバターでいいですか?>と表示されたので、<はい>にタッチすると突然体とその周囲が輝きだして、宙に浮くような感覚に襲われた。
「えっ!? なにっ!? なに!?」
驚きの声を上げる彩音だったがそれは数秒の事であり、光が収まると同時に彼女の体には、上は半袖の服に長袖のインナー、下は半ズボンにタイツ、足元はブーツという所謂初期の冒険者装備になり、腰には1本のナイフと小振りなロッドが装備される。
そして、周囲の光と浮遊感が収まると目の前の景色は白い空間から、大きな噴水のある中世ヨーロッパのような町並みに変わっていた。
(ここが…… ゲームの… 【トラディシヨン・オンライン】の世界……)
辺りには鎧やローブなど、多種多様な装備を身に着けた人々が行き来したり会話をしたりしている。
(ここにいる人達は、みんな私と同じ人間なんだよね…)
その全てがNPCではなく自分と同じ人間であるということに、彩音は感銘を受ける。
初めての仮想現実空間の世界に感動を覚えた彩音は、まるでお上りさんのようにキョロキョロと周囲を見渡していた。
「おっと、そこのお嬢さん。そんなにキョロキョロと田舎から出てきたお上りさんですか?」
背後から声を掛けられた彩音が慌てて振り返ると、そこには自分より少しだけ立派な生地で作られた服装の陽が立っていた。
彼女は右の腰には拳銃のようなモノ、腰の裏にナイフ、背中にライフルのようなモノを背負っている。
「おまたせ、彩音ちゃん」
「陽ちゃん!」
陽の姿を視認した彩音は、初めての場所で不安だったので、彼女の姿を見て安心からか顔が綻んでしまう。
「では、まずはフレンド登録をしよう。私のするとおりにしてね」
そう言うと陽は右手を前に出して、なかなかの声量で言葉を発する。
「ステータス・オープン!!」
「!!?」
その瞬間、陽の目の前に半透明のディスプレイが表示され、その様子を見た彩音は驚きを隠せないでいた。
それはそうだ。ゲームの中でとはいえ、人前で「ステータス・オープン!!」なんて言うのは、彼女にとってはハードルが高かったからだ。
「さあ、やってみて」
「いや、無理です」
陽の言葉に彩音は首を左右に振って即答する。
その様子に、陽は呆れたようにため息を吐く。
「あのさ~、彩音ちゃん…。これから気弱な性格を治そうというのに“ステータス・オープン!!”で躓いてどうするの!? それにこの世界では、音声入力が基本なんだよ?」
仮想現実ということは、コントローラーを握ったゲーム内と違って、現実に近いシステムでるために、ステータス画面を呼び出したり、魔法を使用したりと現実で出来ないことは、全て音声で起動させないといけないのだ。
「さあ、元気よく“ステータス・オープン!!”と― 」
陽が渋る彩音に詰め寄ろうとしたその時、
「ステータス・オープン」
側にいたプレイヤーが聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ボソッと呟くとウィンドウが出現する。もちろん手を前に出すというポーズもしていない。
「さっ さあ、フレンド登録しようか?」
「陽ちゃん! また私に意地悪したんでしょう!?」
「ちっ 違うよ! 私は純粋に彩音ちゃんの弱々ハートを鍛えるために、試練を与えようとしたんだよ! 決して、モジモジと恥ずかしそうにポーズを取りながら、”ステータス・オープン”と顔を赤らめながら小さな声で言う姿を見て、楽しもうとしたわけじゃないよ! あっ やっば! 全部言っちゃったよ!?」
陽は動揺したのか後ろめたさから、勝手に語るに落ちる。
「陽ちゃん、何か言うことは?」
「すみませんでした…」
笑顔なのに圧を出してくる彩音に、叩かれる前に謝罪を選択する陽。人目がなければ土下座も選択肢には入っていた。
笑顔で相手に圧を浴びせてくる所は、初音と同じで流石は姉妹と思える。
「ステータス・オープン」
彩音が恥ずかしそうに小声で呟くと、ちゃんと目の前に半透明のウィンドウが出現した。
そして、自分の声が周囲に聞かれていない事に安堵し、彩音はほっと胸を撫で下ろす。
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