魔法少女に君は救えない

如月

第1話

俺は、いつもどおりの教室でいつものように、ぼんやりと朝を過ごしていた。朝の教室は退屈だ。特に友達がいない俺にとっては退屈で仕方ない。

漫画やアニメのように転校生がやってきて……なんてのはフィクションだろう。俺は今日までそう思っていた。

朝のホームルーム。それが俺の運命を変えた。

「さて、転校生をみなさんに紹介します。名ノ町さん、入ってきて。」

先生に言われ入ってきたロングヘアの美少女。大きい瞳がキラキラしていて可愛らしい印象だった。さぞかしモテるだろうな。

「名ノ町リリカです。魔法の国からみんなの願いを叶えるためにやってきました。よろしくお願いします」

教室がざわつく。なんだこの不思議ちゃんは……。痛い奴だなぁ。

「名ノ町さん、えーと、あの席に座ってくれるかな」

「わかりました」

空席……まさか。

「黒田和樹くんだよね?!」

「えっ?!え、あ、うん」

「私、名ノ町リリカ!よろしくね!」

名ノ町は俺の手をぎゅっと握る。ぶんぶんと無理矢理な握手をして、やっと手を離した。柔らかい手だった。

「えっと……なんで俺の名前知ってるの?」

「そりゃあもちろん……魔法少女だからだよ!」

自信満々にそう答える名ノ町。

「じゃああいつの名前、言える?」

俺の親友、桜庭智也を指差して俺は言った。

「さ、さ……えーと……さく……桜庭……」

おっと?詰まっているようだ。どうせ魔法なんて存在しない。そうに決まってる――。

「桜庭智也くんだね?!」

「えぇっ、う、うん、そうだよ、正解」

やはりこいつは超能力者か何かなのか?それとも本当に魔法少女なんだろうか……?

朝のホームルームが終わると、女子たちは名ノ町の席に集まってきた。まったく、隣がうるさくちゃ静かな端っこの席の意味がない。

「ねえ、魔法使えるってどんなの?」

「ほんとに魔法少女なの?」

質問攻めに対して動じない名ノ町。

「じゃあ今ここで使ってみてよ」

「見たい見たい!」

「仕方ないなぁ〜」

名ノ町はまんざらでもなさそうな顔で鞄に手を突っ込み、1本のステッキらしきものを取り出した。大きなハートとティアラが印象的なピンク色のステッキだった。

「ティアラ・プルリラ・トルタール!メロンパンよ、出ろ!」

呪文まで考えてあるのかよ。無駄に設定が細かいんだなあなんて思っていたときだった。ボフンという音のあとに、名ノ町の机の上にメロンパンが1個、現れたのだ。俺は目の前の光景が信じられなかった。魔法は実在するのか……?!長年俺が信じてきた考えはあっさりと崩壊した。

「すごーい!」

「他にどんな魔法が使えるの?」

「うーん、色々かな」

それからは大変だった。家庭科の実習で野菜をいきなり巨大化させたり、体育のドッジボールでは魔法を駆使したバリアを展開したりとやりたい放題だった。家庭科の先生は呆れていたし、俺の班は巨大になった野菜をなんとか捌くので大変だった。体育ではやたらとバリアを張られたおかげで跳ね返ったボールがぶつかりそうになったり散々だった。とにかく、名ノ町は自由人だった。今日は1日、彼女に振り回されっぱなしだった。

「ふう、やっと帰れる……」

特に部活にも入ってない俺は、6限が終わると速攻に片付けをして家に帰る。作りかけのゲームたちが俺を待ってる。誰もいない生徒玄関で突然、声をかけられた。声の主は名ノ町だった。うっかりため息が出そうになった。

「おーい、黒田くん」

「あ……名ノ町」

「もう帰っちゃうの?」

「あぁ。俺、部活入ってないし」

「そっか。私と一緒だね」

もしかして、帰りも一緒に……?!これ以上面倒事を起こされるのは困る。

「よし、黒田くん、ここに乗って!」

名ノ町は箒に跨って手招きする。

「えっ何?」

「いいから、一緒に帰ろう!」

名ノ町の後ろで箒にまたがる。すると、ふわりと箒が空中に浮かんだ。俺はバランスを崩しそうになって、少しひやりとした。けれど、箒は気にせずどんどん上昇していく。

「な、なんだこれ……」

「どう?意外とスリリングで楽しいでしょ?」

「そ、そうだけど、危なくない……?」

「危なくないよ!いぇーい!いっくぞー!」

「う、うわぁぁっ!」

散々名ノ町に振り回された挙句、帰り道まで振り回されるとは。その日、俺は帰宅してすぐにベッドに倒れ込んだ。今日やろうと思っていたゲームもやる気力が湧かない。完全に名ノ町にエネルギーをとられてしまっている。

