Ep.4:相坂 響の場合(2)

愛香あいか恭一きょういちに告白する所に遡ります。

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 相坂あいさか ひびきかすり 恭一きょういちに本当の気持ちを伝えたくて彼の後を追いかけた。

 そこで目にしたのは学年でも有名なギャル3人組の1人、菅野すがの 愛香あいか

 その彼女の告白を彼は了承した。

 今でも思い出せる。

「え、ええっと、わ、私と付き合って!」

「いいよ」

「え〜〜っ!!いいの!!」

「うん」

 そこまで聞いて私はその場から走り去った。いや、逃げ出したんだ。


 そのまま走り続けて家に帰った。

 自室に飛び込んでからはベットで蹲った。

「うわああああああぁ———また、私———遅かったんだあぁ」

 後悔。

 また、私の行動は遅かった。恭一きょういちくんは菅野すがのさんと付き合うんだ……、私、ホントに伝えたかった事、言えなかった……

 泣き続けた。誰もいない家の中で抱えていた気持ちを吐き出すように吐露し、止まらない涙を流し続けた。

 私はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。


「酷い顔……」

 翌朝、鏡に映る自分の顔からどれだけ後悔していたかが伺えた。

 初めて、子供の恋じゃない、本当の恋と言えるものを恭一きょういちくんにした。

 でも、彼との関係を進めたくて、彼の事をちゃんと知りたくて、一度距離を取ろうとした。この時に伝え方を間違えた。

 彼が私と距離を置いていたのは私の告白をの告白だと思っていたから。

 その事に気づいた時には彼は去っていた。


 気を取り直して彼に告げようとした。それなのに。

 その時には、もう遅くて、恭一きょういちくんは菅野すがのさんの告白を受けていた。また、遅かった……


 その日、教室に入ったのは予鈴が鳴る少し前、泣き顔は化粧でうまく誤魔化せたつもりだったのに響子きょうこちゃんにはお見通しだったようで心配された。

 休み時間になって響子きょうこちゃんに教室から連れ出された。

 私は手遅れだった事を告げた。

 その事を話しているとまた涙が溢れてきた。泣き続ける私を保健室まで送ってくれて『しんどいなら今日は帰る?』と聞いてくれた。

 響子きょうこちゃんは教室までカバンを取りに行ってくれて『先生には私から言っとくから、落ちついたら気をつけて帰るのよ』

 そっと私を抱きしめて教室へ帰って行った。

 私も少ししてから保健室を後にした。


 家に帰り、誰もいないリビングでソファーに座り込む。

恭一きょういちくんが菅野すがのさんと付き合ってるのを見るくらいなら、もう、学校も行きたくないなあ……」

 思わず口から溢れた言葉。私の本心だと思う。

 それだけ彼の存在が大きくなっている。

 『失って初めてわかる』事があるのは物語でよく言われている事、それがまさか自分がそう思うなんて思いもしなかった。思いたく無かった。

 また、涙が溢れてきた。泣いて、泣いて、泣き疲れてソファーで眠ってしまった。


 目が覚めたのは21時、昨日からなにも食べてなくて、身体は空腹を訴えてくるけど、心は食べる事を拒む。

 空腹と失った水分を補うために水を飲んだけれど、その途端に吐き出した。

 随分長い間、吐いていた気がするけど途中からはなにも吐き出せない。

 フラフラとした足取りで自室に入り倒れ込むようにベットに突っ伏した。

 誰もいない家で一人後悔の念に苛まれていた。


 深夜に喉の渇きで目を覚ました。

 時間を確認しようとスマホのスリープを解除する。

 響子きょうこちゃんからトークが沢山来てた。

響子きょうこ:大丈夫だよ。かすりくんは菅野すがのさんの告白を嘘の告白と思ってます』

 他には私を気遣うものが沢山届いていた。

「また……嘘の告白……どうして、恭一きょういちくん———」


 恭一きょういちくんのこれまでのことは聞いていた。それでも、彼ばかりが嘘の告白をされている事に憤る。そのせいで私の気持ちは信じてもらえなかったんだろうか?

