第11話 顔
河原を散歩しているとき、若い男に因縁をつけられた。私が高齢者だと思って、ちょっとカツアゲしてやろう……というところか?
私は面倒だったので、落ちていた石をつかんで、無言のまま顔面を殴りつけた。相手が怯んだところをさらに殴りつけて、気を失ったところで馬乗りになり、顔面をぼろぼろにした。
でも、殺すことはない。眼球をつぶし、鼻をつぶし、耳をつぶし、口の中にある歯と、舌も壊したけれど、血を流し過ぎなければ、人間は死なない。痛みでショック死することもあるが、気絶しているのなら、その心配もない。
顔面も少しずつ砕いていく。一気に骨を折ると、そこを修復するために鬱血するけれど、そうしないためにコツコツと岩を当てて、形を整えるように……、逆に形を壊していった。
逮捕された……。
でも、殺人はしていないので、懲役刑で済んだ。前科があり、執行猶予はつかなかったけれど、数年を刑務所で過ごせば、すぐだ。
でも、そうはならなかった。私は囚人の一人を、首を絞めて気絶させ、顔面を少しずつ砕く……という事件を起こしたからだ。
そう、それはあのときの事件と同じ。目、鼻、口、耳をつぶし、骨を少しずつ壊して、削っていく。顔の形を変えようとしたものだ。私は、その魅力にとりつかれてしまったのだ。
刑務作業の時、機械の端の金属を折って、隠し持っていた。それをつかって、コツコツと頭蓋骨を砕いていく。
生憎と、途中で見回りの刑務官にみつかり、完全に目的を達することはできなかった。でも、私は確信した。これをしたくて、したくてたまらないのだ、と……。
私は死刑にならない。この国では人を二人以上殺さないと、死刑にはならないからだ。そして、私は相手を殺してはいない。服役中の犯罪であるため、少し刑期が伸びただけ。
そして、私は独房に入れられることはない。ふだんは模範囚として、従順に刑期をつとめている。でもある日、我慢ができなくなる。隣にいる人間の顔を、壊したくて壊したくて仕方なくなる。
そのために骨より硬いものを準備し、寝静まった後で、隣にいる人物の首を絞めて気絶させ、痛みで飛び上がらないよう少しずつ、確実に骨を削っていく……。
あるときから、私はこう呼ばれるようになった。闇の整形外科医、と……。好んで顔をつぶし、その形を変えようとする。死刑にすることもできず、無期懲役まで罪が拡大したけれど、こうして他人と隣り合っていられるのは、私にとって幸運でもあって、今や刑務所にいるのが天国でもあった。
そう、でも他の人間にとっては地獄。私と一緒の房に入った者は、怯えて睡眠不足となり、精神を病んでいく……。
そんなある日、新しく同じ房になった男から、親し気に声をかけられた。整形手術をしているらしい美しい顔立ちは、どこか作りもの感もあって、私にとっては不細工にみえた。
次のターゲットはこの男……。そう考えたけれど、そうはならなかった。
後で聞いたところによると、その男は最初に私が顔をつぶした男だった。彼は顔を修復するため、詐欺に手を染め、その金で実際に整形を果たしたのだそうだ。だからみても、気づかなかった。
そして同じ房になったことで、復讐心が湧いたのだそうだ。最初だったので、潰し方が甘く、整形手術で復活できたことが、計算違いだった。
私は病院にいる。馬乗りになったその男は、顔面をぼこぼこにした。因果応報、私は顔をつぶされた。
ただ、それこそふつうの人間には、人を殺すことなど難しい。まして、殴り殺すのは簡単ではない。自分も痛いからだ。
私は生きている。そして顔をつぶす。なぜなら、私にはもう人に合わせる顔がないからだ。
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