第52話 知らないなら何だったと思う?

 結生子ゆきこは大きくため息をつく。

 目を細めた。

 「たぶん瑠姫るきのところもそうだと思うし、幸織さちおのところなんかもさ、還郷家かんごうけに対しては妥協派なんだよね。もうずっと昔のことだし、時代も変わったし、おんなじ村なんだから仲よくしましょう、って」

 ふと、瑠姫は、海岸でごみ拾いボランティアをしていた幸織のおばあさんの表情を思い出した。

 あのときいっしょにいた大人たちのなかに、その帰郷家きごうけと還郷家がどれぐらいいたのかはわからない。でも、たぶん、あのおばあさんはそういう分け隔てをせずに、あのボランティアというのをいっしょにやっていたのだろう。

 「だからさ」

 結生子は続ける。

 「子どものころ、おじいちゃんはわたしが瑠姫や幸織と遊ぶのにも反対だった。帰郷家の裏切り者だから、って。でも、そうなると、当然還郷家の子とも遊ばないわけだから、村に友だちいなくなっちゃうじゃない? それはいくらなんでも、っていうんで、お父さんとかお母さんとかが、帰郷家どうしのつきあいはだいじですから、って、大目にみさせてくれてたんだよね」

 そうか……。

 ただ、家のなかを走り回ったから、という理由ではなかったのだ。

 瑠姫のお母さんもそれは知っていたのかも知れない。

 もう、ここまで話をきいたからには、それを確かめる気も起こらない。

 「そんなところでおじいちゃんにチャンスがめぐってきたのが、あのホテルを造る話でさ」

 結生子は続ける。

 「もともとね、唐子からこの南に、人の住んでない浜辺ってあって、そこ全体を開発して大リゾート地を造るって計画があったんだ」

 唐子は、さっき幸織がボートで行こうなどと言い出した、その場所のことだろう。

 「ところがさ、そこを掘り返してみると大きい遺跡が出て来ちゃってさ。それで、まあ、いろんなことがあって、断念。で、その、計画が中止に追いこまれて困ってる開発会社に、じゃあ、ホテルだけでもうちの村で造りませんか、土地は提供しますからって話を持ちかけたのがうちのおじいちゃん。そこの開発企業のオーナーと知り合いだったんだよね。でもさ、そのホテルのために提供した土地っていうのが、還郷家との関係を決定的に悪くした。まあ、おじいちゃんも、たぶんわざとやったんだけどさ」

 結生子はまたいたずらっぽく笑って瑠姫を振り向いた。でも、ずっとしゃべってしゃべり疲れたのか、その笑顔はどこか疲れているようでもあった。

 「何だったか知ってる? 知らないなら何だったと思う? あのホテルのあった場所」

 「えっと……」

 いや、そんなことを言われても、わからない。

 瑠姫がものごころついたときにはもうホテルだったんだから、しかたがない。

 「いや、知らないし、見当もつかないけど」

 結生子は笑みを消した。そうすると一挙にとても疲れた表情になる。

 それに、寂しそうだ。

 「あそこが玉藻姫たまもひめ神社だったんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る