第9話 キャリア女子
私はあの女子更衣室が苦手だった。子供が小学校に通うようになり、私もパートにでることにした。
子供ができるまで、キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしていたつもりだったけれど、産休をとる、というともどる場所はない、と言われた。産休はみとめられたものの、その期間が終わったら雇用契約は終わり……という。
こうしてキャリアが分断されるのね……。そう考えながら、色々と職をさがしたけれど、子育てをしながら働くには、時間が限られるパートしかなかったのだ。
仕事は簡単だった。でも、一緒に仕事をするのは女性ばかりで、しかも私のように子育ての期間、ここで働くようになって、そのまま居座っているような面子で、ベテラン風を吹かせてくる。
私のことも根ほり、葉ほり聞いてくる。そんな親しくないし、何よりそんなに永く働くつもりもない。一緒に働く仲間……となる気はなかった。
「みんなでお茶にするんだけど、あなたも来ない?」
「ごめんなさい。子供のお迎えがあるので……」
そういって、そそくさと更衣室を後にする。私が真っ先に帰ろうとしているのが、分からないのかしら?
そういう察しの悪さ、も私をイライラさせた。
仕事をしているときは、おしゃべりする余裕もないのが有難い。
ただ、仕事を終えると急いで女子更衣室にとびこんで、すぐに着替えて、その職場をとびだす。そのうち、同僚たちが更衣室にくる前に、その更衣室を後にすることができるようになっていた。
当然、付き合いの悪い私は陰口をたたかれているだろうし、見る目も変わっていることは分かっていた。
ただそのうち、嫌がらせのようなことが始まった。私が女子更衣室にきて、着替えようとすると、ロッカーのカギが壊されていた。会社に相談するも、「後で直す。すぐは直せない」と言われた。そうなると、一番遅く更衣室をでて、一番早くもどってくるしかない。
仕事中でも、誰かがトイレに立つと、それを憶えておいて、仕事が終わったときにすぐに更衣室で、何も盗まれていないか? 確認するようになった。
財布ももっていけない。帰りにちょっと買い物を……ということもできなくなった。
でも、この程度で済んでいるうちは、まだマシだった。そのうちロッカーに、死んだネズミやゴキブリが放り込まれていたり、糞便のような匂いのする紙が入れられていたり……。
出ていけ……ということだな。私もそう理解した。
そこで会社に申し出ると、意外な言葉が返ってきた。
「あなたが周りとの和をみだすから……」
どうやら、私が悪いらしい。確かに、関係を築こうとしなかったのは私が悪いのかもしれない。でも、そんなことは自由ではないか。長く働く気がないのだし、女性同士の下世話な話が、私は苦手なのだ。芸能人の話とか、韓国ドラマの話なんて、正直どうでもいい。誰かが不倫をしているとか、あそこが安売り……なんて、SNSだって調べられるでしょ? あなたたちから聞く話なんて、何もない。
「私が『和をみだした』ですか……。確かに、最初はそうだったかもしれませんが、私がされたのはイジメです。犯罪ですよ。それを容認するのですか? やっぱり、会社がそんな態度だから、社員も悪い人ばかりが集まるのですね」
捨て台詞をのこして、私は事務所を後にする。女子更衣室の前にいくと、同僚が集まっていた。
「残念だわ。あなたとは、仲良くやっていけると思っていたのに」
「嫌がらせをしておいて……。よく言うわ!」
「嫌がらせ? 何のこと?」
私は相手につかみかかった……。
女子更衣室が苦手だった私は、今や女子刑務所にいる。トラブルになった私は、何かあったら……と用意しておいたナイフで、三人を刺し、そのうち二人が死に、一人を重体にした。それで服役しているのだ。
でも、こんなところに長くいるつもりはない。無期懲役といわれたけれど、模範囚になれば数年で出られる。
それなのに、同じ房にいる受刑者が、何かと私に話しかけてくる。一緒にしないで欲しい。私は自衛のため、間違って相手を殺めてしまったのだ。すぐに出ていくので仲良くするつもりはない。
でも、そうやって周りと折り合いをつけない私のことは、次第に周りからも疎んじられるようになった。
寝ていても、衝撃で目覚める。ばっと起き上がっても、誰も寝たふりをして、こちらを見ていない。このまま、私が睡眠不足で精神が病むのを待つつもりか? それを待つほど、私は甘くない。私は偶然、手に入れた鉄片を少しずつ削っている。自分の身を守るために……。
こうして、私はキャリアを積んでいく。女性の世界で生き抜いていくために……。
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