Ep.5:鴨嶋 静吏の場合

 花芽莉かがりさん達と一緒にいるようになって学校内で僕に嘘告をしてくる者はいなくなった。

 今までになく平穏に過ごせている。不本意な『ハーレム野郎』の誹りは受けていて、嫌な視線に晒されているが実害は出ていない。

 週のうち何日かは皆んながうちに来て一緒にご飯を食べたり、お喋りしたりして自由に過ごしている。

 他の人が見れば溜まり場と言われそうだけど、僕は今の状況は嫌じゃない。

 何かを強要されている訳じゃないし、美味しいご飯も作ってくれる。

 好き勝手に寛いでいる感じ。


 まあ、1DKに5人でいると結構狭いから彼女達との距離は近くなる。

 この前のお泊まり会の時は深夜までホラー映画を観ていてソファーに僕とひびきさんが座らされ、その前に愛香あいかさん、愛美まなみさん、花芽莉かがりさんが並んで座っていた。ひびきさんと愛香あいかさんはホラー映画は苦手みたいで僕にしがみついてきた。

 振り返ってそれをみた花芽莉かがりさんは面白いものを見たと言わんばかりにニヤニヤと笑っていた。

 このソファー彼女達がうちに来るようになってから3人が買ったもの。

 2人で座るには余裕があるけど3人だと窮屈な感じ。そう思っていた、この前までは。

 うちに泊まるにあたって、ベットと来客用の布団一つしかない事を伝えておいたのだが彼女達は気にせずやって来て、ホラー映画を観終わるとソファーを展開し始めた。彼女達が買って来てうちに置いていったソファーはソファーベットだった。愛美まなみさんは持ってきてたバッグから大きめのタオルケットを2枚取り出してソファーベットの上に広げて眠る準備をしていた。あれには驚いた。

 あのタオルケットは洗濯してうちで片付けられている。他にも彼女達の洗顔用品、スキンケア用品、バス用品なんかも置いて帰った。『また、持ってくるとか荷物が増えるし、置いといた方がいいだろ』というのが花芽莉かがりさんの意見で皆んながそれに同意した。ひびきさんまで……


 そんな普通と言えない高校生活を送っている僕だが、今日は久しぶりに1人で帰っている。

 コンビニに寄っておにぎりとペットボトル飲料を購入する。

 高校に近いこともあってうちの制服を着た生徒がそれなりの人数いる。


 その中に何人か他所の制服を着た女子がいた。

 僕はその中の1人の女子に見覚えがあった。

 中学の時に彼女のをして欲しいと頼まれた女子、鴨嶋かもしま 静吏しずり

 彼女を一言で表すなら清楚美人。長い黒髪に凛とした立ち姿が美しい女子。

 当時と比べると身長が伸び愛美まなみさんと同じくらいになっていた。


 わざわざ声をかけなくてもいいか、そう考えて僕はセルフレジに進む。

かすりくん」

 隣から呼びかけられた。

「ん?ああ、鴨嶋かもしまさん」

「久しぶりだね」

「そうだね」

 会計を済ませた僕は先にそこを離れる。

「それじゃあ、僕はこれで」

 軽く手を上げてその場を去る。

「あっ、待って」

 シャツの裾を掴まれた。

「少し……話、聞いてくれない?」

「……いいけど」

 一先ずコンビニから出る。

「近くの公園でいい?」

 行き先を彼女に確認する。

「……かすりくんの家って近く?」

「3駅先だよ」

 3駅といっても家から学校まで20分かからない。

「じゃあ、あそこのカラオケに行かない?」

 鴨嶋かもしまさんは少し考えた後に行き先を告げてきた。

「聞かれたくない話?」

「……うん」

 俯き首肯してくる。


 その店は随分前からあって寂れているけど学生にも優しい料金となっている。

 それに僕たちが中学の頃、遊びに来るならこっちに出てくることが多かった。


 僕と鴨嶋かもしまさんが中学の時に嘘の交際をしていて時間を潰すのに何度か訪れたカラオケ店。その時は僕も鴨嶋かもしまさんに勉強を教えてもらったりしていた。二人ともあんまり歌うことが好きじゃなかったからそうやって過ごした。