俺はふと、ベッドの上でぼんやりと考えていた。

名ノ町リリカ。俺はその名前にどこか聞き覚えがあった。けれど、どこで聞いたかまでは思い出せない。一体なんだろう、この胸騒ぎは。分からない。結局、名ノ町については何もわからないままだった。

次の日。俺はまたしても名ノ町に絡まれていた。なぜか知らないが、名ノ町はやたらと俺に絡んでくる。

「おはよう黒田くん!今日の放課後、空いてる?」

「買ったゲームやりたいから空いてない」

「そっか!じゃあゲーム一緒にやろう!」

「な、なんでそうなる……」

「ひとりが良かった?」

「いや、別にまぁ……」

「じゃあ、一緒にやろう!」

あぁ。申し訳ないが鬱陶しくて仕方がない。そんな会話をしていたときだった。一人の生徒が立ち上がり、奇声を上げ始めた。

「あ……あああああぁぁぁぁ!人の心を狂わせる魔女め!お前が、お前がいなければ俺は……ああぁぁぁ!!!!」

そう言い、身体中をかきむしる男子生徒。俺達はただ、傍観するしかなかった。そして男子生徒は、友人の制止も聞かず、教室の窓から飛び降りたのだった。

「……」

「……」

一斉に窓へ駆け寄るクラスメイト。そこには、ただ無残な姿で倒れた男子生徒がいるだけだった。焦る者、先生を呼ぶ者、困惑してただうずくまる者、みなこの状況に混乱しているようだった。俺も一体何が起きたか分からず、ただぽかんと口を開けてしまっていた。

