第2話 魔王

 父親は隣で、気難しい表情で車を運転している。

 ぼくはチャイルドシートに体を固定され、身動きすらとれない。

 もう夜もかなり更け、街灯も少ない中を走るので、目の前にはライトで照らす分の空間しか視界が保てていない。

 運転する父親はそれでよいかもしれないけれど、体を固定されているぼくには苦痛でしかない。それを知ってか、知らずか、父親にとってはこの退屈なだけのドライブが楽しいもの、なのかもしれない。


 車のすすむ先、光で浮かび上がった中で、曲がり角に力なく俯き加減で、ポツンと佇む人がいた。

「お父さん、あそこに誰かいるよ」

 手は動かせるので、ぼくはそこを指さした。でも、わずかなライトの光の束では、走る車窓に浮かぶ姿など、すぐに後ろへと駆け足で過ぎ去ってしまう。

 父親は、久しぶりにぼくが声をだしたのが不満なのか、不機嫌そうに「誰もいないよ」と応じる。


 別に、ぼくだって拘るつもりはない。こんな夜遅くだって、大人だったら街角に立ちすくむことはあるだろう。

 子供には分からない事情があることも、幼いながら理解しているつもりだ。

 すると、また光の先に浮かんだのは、さっきと同じ人影……。雨合羽のようなものを着ており、フードのようなものをかぶるので、顔ばかりか、性別すら不明だ。でも力なく項垂れるその姿が、妙に哀愁をただよわす。

「お父さん、あそこ、ほら、誰か……」

 ぼくがそう呟くころには、もう見えなくなっていた。

 父親も、ちらりとぼくの方をみたけれど、無言のまま運転をつづける。どうやらぼくが、おかしな幻でもみていると思ったようだ。


 今度こそ、みつけたらすぐに声をかけようと、身を乗り出すようにして、前を注視する。すると、やはりあの雨合羽をきた人影が街角に立っていた。

「ほら、あそこ!」

 ぼくが大きな声をだすと、車が急停車した。ただ、すでにその人影の前を通り過ぎていて、止まったときには見えなくなった。

 ぼくはチャイルドシートにすわるし、バックミラーやサイドミラーは角度が合っていないので、後ろを確認することはできない。

「誰かいたんだよ、後ろ! 緑色の雨合羽を着た、女の人が……」

 ぼくがそういうと、父親がぼくに覆いかぶさってきた。


 大人には、人には言えない都合もある。時には、大声を上げて泣きだしたいときだって……。でも、子供の前ではそれをしにくい。

 そんな事情も分かっていた。家をでても、行く当てもなく、ぐるぐると近所を走りつづけていたのだって、そうした事情があったからだ。

 だからあの角にいる人を、何度も、何度も見かけた。でも、それは本当に人だったのだろうか?

 それは、母が好きだったお気に入りの雨合羽。でも、それを着た人が佇んでいるはずもなかった。さっき、息をしなくなった。だからぼくたちは家にいられず、こうして車を走らせていた。そして、ふたたび家の前へと車がもどってきたとき、ぼくは息絶えていた。




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