 カラオケ店に入り受付で指定された部屋へ向かう。

 鴨嶋かもしまさんはずっと僕の後をついて歩いてくるので、どんな表情をしてるのかはわからない。

 部屋に入ってソファーに腰を下ろす。

 僕の隣に鴨嶋かもしまさんは自然に腰を下ろした。

 中学の時、クラスメイトがいる場所では自然とそうしていたから癖になってるんだろう。あえて指摘しないけど。


 鴨嶋かもしまさんは言い出そうとしては口を噤んでいたので余程切出しづらい話なのかな。

 コンビニで買ってきたペットボトル飲料を取り出し一口飲む。

 鴨嶋かもしまさんも僕に倣って一口飲む。


「じゃあ、聞いてくれる?」

 硬い声で問いかけられた。

「うん」

「もう一度、ちゃんと私と付き合ってくれない?」

 鴨嶋かもしまさんは潤んだ瞳で僕を見つめながらそう言った。


 僕もその瞳を見つめ返す。

「本気じゃ、ない、よね」

 鴨嶋かもしまさんは目を逸らし、テーブルの上で組んでいる自分の手を見る。そうして話始めた。


「うちが再婚なのは知ってるよね———」

 普段の鴨嶋かもしまさんと違う要領を得ない話し方だったがその内容を聞くと僕は言葉を失ってしまった。

 一番耳を疑ったのが、義父が鴨嶋かもしまさんに手を出そうとしている事。

 母親は離婚を考えているらしい。

 家を出ようと思っているが金銭面の問題で出る事ができない。


 ネットニュースでそういった被害にあった子供がいることは知っている。

 でも、それが身近で起きようとしているとは思いもしなかった。

 それで、僕にその話をしてどうしたいの?

鴨嶋かもしまさん、その話、お母さんにはしたの?」

「お母さんはに逆らえないから……」

 駄目だったのか……

「クラスメイトにもこんな事、言えなくて……仲がいい友達のところにも何日か泊めてもらったんだけどこんな話できなくて……」

 鴨嶋かもしまさんは俯いて、呟くように言葉を紡いでゆく。

「それで、バッタリ会った僕を頼って?」

「うん……かすりくんなら、前に付き合ってたから……」

「あ〜、偽の関係だからね」

 結構、追い詰められてるのかな、僕たちの関係はあくまでの恋人だったんだからね。間違わないように言っとかないと。

「その話を僕にするって事は、協力してほしい事があるの?」

「……かすりくん……、一人暮らしするって言ってた、でしょ?」

 なんとなく察した……うちに泊まりたいのか?

「うん」

「暫くの間、私を泊めて、ほしいの……だめ?」

 くっ、鴨嶋かもしまさん、あなたの上目遣いは強力すぎる。

 思わず、頷いてしまったじゃないか!

「よかった〜」

 すごく、ほっとしてるけど、いいの?本当にそれで!?

「僕に襲われるとか、考えない?」

「ううん、だってかすりくん、手も握ってこなかったでしょ?」

「でも、あれから暫く経ってるし、高校生だよ、思春期の男子だよ」

 僕の方が焦ってきた。

「私に経験がないと思う?」

「えっ!?」

 鴨嶋かもしまさんの表情はどこか艶っぽい感じに見えた。

「もしかして……」

 ゴクリっと息を呑んでしまった。女子の方が進んでるっていうし。

「冗談だよ、私まだ、処女だし……」

 小さくボショボショと呟いた言葉はかろうじて僕の耳に届いた。

 二人の顔は耳まで紅く染まっていた。

「んんっ、親戚を頼ることはできないの?」

「うち、お母さんが親戚づきあいしてこなかったから、何処にいるかも、連絡先も分からないんだ。お父さんも私が小さい時に亡くなってるからお父さんの方も分からない……」

 しゅんとして俯いちゃった。まいったなあ……

「わかった。とりあえず今日は泊めてあげる」

「ホント!」

「で、明日からの事を考えよう」

「うん。ありがとう……」

 涙で頬を濡らしながらお礼を告げてくる。お礼を言われる事をしたんじゃない、僕は問題を先送りにしただけ。


「夕飯の材料を買ってかえる?それとも食べてかえる?」

 気まずさを誤魔化すように話題を変える。

「それなら私がなんか作ろうか?泊めてもらう、お礼に」

 涙を拭いながらそう言ってくれる。

「じゃあ、スーパーに寄って帰ろうか?」

「うん、何か食べたいもの、ある?」

「う〜ん……、オムライス、食べたい」

「フワトロ?薄焼き?どっちがいい?」

 あ、両方作れるのかな?