 それならこの気持ちをもう一度伝えたい。

 でも、最初はキチンと話をする事から始めようと少しだけ前向きになれた。


 体調が悪いということで次の日は学校を休んだ。

 その次の日には学校に行く事ができるくらいに体調は回復した。


 響子きょうこちゃんから菅野すがのさんの告白が嘘の告白と聞いていなければ、恭一きょういちくんと菅野すがのさんが付き合っている事を疑わなかっただろう。

 彼の元に向かった私の前にはそれ以上の光景が広がっていた。


 恭一きょういちくんの側にいたのは菅野すがのさん、新堂しんどうさん、相模原さがみはらさんの3人。

 派手な見た目の彼女達が彼の周りにいることで近寄る事ができない。

 遠巻きに眺めていても仲が良さそうに見える。

 いや、彼女の友達って距離感じゃない。もっと親しい関係に見える。

愛美まなみさん、今度チーズの入ったハンバーグ作ってよ」

「いいよ。愛香あいか花芽莉かがりもいつが良い?」

「私は今日でもいいよ」

「私も〜」

「じゃあ、帰りに買い物して行こうぜ」

「わかった」「お〜〜っ」「了解」

 聞き耳を立ててしまった訳じゃない。と、思う。

 彼らの会話は普通に聞こえる声量だった。

 周りのクラスメートも驚いた視線を向けている。


 なんで、嘘の関係で料理作るの?彼女でもない新堂しんどうさんが?それも初めてじゃない!?

 理解できない。今、あの4人の関係ってどうなってるの!?

 嘘の告白なんだよね!?

 なんでそんなに打ち解けてるの!?

 私が頑張っても全然靡かなかったのに!?

 これがギャルの距離感なの!?


 へたり込みそうな体に力を込めて自分のクラスに戻って机に突っ伏した。

 おでこを机に打ち付けてゴンと大きな音が周りに響いた。

ひびき!?大丈夫!?」

響子きょうこちゃ〜ん」

 心配してくれる響子きょうこちゃんに縋りつく。

 もうすぐ休み時間は終わる。

「後で、聞いてくれる?」

「お昼休みでいい?」

「うん」

 悶々とした気持ちを抱えたまま午前中の授業を受けた。あんまり頭に入ってこなかった。


 昼休みになり響子きょうこちゃんと中庭に向かう。

 途中、恭一きょういちくんのクラスの前を通る。

 つい目で彼を探すとあの3人が彼と机を合わせてお昼ご飯を食べようとしている。

 恭一きょういちくんは今日もコンビニで買ってきたおにぎり。

「ふ〜ん、ずいぶん仲が良さそうだね、あの4人」

 響子きょうこちゃんの呟きにズキンと胸が痛んだ。

「……うん」

 そう返すのがやっとだった。



 中庭についてベンチに腰をかける。

 さっきの光景を思い出して俯いてしまった。

「ほ〜ら、シャンとして、ねっ」

 私の頬を両手ではさみ顔を上げさせられた。

「なにがあったの?」

恭一きょういちくんが新堂しんどうさんにハンバーグ作ってってお願いしてた……」

「それだけ?」

「もう、なんか作ってもらった事があるみたい……」

 言ってて涙が滲んできた。

「私、付き合ってる時に、そんなお願いされなかった……」

「それは———」

 嘘の彼女に頼めなかった。そう言葉を紡ごうとして踏みとどまった。その予想通りならかすりくんと新堂しんどうさんが付き合ってる事になる。でも、告白をしたのは菅野すがのさん。

 どういう状況!?

 響子きょうこの理解できない状況になっていた。

 まさか3人と付き合ってる!?いや、そんな事はない……と、思う。

「もう少しだけ、様子を見ない?ほら、嘘って分かってるんだから……」

「うん……」


 響子は日和った。

 私の想像通りならひびきの恋は叶わない。

 それなら、結論を急がなくてもいいんじゃないか。

 曖昧なままの方が希望を持てるんじゃあないか。

 そんな風に考えた。

 でも『うん……』と言って俯いたひびきを見て選択を誤ったと思った。

 それなのにかける言葉が出てこず私も黙ってしまった。



 暫く経っても恭一きょういちくんの周りには変わらず彼女達がいた。

 最近は彼女達がいることで恭一きょういちくんに嘘の告白を持ちかける人はいなくなったように見える。

 代わりに『かすり 恭一きょういちは美人ギャル3人を侍らすハーレム野郎だ』と男子が言っていた。

 面と向かって言えないその情けない姿を見ていると腹が立った。

 陰口を叩く男子と勇気を持って前に踏み出せない私。両方に腹が立つ……


 こんなの私らしくない。このままはイヤ!