「なにあれ……嘘でしょ……」

いつもは騒がしい名ノ町も、黙り込んでしまっていた。

今思えば、この事件から学校はおかしくなっていったのかもしれない。

帰り道。今日も二人で箒に乗って帰った。

「……ねえ、黒田くん」

「なんだ?」

「あの事件……怖かったね」

「……あ、あぁ」

「あれ、なんで起きたと思う?」

「そんなのわかんないさ。突然気が狂ったのかもしれないし」

「だよね……」

暗い雰囲気になってしまった。ここでうまく気を利かせられればいいのだが、あいにく俺にそんな技能はない。今日は夕日の赤さもどこか不気味に思えた。

それから1週間ほど。特に何もない穏やかな日々が流れていた。クラスのみんなも、あの事件のことを次第に忘れていっていた。

そんなある日のこと。俺はいつものように名ノ町と帰ろうと、玄関で待っていたときのことだった。いつもの時間になっても名ノ町は来ない。おかしいな……。

と、校舎裏から声がしたので行ってみると、名ノ町が数名の不良に絡まれていた。

「なあ、お前、魔法が使えるんだろ?悪いようにはしねえからさぁ」

「い、いやっ」

「なぁ、いいだろ?」

名ノ町の髪を引っ張り詰め寄る不良。

「痛いっ、やめて……」

どうしたらいい?いや、行かなきゃ。俺の身体は頭で考えるより先に動いていた。

「やめなよ」

不良の腕を掴み、名ノ町から引き剥がした。

「あ?お前はなんだよ。今俺はこの魔法少女さんと話してんの」

「名ノ町から離れろ」

「うるせぇなぁ……」

腹に1発。重たい一撃が入る。俺はうずくまり、名ノ町の声が一瞬遠のく。

「黒田くん!」

名ノ町は俺の手を掴み引きずるように走り出した。不良は諦めたのか追ってくることはなかった。二人。学校の校門前で座り込んだ。

「ごめんね、ごめんね……」

「いいんだ、名ノ町が……無事で……よかった」

「なんで助けてくれたの……?私のこと――」

「助けなきゃって思ったんだ。それ以外の理由はないよ」

「そう……」

俺は箒にまたがり、名ノ町の背中に寄りかかった。名ノ町は黙って、家の前まで送っていってくれた。なぜか分からなかったけれど、この時間が少し心地よく思えた。

「黒田くん」

「……ん?」

「着いたよ」

「あぁ。ありがとう。じゃ」

「あ、まって!あの……助けてくれて、ありがとう」

「うん、じゃあね」


じわじわと熱くなる季節。そろそろ夏休みが始まる。

「あちー……」

「あっついねぇ……」

教室にクーラーなんてない。この中受ける授業は地獄だ。

「涼しくする魔法とかないの?」

「ここら一帯が雪原になるけどいい?」

「う、うーん……それはちょっと」

二人で机の上でぐったりしていたとき、智也がやってきた。

「仲良しカップルさん。二人してぐったりしてどうした?」

「か、カップルじゃない!」

俺と名ノ町の声が重なった。

「お二人さん。みんなで今日の放課後夏祭りにいかないか?」

「夏祭り!」

名ノ町の目の色が変わった。智也は俺達の前に夏祭りのビラをひらひらさせる。

「今年は花火大会もやるそうだ。楽しみじゃないか?」

「うん。いく!いく!」

そこへ一人の女子がやってきた。瀬尾さくらだった。クラスの中でもアイドルみたいな存在の女子生徒だった。

「なにそれ、楽しそうじゃん!」

「お、瀬尾も来るか?」

「もちろん!」

「じゃあ4人で行こう!決定な!」

俺はふと、名ノ町の方に目をやると、名ノ町はただ真剣そうな顔でどこかを見つめていた。

その日の授業中、ふと名ノ町の方を見ていた。名ノ町の肩に何か乗っている……?!真っ白な猫が名ノ町の肩に乗っている。ぬいぐるみ?それともお供の妖精ってやつ?いや妖精なんてそもそも存在するのか?

白猫はこちらの視線に気づくと、にこりとした。

「やあ、こんにちは」

なんだこれ?!テレパシー?脳内に直接声が響くような感覚がする。

「私は管理者。この世界を見守る妖精です。あなたはどうやら私が見えるようですね」

「えぇ……まぁはい……」

「予想通りですね。あなたは特別な人間なのかもしれない」

「は、はぁ……」

「どうか、名ノ町リリカのことをよろしく頼みます。このままでは……彼女は破滅に向かってしまう。それをどうか止めてください」

「わ、わかりました……」

授業も終わり、名ノ町に聞いてみた。

「なあ、名ノ町の肩にいるやつ、なんなの?」

「管理者さんだよ。この世界の守り神みたいなものだよ」

「名前はないのか?」

「そうだね、無いね……つけちゃおっか」

「ま、まてまて。そんな存在に勝手に名付けちゃっていいのか?」

管理者は顔をくしくしと足で掻いた。

「私は構いませんよ」

「ほら、管理者さんもそう言ってるから」

「そうだな……」

俺はふと、ゲームのキャラクターの名前を思い出していた。

「ドロシーなんてどうだ?」

「かわいいね!そうしよう!」

「ドロシーですか……いいですね、私も気に入りました」

「ねっ」

名ノ町はぎゅっとドロシーを抱きしめた。

俺達は学校が終わると、一旦家に帰り、それからまた公園で集合することにした。夜に差し掛かる夕方、名ノ町はドロシーを肩に載せて、浴衣を着てやってきた。薄桃色の淡い色の浴衣。浴衣に合わせてたばねた髪。揺れる髪飾り。名ノ町と目が合い、胸がどきりとした。かわいいね、なんて言えたら……。まぁ、言える勇気なんてないが。

「待った?」

「ううん。俺も来たばっかりだし。あとは智也と瀬尾だな」

そう口にしたとき、ちょうど瀬尾と智也が楽しそうにやってきた。

「リリカちゃん!浴衣似合ってるね!かわいいよ」

「そう?さくらちゃんも似合ってるよ」

「すまんすまん、瀬尾の家寄ったら時間かかってさ」

「いや、大丈夫だよ。それじゃ行こうか。」

花火大会まではまだ時間があったので、屋台を見て回ることにした。たこ焼き、綿菓子、金魚すくい、射的……。俺はとりあえずたこ焼きを食べることにした。名ノ町は俺の隣でりんご飴を食べていた。

「なあなあ、和樹」

智也がひそひそ声で囁く。

「お前は告白すんの?今日」

「っ?!ば、バカ、俺は……」

「俺は告白するぞ。お前はどうなんだ?」

「俺は……」

俺は……名ノ町のことが好き、なのか……?さっきから起こるこの気持ち、名ノ町に出会ったときの気持ち、それは恋愛感情だったのか?