「薄焼きの方で」

 今日の気分は薄焼き卵の方です。

「うん、じゃあ、行こう」

 荷物を片付けカラオケ店を後にした。



 僕のうちに鴨嶋かもしまさんを連れて帰る。

 別にしているわけじゃない。

 鴨嶋かもしまさんをキッチンに案内して、僕は着替えに行く。

 そのついでにスマホを取り出し愛美まなみさんに連絡を取る。

「もしもし」

『どうした?』

愛美まなみさんのうちで僕の友達を預かってもらえないかな」

『何かあったの?』

「うん、実は———」

 僕は愛美まなみさんに鴨嶋かもしまさんの事を話した。

 沈黙が続く、考えているのだろう。

恭一きょういち、今からそっちに行っていいか?』

「うん、大丈夫」

『なら、準備して向かう』

「ありがとう」

『いいよ、後でな』

「うん」

 これで、鴨嶋かもしまさんの事がなんとかなればいいけど。


 鴨嶋かもしまさんの作ったオムライスも美味しかった。

 食事の合間に愛美まなみさんが来ることを簡単に伝えておく。

鴨嶋かもしまさんの状況を助けてもらえるかもしれない友達が来てくれるから皆んなで考えてみよう」

「その人は信用できる人」

「うん、愛美まなみさんなら大丈夫だよ」

「女の人なんだ……」

 沈んだ声?

「ん?」

「ううん、なんでもない」

 気のせいかな?

「それで愛美まなみさんって、どんな人?」

愛美まなみさんはね———」

 愛美まなみさんの人となりを伝える。これで、少しは安心してくれるといいけど。


 ピンポ〜ン♪

恭一きょういち〜」

 インターホンがなり愛美まなみさんがやって来た。

「は〜い、ちょっと待ってくださ〜い」

 扉を開けるとそこには花芽莉かがりさんがいて、その後ろに大きなバッグを持った愛美まなみさんが立っていた。

恭一きょういち〜、私らがいない間に女連れ込んだって〜」

 ニヤニヤとしている花芽莉かがりさん。

愛美まなみさん、ありがとうございます。さぁ、入ってください」

「ちょぉ〜い!?無視すんなよぉ!可愛い〜っ花芽莉かがりさんもいるよっ!!」

「揶揄ってくるからですよ、花芽莉かがりさん」

 玄関で賑やかに騒いでいる僕たち、あんまり騒ぎすぎるのも良くない。

「近所迷惑になるし、入って」

「は〜い、ただいま〜」「ただいま」

 勝手知ったるなんとやら、ズンズン中へ入ってゆく。

「あっ、ばんわ〜、愛人で〜す」「ばんわっ」

 花芽莉かがりさん!?また、そんなこと言って〜!

