第10話 通りゃんせ
私は年をとり、リタイアしたけれど、まだ働きたいと思った。そこで、交通誘導員のアルバイトを始めた。
ふつう、道路工事などをするとき、臨時で交通誘導員が立つことが多いけれど、そこは交通誘導員が常駐する。パッと見、危ない場所なんてないし、舗装もされていない石畳の歩道であって、何の変哲もない場所だ。
なのに、交通誘導員が必要だという。
私のように高齢者にとっては、おいしいアルバイト。信号があるような場所で、その代わりをしなければいけないときは、タイミングなど色々と気を使うことも多いけれど、ここではそんなこともない。
人がやってくると、にこやかに笑って、お通り下さいと手をふるだけでいい。
中には笑顔で会釈してくれる人もいるけれど、怪訝そうな顔をして、通り過ぎる人の方が多い。
自分だって、もし通りかかったときに道端に交通誘導員が立っていたら、不自然に思う。だから、怒られないだけマシ、と思っていた。誰がこんなところに交通誘導員が必要、と発注をかけるのか知らないけれど、こちらとしてはこれも仕事だ。
でもその日、不思議な人が通りかかった。
ちょっと年配だけれど、小さな女の子を連れた女性だ。孫……? 否、最近では高齢出産をする夫婦も多い。余計なことを考えることは止めた。
でも、その女性が話しかけてきた。
「すいません。この先には何がありますか?」
「この先にあるのは、神社だけですよ」
そう、ここは神社に通じる参道だ。最初は、神社が交通誘導員を雇った? とも考えたけれど、どうやら違う。何しろ、その神社は無人だし、お社もぼろぼろで、とても儲けを考えて建てられているとは思えない。わざわざ、交通誘導員を置いて、参拝者の安全に配慮する必要もなかった。
「先にすすんでもよいですか?」
「別に構いませんが、どこの何という神社かも分かりませんよ。お賽銭箱もない、壊れた社があるだけです
「それでよいのです。この子の祝いに、神社を訪れたいと思って」
「それならどうぞ……」
私はいつもの通り、ニコやかな笑みを浮かべて、手をふって安全に通れることを示す。女性は軽く会釈をし、子供の手をひいて歩いていく。
ただ、私は少し気になっていた。これまでも、こうして通り過ぎる人はいるのだけれど、帰ってくる人をみたことない。
私は、参道がどこか別の場所につながっていて、出口はそちらにあるのだと思っていた。私は途中まで行って、もどってきてしまったため、その出口についてはよく知らないだけだ……と。
「帰りは、こちらに戻って来られますか?」
不意に、通り過ぎる親子にそう声をかけた。女性はふり返って「この道は一本道ですよ。もどってくることはありません」
そういって、歩いて行ってしまった。
結局、あの親子は帰ってこなかった。それからも、私はそこに立ち続けたけれど、もどってくる人は皆無だった。
私はその先にすすんでみることにした。ナゾを解き明かしたい、という単純な気持ちからだ。夕方まで、契約された時間までそこに立ち、終わるとその参道を歩いて、その先に向かった。
森の中をすすんでいくと、ボロボロになったお社がみえる。それ以外の建物は見えない。前回はここで引き返した。さらに先へすすむ。
私はカン違いしていた。そこは帰り道がないのだ。お参りをする道、参道なのだから、参ることしかできない。前にすすむことしかできないのだ。
私は交通誘導をしているつもりだったが、そうではなかった。一方通行を示すだけだったのだ。
慌ててもどろうとしたけれど、後の祭りだった。二度とあそこにはもどれない、帰りはコワい。だから高齢でリタイアした人があそこで交通誘導員をするのか……と、私は寿命が尽きていた。
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