「俺は……好きなのかもしれないけど……わからない。ただ、いつも一緒にいるし、二人でいるのも楽しいけれど……」

「バカ。それはもう惚れてんだよ。告っちゃえって」

「……」

「だから、花火大会は2人ずつに分かれて見ないか?花火を見ながら告白。最高のシチュエーションじゃん」

「……そうだな」

名ノ町の方をちらりと見る。彼女は無心でりんご飴を食べていた。名ノ町に告白か。そう考えただけで、俺の心臓がどくんどくんと跳ねる。そして、花火大会の時間は少しずつ迫っている。俺の心臓の鼓動はまだ強く跳ねている。

「ねえ黒田くん。もう少し屋台を見に行かない?」

「あぁ、いいよ」

名ノ町は俺の手を引き、歩き出す。手を繋いでる……また俺の心臓がドキドキとした。俺はこういう体験は初めてだ。まったく女性に対しての耐性がない。顔が熱くなるのを隠したくて、うつむいていた。

「あれいいなぁ……」

「ん?」

名ノ町が指差しているのは白いクマのぬいぐるみだった。射的の景品のようだ。

「私、射的苦手なんだよね……えへへ、取れるかな」

「じゃ、俺もやろう」

店のオヤジにお金を渡し、射的銃を受け取る。そしてコルクを詰めた。

「うーん……」

名ノ町はいった通りなかなか当たらず苦戦している。当たってもかする程度、といったところか。よし、俺もやろう。よく狙って……ここだ。

パァンという音とともに、ぬいぐるみがぼとりと落ちた。

「すごい!」

「数少ない特技なんだ、はい。ぬいぐるみ。」

「くれるの?ありがとう!」

名ノ町は満面の笑みを浮かべた。スマホを見ると、そろそろ花火大会が始まる時間だ。

「そろそろ花火始まるよ。いこっか」

「うん!」

花火大会の会場は多くの人でごった返していた。手を繋いでいないとはぐれそうなくらいだ。

「名ノ町。」

「なぁに?」

「俺の腕掴んでて。はぐれちゃうから」

「あ、うん……」

なんとか人混みを押しのけて、花火がよく見える場所を探す。

「うーん、人が多いな……」

「そうだ!黒田くん、ちょっときて!」

連れられたのは人気のない路地裏だった。涼しい風が吹いている。

「魔法を使うには、こういう場所じゃないとね。ティアラ・プルリラ・フライハーイ!」

名ノ町はいつも使う箒を呼び寄せた。

「さぁ、乗って!」

箒はふわりと浮かび上がった。

「空中から見る花火も悪くないでしょ?」

「ああ……綺麗だな」

花火が次々と打ち上がる。花火はどこか儚くて、美しい。俺も名ノ町も、花火に見惚れていた。

「名ノ町。少しだけ、変なことを言ってもいいか?」

「変なこと?いいよ」

「名ノ町。俺は……俺は……君のことが――」

巨大な花火が空を大きく照らした。

「君のことが……好きだ」

「黒田、くん……」

つっかえながら、言葉を紡ぐ名ノ町。いや、リリカ。

「私も……だよ」

リリカは俺の手をぎゅっと握った。俺はただただ幸せを、噛み締めていた。


それから1週間ほど経って、終業式の日が来た。ホームルームの時間、先生は深刻そうな表情でやってきた。

「えー、今朝のニュース見たやつはいるか?」

数名の生徒が手を上げる。

「星美市出水区で通り魔事件があった。隣の区だから気をつけるように」

「通り魔事件……」

名ノ町がもし、通り魔にあったら?真っ先に嫌な想像をしてしまった。たとえ魔法少女とはいえ、刺されれば助からないだろう。俺がしっかり守らないと。

「リリカ、しばらくは一緒に帰ろう」

「分かってるよ。怖いもんね」

「それなら私も安心です。どうかリリカをお願いしますね」

帰り道はドロシー、俺、リリカの2人と1匹で帰ることにした。

「なあドロシー。お前は一体なんなんだ?どういう存在で、なんのためにこの世界にいるんだ?」

「そうですね……私はただの管理者ですから。見守るのがお仕事ですよ」

「へぇ……てことはもし何かあったら、何かしてくれるってことか?」

「そうですね。私が動かなければいけないのは最悪の事態だけですがね」

「それは私も初めて聞いたなぁ……」

リリカの頭に乗るドロシー。

「まぁ人間界も魔法界も、変わらず面白いものですね」

「魔法界?」

魔法の世界があるのだろうか。

