第12話 冷蔵庫

 私は冷蔵庫恐怖症になった。

 夫にその話をすると、ぽっちゃり体型の私をみて「同類嫌悪じゃないか?」などと失礼なことをいうだけで、とり合ってもらえない。

 冷蔵庫というのは、人が食べ物を保存するために造られている。細菌が繁殖しないように低温にする冷蔵部分と、凍らせてその鮮度を維持する冷凍部分と。

 それに最近では、葉物野菜を保管するチルド室、氷をよくつかう人のための製氷室など、色々な機能を備える。

 それが怖い……なんて、他の人には不思議かもしれない。でも先端恐怖症や、閉所恐怖症など、他人から理解されないはずだ。私は冷蔵庫が怖い……。


 先端恐怖症なら、一例だけれど、注射針とその痛みが重なって……ということもあるだろう。閉所恐怖症なら、幼いころに閉じ込められた体験とか、そういうことが原因として考えられた。

 私は何だろう……? ずっと、不妊治療で苦しんできた。夫は優しく、それに付き合ってくれたけれど、結局子供はできなかった。そのとき、薬を冷蔵庫に保管していた。あの苦しみ、つらさ、その諸々が冷蔵庫と重なって……ということはあるかもしれない。

 三年前には不妊治療を止めてしまった。あまりの大変さと、金銭的な面から諦めたのだ。

 三年も経って、冷蔵庫恐怖症になるのだろうか……?

 とにかく冷蔵庫が開けられない。だから食料品を買ってきても、冷蔵庫に入れられない。お弁当、お惣菜、それに冷蔵庫に入れずに済むものしか、選べなくなるなど、生活に支障もきたしていた。


 精神科にも通院してみた。でも、冷蔵庫恐怖症なんて症状は、前例がないと言われて、ろくな治療もうけられなかった。とりあえず、精神を落ち着かせる薬だけを処方された。

 私は困って、知り合いの男性に相談することにした。

「一年ぶりに連絡をくれたね」

「ごめんなさい。色々とあって……」

「お誘いかと思ったのに……」

 そう、私は彼と不倫をした。それは不妊治療のつらさからは解放されたけれど、夫とはそのときの思い出……記憶もあって、何となくそうした行為からは遠ざかろうという気持ちが、二人とも働いた。寂しさを紛らわすために、昔の彼氏に頼った……。

 でも彼の顔をみたとき、私の脳裏には色々なことがフラッシュバックしてきた。そうか、私が冷蔵庫恐怖症になったのは……。


 私は茫然と、その様子をみている。家に入ってきた警察官が、冷蔵庫を開け、そこから血がまとわりついたまま塊、どす黒くなった人型のものを運びだすのを……。

 不妊治療を止めたとき、私はすぐに元彼との不倫に走った。すると驚いたことに、すぐに妊娠したのだ。でも、そんなことを夫には言えない。夫とは関係していないので、これを夫との子、というわけにもいかない。

 幸い、私はぽっちゃりした体型で、妊娠が目立たなかった。病院にも通えず、私は家で昼間、夫がいないときに出産した。

「おぎゃー、おぎゃー」と元気に泣く子を、ビニールでぐるぐる巻きにして、それを冷凍庫に入れた。腐ることはないだろうし、いつか時期をみて処分しよう……と思っていた。

 でも、私は嫌なことを記憶から排除し、また過ちを繰り返す。でも意識から消したといっても、片隅には残っていて、やがてそれがストレスとなり、冷蔵庫恐怖症につながっていったのだ。


 でも、警官がはこびだす遺体に、違和感をもった。私は三度、出産した。最初は不妊治療の影響がのこっていたのか? 三つ子だった。だから遺体は五つ……のはず。でも、三体しかなかったのだ。

 夫は、警官に連行される私に「いつまでも待っているから」と優しく声をかけてくれる。でもその顔をみて、ふと気づくこともあった。

 私が冷蔵庫恐怖症を訴えたとき、いつも家事をしない、冷蔵庫すら明けたことがなかった夫が、中を確認していたことを……。そしてそのとき「おかしなことは、何もないよ……と言っていた。冷凍庫には、すでに五体分の胎児が収められ、ぱんぱんだったはずなのに……。

 冷蔵庫は、人間が食べるものを保存しておくもの。夫は一体、私をどこに保存しておくつもりかしら……?








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