第4話 婚活

 私は三十七歳、保険のセールスレディーをしている、独身だ。

 焦っていなかったわけではない。でも結婚を考えるならぎりぎり……という実感が湧いて、マッチングアプリに登録することにした。

 すると、すぐに二歳下の、不動産会社につとめる男性とお近づきになれた。互いの両親に挨拶もすませ、結婚にむけたスケジュールを話し合う段になると、徐々に彼の様子がおかしくなった。

「信じていた友人にお金を貸したんだけど、連絡がとれなくなって……」

 私も多くはないけれど、ずっと働いて、貯金をしてきた。結婚を前にして落ちこむ彼に、このまま結婚生活を送って欲しくない、とその貸した分の補填として、少しのお金を渡すことにした。

 彼は喜んでくれた。

 ただ、ふたたび落ち込んでいる彼に理由を尋ねると、

「今年の営業成績がよくなくて……。大口の契約が中々とれないから、ノルマがこなせなくて、ボーナスを減らすって……」

 私は「それなら、二人で暮らす家を買いましょう」と提案した。彼が自腹を切った、と思われないために私の名前で契約して、ローンの支払いは分担する。そういう話をすると、彼はパッと顔をほころばせ、何度も感謝の言葉を述べてくれた。


 でもそれ以来、彼と連絡がとれなくなった。苦労して、やっと連絡がとれて「会おう」というと、彼は乗り気でない。それでも渋々、会ってくれるという話になった。

「どうして会ってくれないの?」

「ごめん、愛情が冷めちゃって……」

 彼は悪気もなさそうに、そう言った。このとき、私も気づく。私のことを騙そうとしたのだ……と。それはアラフォー、結婚に焦っている年齢であり、またずっと働いてきて、蓄えもある。そんな女が狙われたのだ、と……。

「あのマンションはどうするの?」

「あれは君が契約したんだから、そのまま住めばいいだろ」

「でも、ローンを分担するって……」

「そんな話は知らない。契約書にも、君だけが契約したことになっているんだから」

 とても私の給料では、払いきれる金額ではない。そんな高級マンションを購入してしまったのだ。

「じゃあ……、私たちはもう終わりなの?」

「始まってすらいなかったじゃないか」

 彼はそういって、ちょっと嘲るように笑った……。


 私は高級マンションで、一人ワインをくゆらす。この自分のものとなったマンションで、優雅な暮らしを満喫するのにも飽きてきたな……。

 美しい夜景も、最初のころは眺めていたけれど、今ではもう窓の外をながめることもない。

 そろそろここを売って、利益を確定しようかしら……。そう考えるようにもなっていた。私は彼の両親と会ったとき、気に入られ、そこで実印を借りることができた。その段階で婚姻届けを書き、提出していたのだ。

 そして、書類上は夫婦となったので、保険のセールスレディーとして得た知識で、彼に保険をかけた。受取人は、当然自分だ。夫婦が、互いに保険をかけあうことはよくあり、新婚なら尚のこと、そうした契約を結びやすい。

 そして「私たちは終わり」と確認した後、私は彼を殺した。そう、自殺に見せかけて……。

 事前に、彼の両親にも「マリッジブルーになっているみたい」と吹き込んでいた。彼は結婚することに不安で、ちょっと鬱っぽい……と。それで、自殺する動機があった、と判断され、保険もすぐに下りた。

 その保険金をつかって、高級マンションの支払いは賄えるし、貸したお金も彼の貯金を遺産としてうけとり、すべてとりもどした。お釣りがくるほどだ。


 そう、私は結婚を焦っていたわけではなく、結婚を武器にできるタイミングがぎりぎりだと焦ったのだ。これより上の年齢になると、未婚という情報が、むしろ欠陥をあらわすことになる。

 だから一度、結婚をしておきたかった。それに焦った。そしてそのときに、大きく稼ごうと思っていた。

 私を騙すために近づいてきたことは、すぐにわかった。だから、それに乗る形で相手を信用させ、それを両親の前で語らせ、両親からの信用を勝ちとったのだ。

 その時点で勝負はついていた。後は、婚姻届けから保険をかけたのは、前述した通りだ。

 そう、私はまだまだ毒身を満喫するつもりだ。近づいてくる男を食い物にして、お金をかせぐ。これからは悲劇の未亡人、というスキルも身に着けた。私はまた、マッチングアプリに登録する……。

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