「リリカがいた世界ですよ。リリカは魔法界の――」

「しーっ!ドロシー、それ以上はだめ!」

だめ?リリカにも明かしたくない過去でもあるのだろうか。俺にもあるから深くは聞けないな。

「でも気になるな。リリカは魔法界ってところにいたのか?」

「うん。この世界の裏側にある世界。私はそこから逃げてきたの。これ以上は内緒」

「そっか……」

気になるが、仕方ない。俺は別の話題を振って、なかよく話しながら帰ることにした。

「よぉ、ラブラブカップルさんよぉ」

「あ、智也」

智也はあの日振られたらしい。けれど特に教室では悩まず明るく過ごしていた。

「聞いてくれよ〜俺、夏休み補習だってよ。」

「お前はテスト勉強しないからそうなるんだよ。自業自得だ」

「まったく厳しいなぁ和樹くんは。なぁリリカちゃん」

「そうだね。もっと優しくしてあげなよ〜」

「てことでさぁ、勉強会するんだよ。明日なんだけど来ない?」

「行く!」

リリカは真っ先に答えた。仕方ない。俺も行くか。

「じゃあ俺も」

「あと、瀬尾も誘っていいか?」

「もちろん」

智也は瀬尾のことがどうやら諦めきれないようだった。まぁ夏休み、リリカは宿題とかギリギリに終わらせそうなタイプだし、智也に勉強を教えられそうだしちょうどいい。次の日、俺達は智也の家で勉強会をした。学校と違い、涼しい部屋の中で勉強できるのはなかなか快適だ。

俺は淡々と宿題のワークを解いていた。智也は冷えた麦茶を入れてもってきてくれた。

「さぁーてやるか。まずここが分からないんだよ」

「ここはね、ここを……」

リリカは驚くような速さで宿題を仕上げながら勉強まで教えている。……俺を超えられた。リリカがそんな超人だったとは。いつも授業中にドロシーを撫で回していたから、勉強を疎かにしてるのかと思っていた。

「ねえねえ、みんな怖い話しない?」

「怖い話?」

「今星美市で流行ってる怖い話。知らない?」

「知らないなあ」

「白猫を連れた派手な姿の女の子が、夜にフラフラ歩いてるんだって。その女の子に捕まったら最後、目を見ただけで狂っちゃうらしいの。最近の通り魔事件はそのせいだって。」

「……っ」

白猫を連れた少女?まるでリリカのことみたいじゃないか。でもリリカは……リリカがそんな……。

「もー!みんな、怖がりすぎ!そんな真剣に聞かなくていいから!」

瀬尾は笑ってそう言った。そうだよな。ただの都市伝説だよな。リリカが……なわけないよな。

けれど、どうしても忘れられなかった俺は、リリカについて、噂について調べることにした。

ある日の夜、自分の部屋にドロシーを呼んだ。

「なぁドロシー。好きな食べ物はあるか」

「好きな食べ物?そうですね……フライドポテトでしょうか」

「わかった。フライドポテトだな。じゃあそれと引き換えに、リリカについて教えてくれ」

「随分安い代価ですねえ……」

「そうか?なら何を望む?」

「いいえ。フライドポテトで構いませんよ」

ドロシーは自分の手をペロペロと舐めた。それから顔をくしくしと掻いた。

「リリカについて、何が知りたいんです?」

「リリカは、本当に異世界人なのか?」

「ええ。彼女はメルヘンチョコランドの王女で、将来は女王となる身だったんですよ」

「ええっ?!」

普段ぽやっとしているリリカが?信じられない。

「けれど彼女は、女王になるのが嫌で、この世界に逃げてきたのですよ。そしてあなたたちと出会った。」

「なぁ、例の噂はリリカのことなのか?リリカが通り魔事件の元凶なのか?」

「いいえ。彼女は殺人犯ではありません。ご安心を」

「よかった……」

「聞きたかったのは以上ですか?」

「あ、あぁ。すまないな。本来はリリカに付き従うのが仕事なんだろ?」

「まぁそうですけど。今回は特別です。お礼のポテト、楽しみにしてますからね」

そういうとドロシーは窓から出ていった。

自己紹介で言っていた魔法の国からやってきた魔法少女……というのは本当だったんだ。ずっと嘘だと思っていた。そして、女王になる運命から逃れてきた……。信じがたい話だ。けれど、彼女が殺人犯でなくて良かった。俺はその日、やっと安心して眠ることができた。

