第51話 二百年間、村は両派に分かれて

 結生子ゆきこは続ける。

 「新藩主になって、その新藩主が家老の格付けのやり方を変えたわけ。というか、その相良さがら易矩やすのりっていうのが実権を握ってるあいだに家の格の順番がごちゃごちゃになってたのを、整理したんだよね。ところが、そのせいで、その相良って家の格が結果的に下がってさ。それで易矩は怒ったらしい、って。それでさ、ここからはまた言い伝えで史料的根拠はないんだけど、もう一人、さ、素性を隠して育ててる息子がいてさ、それと交替させようとした、って話もあるんだ。なんで自分が取り調べを受けてる途中におめかけさんの家まで行ったかっていうと、その隠し子のお母さんがそのお妾さんで、その子を引き取りに行ったんじゃないか、それで、お妾さんにそれを拒否されて衝動的に自殺したんじゃないかっていうんだけど」

 「うん……」

 「それで、まあ、藩主が死んで、藩主になれる人もいなくなったから、幕府が介入して、一族の別の家から藩主を立てて藩を存続させたんだけど。岡下おかそたに分家があって、その分家から新しい藩主を入れたんだよね」

 ああ、岡下には分家がいたから、岡下が岡平おかだいらとは別になっていたのか。

 「でも、そうなるとさ、年貢を高くするのに反対して追放されて、山地の開拓とかでひどい待遇で働かされてた人たちは、当然、もとの村に帰らせてくれって要求するよね。自分たちを追放した人のせいで藩が一回つぶれてるんだから。まちがった政策の犠牲者、ってわけだよね。でも、もとの村には、そのいまの神奈川県とかからきた人たち、つまりわたしたちのご先祖様がもう住み着いてる」

 「ああ」

 「それでも、その追放されたほうの人たちを山の開拓とかにこき使い続けるわけにもいかないから、最初はさ、街で商売やらせるとか、一部は武士として取り立てるとかさ、いろんな対策をしたけど、けっきょくそんなのじゃ収まらなくて、で、出身地の村に帰らせたわけ。それが、この村で言えば還郷家かんごうけ。村によっては、山帰り、とか、本村流ほんそんりゅうとかいってる村もあるよ」

 あいかわらず、細かい。

 瑠姫るきは同じ村に住んでいてまったく知らなかったことなのに。

 「で、還郷家からしてみれば、わたしたち帰郷家きごうけは、その悪い家老といっしょになって村を奪った悪いやつってことになるでしょ? でも、帰郷家からすれば、自分たちを招いたのが悪い家老だなんて知らずに遠くの土地から来たわけだし、それに、もう生活の基盤こっちに移しちゃってるわけだから、いまさらその出身地には帰れない。それで、二百年間、村は両派に分かれて対立、ってわけ。で、早い話、ってぜんぜん早くないけどさ」

 結生子は笑って瑠姫のほうを振り向いた。

 「うちはそのなかでもごりごりの帰郷家なんだ。なんせ、還郷家のほうからは、うちの祖先がそのお姫様をつかまえたから、そのごほうびで名主になれた、って言われてるんだから。で、明治になってからもいろいろあったんだけど、戦後になってからは還郷家から区長を出すようにして。還郷家のほうが家の数は多いから、そっちから区長を出すのが民主主義だってことになったらしくて。例外で還郷家から村長が出ちゃったときには区長を帰郷家から出して」

 このあたりは岡平おかだいら岡南町おかみなみまち甲峰こうみね地区という。甲峰地区の長が区長だ。

 その甲峰のほか、海岸から離れたあたりも含めていくつかの地区で、岡南町というのを構成している。

 岡南町は、昔、岡平市に合併するまでは岡南村だったらしく、村長というのはその岡南村全体の村長のことだろう。

 「しかも、そのばあいにも、帰郷家でもうちからは区長は出さないってことにしたんだよね。で、わたしのおじいちゃんは、それ決めた世代の一つ下なんだけど、それが不満でさ。どうにかしてそれを変えさせたかったみたい」

 やっと、というより、急に、瑠姫も知っている時代の話に戻った。

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