 今日、私は一歩踏み出す。


 お昼休み、恭一きょういちくんの元へ行く。

 4人で昼食を取ろうとしているところに割って入る。

恭一きょういちくん、お昼一緒に食べていいかな?」

 今、私の顔は真っ赤になっていると思う。

 恭一きょういちくんの斜め前に座る相模原さがみはらさんが面白いものを見るようにニヤニヤしている。恭一きょういちくんの隣にいる菅野すがのさんはキョトンとしている。くっ、私から見ても可愛いなこの子。

 ガタッと音がして恭一きょういちくんの正面に座っていた新堂しんどうさんが席を立つ。怖い。

「いいよ、座りなよ」

 新堂しんどうさんは空いている席から椅子を持ってきて私に勧めてきた。

 ホッとして「うん」とだけ答えて席に着いた。

相坂あいさかだっけ〜、私、相模原さがみはら 花芽莉かがり花芽莉かがりでいいよ〜」

「私は菅野すがの 愛香あいか愛香あいかってよんで」

新堂しんどう 愛美まなみ愛美まなみでいい」

「私は相坂あいさか ひびきひびきって呼んで、下さい」

「もっと、楽にしなよ〜」「そうだよ〜」「だな」

 口々に返された言葉が思いの外優しいものでホッとした。

相坂あいさかさん、今日はどうしたの?」

「……一緒に、お昼食べたかったの」

 花芽莉かがりさんのニヤニヤが一層激しくなった。

「ふ〜ん、一緒にいたかったんだあ〜」

 うっ、そこを突いてくるかな〜!!

「いいや、一緒に食べるのでいいよ。じゃあ、いただきます」

「「「いただきます」」」

「……いただきます」

 数日前から恭一きょういちくんのお弁当を愛美まなみさんが用意してる……

 机の上に出されたのは3段のお重。

 あれ、みんなで取り分けてるの?

「もしかして、新堂さんがみんなの分作ってきてるの?」

「そうだよ〜、愛美まなみは料理上手だからねえ〜」

「私も愛美まなみちゃんに教えてもらってるの」

愛美まなみさんの料理うまいよなあ」

「そんなに褒めてもなにもないぞ」

 愛美まなみさん、照れてる?

「まあ、料理は好きだし、好きでやってる事だしな。それに食材のお金はみんなに貰ってるからな別に負担じゃないしな」

「照れる愛美まなみ可愛い、さすが私の嫁!!」

 隣に座っていた花芽莉かがりさんが愛美まなみさんに抱きついた拍子に私の方まで倒れてきた。慌ててそれを支える。

 花芽莉かがりさんはそのまま私の耳元で「恭一きょういちに告白したい?」と囁いた。

 驚いているとウインクをして元の席に戻っていった。

愛美まなみ〜、今日、カレー食べたい」

「カレーかぁ、恭一きょういちんとこルーがないから帰りに買いに行こうか?」

恭一きょういち愛香あいかもそれでいい?」

「うん」「俺もいいよ」

 羨ましいな……私も———

ひびきも来るよね?」

「えっ!?、行っても、いいの?」

「ん、俺はいいよ」

「なら、行く!!」

「お、おう」

「中辛、辛口どっちがいい?」

「俺はどっちでも大丈夫」

「私、中辛〜」「私も〜」「中辛でお願い、します」

「おっけ、中辛ね。そろそろ昼休み終わるから戻ろうか。ひびき、放課後集合ね」

 花芽莉かがりさんが解散を告げる。

「うん!」

 片付けをして、席を元に戻してそれぞれの教室に帰ってゆく。


 一歩前進できた。

 放課後、恭一きょういちくんの家に行くことを考えると二歩ぐらい前進できたかも。

 教室に戻ってから響子きょうこちゃんに報告した。

 多分、私は舞い上がっていた。



 放課後になりみんなで買い物を済ませて恭一きょういちくんの家に向かう。

 付き合っていた時にも行った事が無かった彼の家。

「「「ただいま〜」」」「お邪魔します」

 彼の部屋、あんまり物がない。

 1DKのダイニングキッチンにはローテーブルと座椅子が一つ、クッションが4つ。壁際にソファーがある。

 40インチのテレビとTV台の中にレコーダー。

 キッチンには買い揃えられた冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器の他に調理器具。

 愛美まなみさんと愛香あいかさんがキッチンに向かい、花芽莉かがりさんはソファーに腰を下ろす。

相坂あいさかさん、クッション使って」

「うん」

 恭一きょういちくんの座る座椅子の隣にクッションを持って行って座る。

 付き合っていた時に許されていた距離。

「みんなと、仲良いんだね……」

「3人とも、友達だからね」

 そう言ってキッチンに立つ2人を見ている彼の表情は優しげで慈愛に満ちていた。

「私らがさ、愛香あいかに恋を教えたくて罰ゲームで告白させたんだけど、まさか恭一きょういちにあんな過去があると思ってなくて、謝罪したら『3人と友達になれないかな?』って言われてさあ、それでこうなった」