次の日。俺を起こしたのはスマホの鳴る音だった。アラームなんて設定してないのに……?そう思い、画面を見ると、名ノ町リリカの名が。

「もしもし」

「ねえ、聞いて!智也くんが……智也くんが……!」

「智也がどうしたんだ?」

「通り魔に……襲われたって……」

「嘘だろ?!」

「一命は取り留めて、今、入院中だって……」

「そんな……」

まさか通り魔事件の被害者になるとは。俺はリリカに連絡し直し、急いで家を飛び出し病院へ向かった。自転車に乗り全力疾走で向かう。

「はぁ……ついた」

看護師さんに病室を聞き、勢い良く扉を開ける。荒い息をなんとか整える。

「はぁ……はぁ……智也」

「和樹……来てくれてありがとうな」

「智也!大丈夫なのか?」

「幸い傷は浅いみたいだし、すぐ退院できるって」

「通り魔は捕まったのか?」

「あぁ。すぐに捕まったらしい。けれど、どうやら最近そんな事件を起こす輩が増えてるって警察の人が言ってた」

「そうなのか……とりあえずお前が無事で良かったよ」

「あぁ、来てくれてありがとうな」

リリカにも後で連絡しておこう。俺はしばらく智也と話してから病院を後にした。

ちょうど病院を出たとき、リリカがやってきた。

「あ、リリカ」

「智也くん、無事だったんだね」

「あぁよかったよ……」

2人で歩いて帰ることにした。セミがうるさく鳴いている。身体がとろけそうなほど暑い日だった。

【奴】が現れたのは。

人気のない路地裏。いつも使う近道。道の真ん中に男が立っている。持っているのは……刃物?!

「……」

「危ない!リリカ!!」

腹が熱くなる。ぬるりとした感触。手のひらにはべっとりとした血。男はもう一度刺そうとナイフを振り上げる。俺はリリカを突き飛ばし、手を大きく広げ、庇うようにした。ナイフは、俺の胸に刺さった。男は満足したのか、足を引きずるようにして去っていった。

「ぐ……あ……」

「黒田くんっ……!嫌だ!死なないで!」

リリカは俺の傷口に手をかざし、撫でるようにしている。治癒魔法……だろうか。

「だめ、お願い……死なないでっ……!」

1発目に食らった腹の傷は治りつつあるものの、胸に刺さった大きな傷は塞がらなかった。

「いいよ、リリカ守れたなら……それで」

「嫌、嫌なのっ……お願い……」

俺は、意識を失った。




「……夢オチ?」

俺は朝、カーテンの隙間から漏れる光で目を覚した。随分物騒な夢を見ていたなぁとぼんやり思っていた。俺を抱えていた女の子は一体……?俺はふと、スマホの画面を見る。やばい!遅刻だ!

