第60話 わたしは負けないよ
「でも、そう考えるのが、いちばん納得できるんだよ、わたしは、さ」
「おじいちゃんがどうしてあんなに
くすん、と笑う。笑いかたが色っぽい。
「たぶんね。そういうの、ぜんぶ、うちのご先祖様がお姫様をつかまえて藩に突き出したときから始まってる因果なんだよね」
「ああ、いやいやいや」
「それ、違うから。ご先祖様が何やったとしても、ユキちゃんには関係ないから。だっておかしいじゃない? もしそんなのがあるとしても、ご先祖様は名主とかいうので成功して、で、ユキちゃんがそのぶんの損を引き受けないといけないなんてさ」
早口でいう。結生子はおもしろそうに笑っていた。
「だからさ、因果って原因と結果だけど、原因と結果って時間差があるからさ。だから、原因を作った人のところに結果が来るとは限らない。原因作った人のところに必ず結果が行くんだったら、世のなか、楽だよ。でもそうじゃない。因果関係ってそういうものでしょ?」
瑠姫は頭のなかがこんがらがって、しかもそのうえにいやな思い出までまぶされて、混乱する。
いやな思い出というのは――。
因果関係とは何かというような話を、大学で、とても非常にとてつもなくつまらなかった教養の法学の授業で聴かされたのだ。まだ純情な一年生だったのでそういうのを懸命に覚えて試験も受けたのに、けっきょく単位は取れなかった。
そんな瑠姫を見て、結生子は何度か笑い声を漏らしそうになっている。
むむむむ……優等生はこれだから……。
「もちろん、普通に考える原因と結果の関係なんてないよ。でもさ、わたしたちの知らない何かの論理で、わたしたちにはよくわからない、この世とは違う時間の流れっていうのがあって、そういうなかで原因と結果が結びつけられてるとしたら、ってさ」
結生子はまぶたを閉じた。
息をついて、目を開いて、木の葉の下から見える遠い海に目をやって、言う。
「そのお姫様がいたら、そのお姫様もそんなことを考えただろうな、って思うんだ」
瑠姫は答えなかった。
答えようがなかった。
結生子はまたベンチの上で背筋を伸ばした。
「でも、わたしはそのお姫様には伝えたい」
瑠姫ははっとした。その結生子の声には、何か、儀式ででも話すような改まったところ、
そうだ。
あの猫のお葬式のとき、
そのときと同じだ。
いま、結生子は、その還郷家の家々の神様に向かって、直接に話しかけているのだ。
「わたしは負けないよ、伝説のお姫様なんかに。そのお姫様がわたしのところに持ってくる因果とか、そういうのには負けない。けっして負けない。わたしのところに悪い因果が回ってきたら、いい因果につなぎ変えて見せる。それは、いまのわたしにはできないよ。でも、それができるようになってみせるから」
結生子の肌はきれいだけど、それでも前より荒れている。たぶん、その三年間のアルバイト生活と大学や大学院での学業というものの苦しみで荒れたのだろう。
しかし、結生子の頬は、昔と同じ艶やかさをいま取り戻しているように見える。
「そう言っても、そのお姫様、もし神様としていらっしゃるんだったら、ちゃんと受け止めてくださるって、わたし、そう思うんだ」
村の名家に生まれて厳しく育てられたのに一度のできごとで「きず物」、「恥」と
「たぶん、お姫様もそう誓って、神様になったんだろうからね」
その結生子の横顔は、瑠姫がこれまでの生涯で見たなかでも最高に高貴な笑顔だった。
※法学が「とても非常にとてつもなくつまらない」学問だというのは登場人物の見解であって、作者の見解ではありません! ご了承ください。
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