「あ、愛人!?初めまして、中学の時、かすりくんと一緒だった、鴨嶋かもしま 静吏しずりです」

 ほら、動揺してる。

花芽莉かがりさん!?揶揄わないでね!!鴨嶋かもしまさんも一緒じゃなくて友達、ト・モ・ダ・チ」

「は〜い、友達の相模原さがみはら 花芽莉かがりで〜す」

「料理番の新堂しんどう 愛美まなみで〜す」

「料理番!?」

 鴨嶋かもしまさんの表情がコロコロ変わって百面相してる。学校の友達も見たことないだろうなあ。

「あの〜、どちらかがかすりくんの彼女だったりします?」

「は〜、いてっ」「もういいって!」

 愛美まなみさんが花芽莉かがりさんの頭にチョップを落とした。

「ごめんね〜、花芽莉かがりが揶揄って」

「いえ、大丈夫です」

「私ら、恭一きょういちの友達だから安心して」

「いえ、気にしてませんから」

 冷蔵庫から作り置きのアイスティの入ったポットとコップを人数分持ってテーブルに着く。

「自己紹介も終わったみたいだし本題に入ろうか」


「私から話させてもらうね———」

 鴨嶋かもしまさんは今、自分が置かれている状況を二人に説明してゆく。所々補足しつつ、愛美まなみさんの所で彼女を預かってもらう事ができないか相談した。

「うちはな〜」

「不味いかな?」

「ちょっとね〜」

花芽莉かがりさんの所は?」

「う〜ん、うちは無理かな〜」

 駄目か、いい考えだと思ったのに。

「ここじゃ、駄目なの恭一きょういち?」

 とんでもないこと言い出すなぁ、愛美まなみさん!?

「んんっ!?な、なんて!?」

「いや、ここに置いてあげたら?」

 鴨嶋かもしまさんの顔が真っ赤になってプルプルしてるんだが!

「いや、それは、流石に……」

「ああ、二人っきりになる事が気になるのか!この前は皆んないたし」

「この前!?」

 あれ、鴨嶋かもしまさんが動揺してる?

「この前、私らの他にあと2人ここに泊まったんだ」

「へ〜〜」

 鴨嶋かもしまさん、そんな、ジト〜っとした目で人を見ないで!!

「なら、私が一緒にいてあげようか?」

「「「えっ!?」」」

「だからさ、私が一緒にいれば、2人っきりにならないしさ」

 うん、言ってる事はわかる。けど、愛美まなみさん、それでいいの!?

「いやいや、愛美まなみ、それ不味いって!?」

 お〜、花芽莉かがりさんがまともだ〜

 愛美まなみさんの発言からいち早く再起動した花芽莉かがりさんが異を唱える。そうだよね、それが普通だよね。

「まあ、今日は泊まっていくつもりだからね」

「「「えっ!?」」」

「ん?」

 花芽莉かがりさんも知らなかったのか?

「なら、私も泊まろかな〜」

「いいね♪」「「えっ!?」」

 2人は納得しているようだけど僕は理解できてないからね!?

 いや、僕だけじゃない鴨嶋かもしまさんもポカンとした顔のまま固まってるよ。


 早速、泊まる準備を始めた2人。

 ソファーベットを展開し片付けておいたタオルケットを出してくる。

 それはもう自分の家であるかのように。

「か、かすりくん、なんか、手慣れてるんだけど……」

 じとーっと僕の方を見ないで。

 最近、家事の半分以上は愛美まなみさんが進んでしてくれている。愛美まなみさん曰く『やりたいからやってる事、気にするな』そう言って率先してやってくれるもんだから感謝の言葉しかない。僕もできることでお返ししようとはしてるんだけどね。

「べ、別に、僕たちは友達だし……」

静吏しずりは、が気になるんだ〜」

静吏しずりが思ってるような関係じゃないぞ」

 花芽莉かがりさんと愛美まなみさん2人が援護射撃?をしてくれた。

「んなっ!?」

 鴨嶋かもしまさんが変な声をあげて驚いているんだが!?

 来客用の布団まで持ち出してきて敷かれてしまった。

 ホント、手際がいいなぁ……

静吏しずり、暫くここにいるとして足りないものってない?」

「えっ!?足りないもの?」

 う〜んっと悩んで、顔を紅くして視線を泳がせた。

 あ、これ僕が聞いたらダメなやつだ。

「ちょっと、コンビニまで行ってくるよ。みんなは何かいる?」

「ダッツが欲しい!!バニラの!」

「私、ナッツのやつ」

「えっ!?ええ〜!?」

「ほら静吏しずりも」

「それじゃぁ、ベリーとチーズの……」

 うん、2人とも遠慮がない……普段お世話になってるからいいけどね。

 鴨嶋かもしまさんは流石に遠慮がちだけどちゃんと言ってくれて良かった。

「じゃあ、言ってくるね〜」

「は〜い、いってら〜」

「ゆっくりね〜」

「えっ!?あっ、いってらっしゃい?」

 驚きを見せていた鴨嶋かもしまさんを残して僕はコンビニへ行く事にした。女の子同士の話に僕はいない方がいいからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る