慌てて着替えを済ませて、家を飛び出す。あそこの角を曲がれば近道だ!そのときだった。ゴチン!角から飛び出してきた女子とぶつかってしまった。

「いてて……」

「いったぁ……」

髪の長い女の子だった。制服からしてうちの学校だろうが、見ない顔だった。

「ご、ごめんなさいっ!前見てなくて……」

「こちらこそ……すみません」

「すみません、急いでるのでこれで!」

「あ、あぁ」

俺達は学校に向かって走り出した。

俺はギリギリ教室に飛び込んだ。その様子を親友の智也が笑った。

「お前また遅刻かぁ?深夜までゲームしてるからだぞ」

「だって昨日は深夜アニメが……」

そう言っていると先生が入ってきた。

「はい、ホームルーム始めますよー。席についてー」

俺達は慌てて席についた。

「さぁ今日は特別なお知らせがあります。名ノ町さん、入ってきて。」

髪の長い女子生徒が入ってくる。あれ……この髪の長さ、大きな瞳……もしかして。

「はい。転校してきました名ノ町リリカです。魔法でみんなを幸せにするためにやってきました」

間違いない。今朝ぶつかった女子生徒だ。転校生だったのか。

「じゃあ名ノ町さんは……あの空席に座って」

そう言われて転校生は俺の隣の席に座った。

「黒田和樹くん!」

「えっ、あっうん、えっと……」

「これからよろしくね!」

突然抱きつく転校。どういう子なんだ……?!まだ初対面だよな?!俺は困惑してただ手足をバタバタさせていた。

「良かった……黒田くんがいてくれて」

「ど、どういうこと……?」

この一件を智也に見られており、俺はその後智也から散々いじられるのであった。

「さて、例の通り魔事件だが、最近増えているらしい。気をつけるように。以上」

名ノ町は小さな声で話しかけてきた。

「通り魔事件?最近増えてるの?」

「あ、あぁ。噂によると幽魔病だって言われてる」

「幽魔病?」

名ノ町は首を傾げる。

「この町に伝わる古い伝説だよ。この病にかかると周りが化物にみえて発狂してしまうらしい」

「じゃあ通り魔事件の犯人も……?」

「まぁ、そういう噂ってだけだから。」

「そうなんだ……」

どこか意味深そうな名ノ町の表情が、俺は忘れられなかった。

「ところでさ」

「ん?」

「魔法がどうとか言ってたけど、君――」

「ホントだよ!ほんとに使えるの!見てて!ティアラ・プリララ・ララループ!メロンパンよ、出ろ!」

机の上にぽんと現れるメロンパン。名ノ町はドヤ顔でこちらを見ている。

「へ、へぇ……ほんとなんだ」

「そうよ?なんでもできるんだから」

俺はその日の放課後、いつものように帰る支度をし玄関に向かっていた。すると後ろから声をかけられた。

「やっほぉ、黒田くん。もう帰るの?」

「あぁ、そうだけど」

「一緒に帰ろ!」

そういうと彼女は箒を取り出した。

「なんだか……懐かしいな」

「え?黒田くん何か言った?」

「いや、何も」

ふわりと浮かぶ箒。ほおを撫でて行く風が心地良い。

「ねえ、黒田くん」

「なんだ?」

「私のこと、覚えてない?」

「ごめん、知らないや……でも、懐かしい響きがする」

「そっか」

沈黙が訪れる。少し気まずい。俺は気まずさから解放されたくて、別の話題を出した。

「近々できるショッピングモール知ってるか?」

「知らない」

「一緒に行かないか?俺は君のこと覚えていないけど、一緒に過ごしたらなにか思い出すかもしれない」

「いいよ!一緒にいこ!」

俺は生まれて初めて女子をデートに誘った……。

約束の日。待ち合わせ場所に時間通りに名ノ町は現れた。長い髪を三つ編みにして、可愛らしい印象がある。

「待った?」

「いや、俺も今ついたところ」

2人で電車に乗る。名ノ町の箒を使えばすぐ行けるのかもしれないが、魔法の国から来たという言葉が本当なら、この世界の体験をさせてあげたかった。電車に揺られて20分ほどして、隣町に到着した。そして駅前には大きなショッピングモールが立っていた。今回の目的地はここだ。

「ついたー!」

子供のように喜ぶ名ノ町。それから1日。俺は名ノ町に振り回されながら、ショッピングモールを楽しんだ。帰り道のことだった。

「はぁ楽しかった!誘ってくれてありがとう、黒田くん」

「いえいえ。俺も楽しかったよ」

その時だった。頭の端がずきりと痛んだ。

「痛っ」

「……どうしたの?」

「ちょっと頭が痛くなっただけだ。大丈夫。」

「帰りはさ、箒に乗って帰らない?」

「いいね」

2人で箒に乗って帰る。夕日が彼女の顔を照らしている。

次の日。朝から頭痛がして憂鬱な日だった。頭痛がひどく、授業にも集中できない。

「……くん?黒田くん?」

「あ、ごめん、気が付かなくて」

「ううん、いいんだよ。それより、頭痛がひどいなら早退したらどうかな?」

「早退……か。そうさせてもらおうかな」

俺は先生に早退する旨を伝え、帰ることにした。徒歩で帰るのは久々だ。最近はずっとリリカの箒に乗ってたからな。家に帰り、ベッドに倒れ込む。頭がまたずきりと痛んだ。包丁……包丁……。

「え」

今、俺は何を考えていた?なんで刃物なんか探そうとしていたんだ?自分の頭はどうなっているんだ?けれど、手が止まらない。手が震えて、刃物を求めている。台所から包丁を手にして、俺は向かう。そのとき、ちょうどチャイムが鳴った。

