第20話
今日は秋祭り。さまざまなお店が大きな公園に集まって出店を出している。
出店は大掛かりで、木を屋台のように組んで調理場やカウンターを作っているところもあるようだ。
広場では次々に人が出てきて、様々な音楽を奏でている。
みんな手には食べ物や飲み物を持っていて、楽しそうに出し物を見ている。
この公園は紅葉で有名だが、あいにくカエデの色は変わり始めたばかりで、絶好という日和にはまだ早い。
けれどハナミズキの葉っぱは八割ほど赤く色づいているので人だかりができている。
中には赤い実を豊富にみのらせた木もある。
非常に美味しそうに見えるが、食べると渋いのだと誰かが昔教えてくれた。
だけど幼い頃は実を必死に啄む鳥たちのことがどこか羨ましかった。
ミカはタクミを誘って秋祭りに来ていた。
「ai's cafe」のマスターが出店すると教えてくれたので、せっかくの機会だからだとタクミを誘ったのだ。
先日のマスターとの話はミカの中では、まだうまく消化できていなかった。しかし、立ち止まるわけにもいかない。あんまり考えすぎるとタクミとの関係はより複雑になってしまうし、異変を察知されると決断の時が近づいてしまう。
ミカは自分の優柔不断さの中に微量に混じる狡猾さにため息を吐きながらも、タクミに対して変わらずに接していた。
二人は入り口で案内パンフレットを貰い、まっすぐ「ai's cafe」の出店に向かった。しかし知らない人が店番をしていて、マスターの顔が見えない。
「あれ、マスターが店番してるって言っていたんだけど、いないなぁ」
「そうなの? 休憩中なのかな?」
「そうだねぇ。今日もまた会えないのかなぁ⋯⋯。まだ時間はあるからまた見に来ることにして、違うお店をまわろっか」
「そだね。そうしよう。面白そうな店がたくさんあったよ」
またこのパターンかと苦笑いを浮かべながら、二人は出店を回ることにした。
◆
このお祭りはハンドクラフトの物販がメインで、食べ物や飲み物が次に多いようだ。販売物はどれも異国情緒に溢れていて、公園に入った瞬間から香ばしいスパイスの匂いが漂っている。
だけど販売しているのはほとんど日本の人に見えるので、エスニックな香りを発しつつも、同時に懐かしさを覚えるような製品が多かった。
歩きながら物販を見ていると、お腹が減ってきてしまった。
なので、ミカはタクミと食事を探すことにする。
「ミカちゃん。ピザにハンバーガーもあるね。石窯で焼いたピザだって」
「タイ料理やドイツ料理も売っていたね。どれも美味しそうだったよ! タクミくんは何か食べたいものはあった?」
「うーん。ピザもハンバーガーも美味しそうだったけれど、ここでしか食べられなさそうなエスニックな料理が多かったからそれが良いかなぁ。ミカちゃんはどう?」
「そうだねー。私もタクミくんの意見に賛成かなぁ。さっき、鉄板で作ったタイ料理を出すお店があったよね? あそこのお店とかどうかな?」
「おー、いいね。僕も良いと思っていたんだ!」
「じゃあ、行ってみようか」
◆
そのお店はタイの炒めカレーと炒めた麺料理を出していたので、二人は早速購入することにした。
ミカは『炒めカレー』、タクミは『パッタイ』を注文した。料理を受け取ったあと、広場の近くで空いている席を見つけたので、座って二人で食べることにする。
ミカのカレーは鶏肉入りのイエローカレーを卵と炒めて、ご飯にかけたもののようだ。赤、緑、黄のパプリカが入っていて彩りも綺麗だ。
ミカは木のスプーンでカレーを取り、口に入れた。
「おいしい!」
カレー自体はかなりスパイシーに作られているようだが、それが卵と合わさることによって、だいぶマイルドになっている。薄くかかった魚醤の香りもバランスが取れている。
これは絶品だとミカはご満悦だ。
タクミが注文したパッタイは、米粉で出来た麺を干しエビ、もやし、ニラ、卵などと炒めた料理だ。
タクミは箸でパッタイを大きく摘んで口に運んだ。
口に入れた瞬間、魚醤の濃厚の香りが鼻に突き抜けた。強烈な旨味が広がる。
噛むと麺のもっちりとした感触、もやしのしゃきしゃきとした食感、そして後にかけられたナッツの硬さが入り混じり、食の楽しさを増大させてくれる。
味も抜群に良い。卵と麺が素材の美味しさをしっかりと吸収して主役としての役割と十分に果たしている。
タクミは目尻を下げながらミカに言った。
「こっちもすごく美味しいよ!」
二人はお互いのご機嫌な顔を見て、さらに良い気分になりながら食べ物を交換して、それぞれの味を楽しんだ。
◆
「なんだか飲み物もエスニックな方が良いね。私、さっきのお店でスパイスティー買ってくるね。タクミくんは何が良い?」
「うーん。僕も同じが良いな。僕が買いに行くよ?」
「ううん。私が言い出したんだし、大丈夫だよ。タクミくんは席が取られないようにそこで待っていてね」
そういってミカは席を離れた。
そして飲み物を買ってからタクミの元に戻る時、不意に不思議な音が耳に入ってきた。軽快さがある音なのだけれど、音色はひどく優しくて幻想的だ。
中央の広場で様々なイベントが行われていたけれど、音楽の時間になったのかもしれない。ミカはタクミの元に急いだ。
「タクミくん、すごく不思議な音楽が流れてきたよ!」
「うん。これはウクレレとハンドパンかな? 気持ちの良い音楽だね」
「ハンドパン?」
「そう。UFOみたいな円盤を手で叩く楽器なんだけど、ミカちゃんは見たことない?」
「ない! 見にいってみようよ」
タクミが了承したので、二人は広場に向かった。
◆
広場に着くと人だかりができていた。みんなこの不思議な音色に惹きつけられたのかもしれない。
ステージの上を見ると二人の女性が楽器を持って演奏している。パッチワークの服を着ていて、異国情緒が満載だ。
確かに片方の女性はUFOを手で叩いてあの不思議な音を出している。
「あっ、あれマスターじゃない?」
「え? マスター?」
「ウクレレ弾いてるのは『ai's cafe』のマスターだよ。こっからだと見づらいけど、多分間違いない」
あのコロコロとした目は間違いなくマスターだろう。
そう思ってよく見ると、UFOを叩いているのはあの和の美人ではないだろうか。白い肌にエキゾチックな服装があっていて、なんだか目を惹かれてしまう。
彼女が手を動かすたびに『ポン』という音が鳴る。
グラスハープのような幻想的な響きを持っているけれど、打楽器特有の破裂音を伴っているのでリズムがある。
ミカはまるで心を優しく弾かれているようだと感じた。あの楽器の音にはそんな心地よさがある。
「いい曲だね」
ふとタクミがそう言ったので、ミカは頷いた。
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