 ソファーからこっちに四つん這いになってきた花芽莉かがりさんが私たちの会話に加わった。

 花芽莉かがりさんその体勢はダメだよ。立派なお胸が、ほら、恭一きょういちくんも顔を背けたよ〜。

「俺、飲み物とってくる」

 逃げちゃったよ〜。

ひびき、今の恭一きょういちに告白しても受け入れてもらえないよ。アイツの昔の事、田所たどころから聞いてるだろ?私らも聞いてて、恭一きょういちの考えも聞いたんだ」

 田所たどころって、響子きょうこちゃん?

「それで恭一きょういちは『学生の間は告白ごっこに付き合って社会に出てからホントの恋ができたら良いなと思ってる』なんて言ってたから今はその思いを伝えても成就しないと思っといた方がいい。でも、本気ならアピールは続けろよ。誰かに取られないようにな」

 ニシシッと笑い私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「応援、してくれるの?」

「ん?ああ、田所たどころからひびきは本気って聞いてたからな。それに友達だろ?応援ぐらいするさ」

「うん、花芽莉かがりさん、有難う」

花芽莉かがりでいいよ」

「うん、花芽莉かがり、これから宜しく」


「はい、アイスティ」

「お〜」「ありがとう」

「何の話?」

「ん〜、今度みんなでここに泊まろうって話」

「「えっ!?」」

「ん?」

 恭一きょういちくんと一緒に驚いたら、私の顔を見られた。だって、急にお泊まりなんて言われたら……そんなの焦る。

愛美まなみ愛香あいか、今度お泊まりしようぜ〜、ここで!」

「お〜」「いいよ〜」

「はい、決まり!!恭一きょういち、金曜日と土曜日、どっちがいい?」

「俺に拒否権は!?」

「「「な〜い!!」」」

「ないんだ!?」

「まあ、いいけど。来客用の布団一つしかないよ」

「なんなら、一緒に寝る〜」

 花芽莉かがりさんが恭一きょういちくんを揶揄ってる。揶揄ってるんだよねぇ!?

「ばっ、そんなこと言うなよ!?真に受けたらどうする?」

「ん?一緒に寝るよ」

「「えっ」」

 花芽莉かがりさんの表情がニヤニヤしている。

「だって、寝るだけでしょ。そ・れ・と・も・2人はどんな意味にとったのかなぁ〜。言ってみ」

「それは、その〜」

 ごにょごにょと口籠もってしまう。

恭一きょういちは〜?」

「そこまでにしような花芽莉かがりさん、相坂あいさかさん困ってるからね」

「ちぇ〜、話逸らした〜」


 愛美まなみさんと愛香あいかさんも加わってお泊まりの日程を決めていく。今は恭一きょういちくんがお鍋を見ている。


 3人は気さくに私を受け入れてくれる。

 告白をした愛香あいかさんも『告白はしたけど友人として好き。だけど、恋愛対象として彼を見ていないから応援するよ』と言ってくれた。

 愛美まなみさんは『この場所が気に入ってる』って言っていた。

 花芽莉かがりさんは『みんなでこうやって過ごせるのがいいんだ』って言ってた。

「こんな格好してると、結構、色々言われるから人目があると寛げないんだよね〜。ここだと気にしなくて良いし、愛美まなみの料理も食べれるし、良いこと尽くしだな」


 その後は愛美まなみさんお手製のカレーを食べた。

 私が作るものより美味しかった。美人で料理上手、羨ましいなぁ。


 片付けを終え、談笑をしていると愛香あいかさんがそろそろ帰ろうかと言ってきた。

 まだ19時、失礼な感想だけど、意外にもちゃんとしてる。

「じゃあ、恭一きょういち、私ら帰るね」

「またね」「またな」「私も」

「うん、みんな気をつけて」

「あっ、そうだ。恭一きょういちひびきの事も名前で呼んでやりなよ。一人だけ苗字は距離を感じるからさ」

相坂あいさかさんはそれでいいの?」

「うん、名前がいい」

「じゃあひびきさん、また明日」

「うん」きっと私の顔は赤くなってると思う。

「え〜、ひびきだけ〜?」

「うっ、三人も、また明日」

「ま、いっか〜」「うん、明日」「ああ」


 私達は恭一きょういちくんの家を後にしてお喋りをしながら帰路に着いた。

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