「黒田くん、体調はどう?」

まずい。抑えないと。

「黒田くーん」

「あぁ、少し良くなったよ。御見舞ありがとう」

俺はリリカの腹に包丁を突き刺した。ピンク色の液体が溢れ出る。何度も、何度も突き立てた。

「っ……黒田くん……どうして……っ」

「俺も分からないんだよ!!」

「ティアラ・プリ……ララ・ララループ……!」

眩しい光が俺の視界を奪う。そして、俺は意識を失った。





「どうして……どうして……」

私は、狭間の世界でただ泣いていた。そこへ、管理者はやってきた。猫の姿ではなく、一人の白い髪の女性の姿をしていた。

「これが、あなたの罪ですよ。名ノ町リリカ。いえ、リリカ・アルトナート。あなたは大罪を犯した。それをやっと分かってくれましたか?」

「違う……!黒田くんの運命は変えられる。絶対に!さっきの世界線だって、私は殺されたけれど黒田くんは……」

「……彼は自責の念から、包丁を突き立てて自殺してますが?」

「そんな……!」

「そもそも、1国の王女であるあなたがなぜそこまでするんです?たった一人のなんでもないただの男のために。」

「じゃあ教えてあげるわよ。私が逃げ出した日のこと……」



私は嫌だった。女王になんてなりたくなかった。だからずっと、世界を行き来する魔法を探していたの。私達の住む魔法界、異世界と呼ばれる現代世界、そして様々な世界線が存在する狭間の世界。それを行き来する魔法をついに習得した。そして私は逃げ出したの。初めは驚いたわ。本当に存在した異世界に。そして、私はなぜかあの街の転校生になっていた。不思議な言動でクラスで浮いていた私に……声をかけてくれたのが、黒田和樹くんだった。

「俺、黒田和樹。よろしく。」

「私名ノ町リリカ!よ、よろしくね!」

それから私達は仲良くなっていった。そして、私は彼のことが好きになってしまった。知っていた。恋なんてしたことがなかったから、初めはこの感情が何なのか分からなかった。そんなとき、彼と彼の友人、智也くんに誘われて花火大会に行ったの。

「俺、名ノ町のことが好きだ。無理なお願いなのはわかってる。付き合ってほしい」

「……ありがとう」

その日の帰り道だった。黒田くんと私は通り魔に遭遇してしまったの。黒田くんは刺されそうになった私を庇って、致命傷を負ってしまった。けど、私の魔法じゃ黒田くんの傷は癒せなかった。そして息絶えそうな黒田くんを、どうしてあげることもできなかった。だから……時を巻き戻したの。

それから何度も繰り返した。そのたびに黒田くんと出会って、恋をして、そして、殺されていくの。どうしても、何もしても黒田くんを救えない。何度やり直しても、黒田くんは通り魔に殺されてしまう。通り魔を先回りして倒しても、また別の場所で私を庇って刺されてしまう。


「ね。私にとっては大切な人なの。黒田くんを死の運命から救えるなら何度繰り返してもいい。なんだってやってやる」

「……」

管理者は黙って話を聞いていた。が、ぽつりと言葉を洩らした。

「あなた、本当に分かっていますか?時を巻き戻すということがどんな大罪であるか」

「それは……」

「時を巻き戻すたびに人々の魂はすり減り、狂い始めている。それでもあなたは彼を救いたいと?」

「けれど……」

「私は管理者としてあなたを裁かなければいけません。

リリカ。あなたは贖罪の覚悟がありますか?」

「……あるわ」

「では次が最後のチャンスです。わかりましたね?」

「わかったわ」



「なぁ、リリカ?リリカ?」

「あ、ごめん、ぼーっとしてた」

ここは、……カフェか。そうか、黒田くんとカフェに来てたんだった。

「で、話って?」

「私、消えちゃうかもしれないの」

「どういうことだ?」

「私ね、ずっとずっと先の未来から来たの。何度も何度も黒田くんと出会って、恋をして。そして、黒田くんが死ぬところを見てきたの……」

「る、ループってやつか?」

「そう。でもね、もう限界なんだ。ループを起こすことはこの世界の秩序を乱す大罪。私は罪を償わなくちゃいけない」

私は残り少ないアイスティーをすすった。

「私、この世界から消えなくちゃいけないの……。けどね、あはは……怖くってね、仕方ないの」

黒田くんは席を立ち、私を抱きしめた。

「じゃあ、俺も消えるよ」

「そんな!」

「一緒に消えよう。だって俺、死ぬ運命なんだろ?それで、ずっと一緒にいよう」

涙が一雫こぼれた。

「じゃあ、ドロシー、よぶよ?」

「ああ」

私達は場所を変え、学校の校舎裏にむかった。

「ドロシー。私達、一緒にお願い」

「わかったわ」

手を見ると、透けていっている。あぁ、もう消えるんだ。ずっと、ずっと一緒だからね。約束だよ。黒田くん。

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魔法少女に君は救えない 如月 @kisaragi_melon02

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