第38話 あの子…どうなるのかな

 猫が死んでいた。

 学校帰り、あの幽霊松の少し手前だった。

 気がついたのは幸織さちおだった。気がついた、というより、いきなり口もとに手をやって、大きく目を見開き、動かなくなってしまったのだ。

 その目線の先を追うと、そこに猫が横になって倒れていた。道端の、その松の根もとあたりだった。明るい茶色のしま模様の猫だった。

 寝ているだけではないか、猫は寝るときにはこんなふうに横倒しになって寝るものだから、と、瑠姫るきは思った。しいてそう思おうとしたのかも知れない。

 でも、しばらく幸織の顔を見てから、その横倒しの猫のほうに近づいて確かめた結生子ゆきこは、手では触れずに様子を確かめ、幸織と瑠姫のほうを見て小さく首を振った。

 幸織は、じっとそのほうを見ているだけで、目は離さないけれど、動きそうにない。瑠姫が近づいてみる。

 瑠姫もいちどは目を覆おうとした。

 その猫の死体はもういたみ始めていた。もう冬も近い時期だったが、ほかのところでは見かけなくなっていた蝿が飛んできていた。蟻も列を作っていた。

 結生子は、しばらくその猫の死体を見ていたけれど、やがて瑠姫の顔を見て、目をかわし、歩き出した。途中で、まだ口もとに両手をあてたままの幸織をちらっと見てから、馬塚のところの坂を下りる。

 瑠姫も続いた。幸織はそれでもしばらく動かなかった。しばらく行ってから瑠姫が振り返ると、膝を中途半端に曲げ、その曲げた膝に両手を当てていた。頬から血の気が失せている。結生子も足を止めてその幸織を振り返ると、幸織は鞄を持って慌てて二人を追ってきた。

 幸織が追いついたので、瑠姫と結生子は歩き出す。幸織は遅れ気味ながらもついてきた。だれも何も言わない。

 ふと、坂の途中で、幸織が立ち止まった。

 結生子が振り向いたので、瑠姫も振り向く。

 あのひげもじゃのおじさんともじゃもじゃ犬のペンションのあたりだったが、どちらも、またお客さんも、その日は姿が見えなかった。

 「ねえ」

 幸織は声も震えていた。

 鞄を体の前に持って、肩をすくめて立っている。

 「あの子……どうなるのかな……」

 あの子とは、さっきの猫のことだろう。

 結生子が幸織から目を離して坂の下のほうを向いた。

 「どうにもならないよ」

 短く言ってから

「あとで保健所に電話しとく」

と言う。結生子の肌理きめの細かい頬が目に焼きつく。

 「そんなのいやだよ!」

 いきなり幸織が大きい声を立てた。

 ふと瑠姫が思いつく。

 「あの子、って、幸織が知ってる子?」

 もし幸織が通りかかるたびに餌をあげたりしている猫なのだったら。

 それだったら、あの姿を見れば、たしかにショックだろう。

 「いいや」

 でも幸織は首を振った。

 「でも……あんなの……あんなのっ……!」

 そこで声が詰まってしまう。

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