人手不足解消作戦
マジカル錬鉄壺。そこらへんにある石を壺に入れると五分後に鉄へと変化する魔法の壺である。
「……金じゃないから、大丈夫だよね」
かなり不安ではあるが資源不足解消のためには仕方がない、と割り切るしかない。とりあえず壺は5つほど用意したが、足りなければ複製しなくてはならない。
ぐにゃぐなグローブ。鉄などの固い物体を粘土のように変形させることのできる魔法のグローブである。エインはそのグローブを使いある物を作り出した。
それが鉄人である。
鉄人とはその名前の通り鉄の人形だ。人形、と言ってもサレナ達人形メイドたちとは違い、本当に簡単な棒人間のような人形である。その身長はちょうどエインと同じぐらい、十歳前後の少年ほどの大きさだ。
けれども不思議なことにその人形には頭がなかった。頭は別で制作するためだ。
頭はエインが描いて実体化させた。その頭は本当に簡素な、丸い頭部に緑色の丸いガラス玉のような目が二つあるだけの物だった。
エインはその頭の額に『職人』と記して実体化させ、その頭部を鉄の人形の胴体に備え付けた。
これで『
「キミはこれからこのグローブをつけて、この図面通りに鉄人形を作ってほしい。頼むね」
そう言ってエインはクラフトマン1号に図面を見せた。その図面はクラフトマンが鉄の人形を作るために用意した物である。
クラフトマン1号はその図面を見ると了解の意を示すように一度小さくうなずき、仕事を始めた。錬鉄壺で作られた鉄をぐにゃぐにゃと手で形を変え、自分と同じ鉄人形の胴体を作り始めた。
あっという間にクラフトマン1号はエインが作った物と同じ鉄の人形の胴体を完成させた。エインはその胴体に1号と同じ頭を取り付けると、完成した2体目の人形に指示を出す。
「キミは1号のお手伝い。錬鉄壺から鉄を持ってきて、なくなった壺に石を補充してね」
クラフトマン2号は1号と同じように小さくうなずくと錬鉄壺から鉄を取り出し、鉄の無くなった壺に石を補充していく。
続いて1号は三体目の鉄人形を完成させる。
「キミは石を運んできて。壺に入るぐらいの大きさのをお願い」
完成したクラフトマン3号は1号や2号と同じように小さくうなずくと石を探しに出かけて行った。その間にも1号は人形を作り続け、2号は鉄を取り出しては壺に石を補充していた。
エインは次々と生み出される鉄人形の体に頭を取り付け、次々と指示を出し、最終的には30体の人形を完成させた。
これがのちに『三十指』と呼ばれる初期の鉄人集団である。
出来上がった30体の人形を10体ずつのグループに分けていく。一組目のグループは『鍛冶組』、二組目のグループは『建築組』、三組目を『農林水産組』と名付け、それぞれの仕事に向かわせた。
鍛冶組はクワや斧などの鉄製品の作製や鉄骨などの建築資材の製造。建築組は土木作業等々。農林水産組はとりあえず農地の整備や木材の切り出しへと向かわせた。
疲労を知らぬ鉄の人形たち。これで少しは人手不足も解消しただろう。
「ほかにも仕事があるから、頑張ってもらわないと」
今までは自分たちでやっていたことを彼らに任せる必要があった。これからこの領地を治めていくためにはとても重要なことだ。
エインが鉄人形たちを製作した数日前。湖で探していた物が見つかった。
真珠だ。ダイナたちが湖の中から探し出した貝の中から真珠が見つかったのだ。
ガダフト湖には『オオイケチョウ貝』と言う貝が生息している。大きさは大小さまざまだが大きいものになると大人の手のひらの倍以上の大きさに成長する淡水貝である。
この貝が真珠を作る。このオオイケチョウ貝から採れる真珠が20年前のガダフト湖の特産品だった。
その貝が生きていた。しかも、意外と簡単に見つけることができた。
その数20。大きさはまちまちではあったが大人の手よりも大きなものが20個も見つかったのだ。
しかし、そのすべての貝から真珠が見つかったわけではない。20個見つけたうちの3個の中から真珠が見つかった。
これを発見したことでエインはあることを思いついた。
真珠の養殖である。養殖真珠を大量に生産し、この真珠を販売、もしくは宝飾品に加工し利益を得ようと考えたのだ。
そのためには人手がいる。エインは真珠養殖を始めるために、それ以外の仕事を鉄人たちに任せることにしたのである。
目立たず平穏に暮らしていきたい。それがエインの願いだ。この国で、ル・ルシール王国で、どうにか平和に生きて生きた。
できれば領主になどはなりたくなかった。けれど、これはどうしようもない。王家の人間として生まれてきてしまった宿命なのだろう。
それにここから逃げ出したとしてどうなるのか、とも考えてしまう。仲間たちと助け合って生きる、とは言っても、それはおそらく考えるよりも大変なことだ。
今だってそうだ。今だって、ひとりでは生きていけない。皆の手を借りなければ生活することはできない。
着替える、用を足す、体を洗う。足が悪くてもどうにかこなせることもある。だが、畑を耕す、狩猟採集、今やろうとしている真珠の養殖だってそうだ。
もし、体が自由に動いたら、とエインは考える。けれど、体が自由に動いたとしてもすべてをひとりでこなしていけるかといえば、おそらく無理だろう。
しかし、いずれは考えなくてはならない。
自分の体、自分の足。
少なくとも誰かの手を借りなくても移動できるようにはなりたい。移動するたびに誰かに車椅子を押してもらう必要がないように。
「やっぱり、いるよね。地下」
この領地を発展させるために必要な産業の発展。特産品の開発。ガダフト湖周辺の土地開発。やらなければならないことは山ほどある。真珠の養殖業を本格的に始めるとなればさらに人手が必要になるだろう。
そして、いずれは町ができる、かもしれない。どれぐらい先のことになるかはわからないが、交易が盛んになれば自然とガダフト湖周辺に町ができるだろう。
問題はそこにある。人が集まり、町が生まれる。これは自然なことであり、歓迎されるべきことなのだろう。人が増える、と言うのは良いこと、なのだと思ってはいる。
だが、秘密を知られるのはあまりよろしくない。エインの力のこと、その力で生み出した道具や、サレナ達人形、そして量産を開始した鉄人たち。もし、それらの存在を知られれば、この町が普通ではないことが知られてしまう。
エインは平和を望んでいる。穏やかに、心安らかに、自分の信頼している仲間たちと不自由のない生活ができればそれでいいと考えている。
けれども、もしエインの力のことを知られれば、どうなるか。
秘密にしなくてはならない。とエインは警戒していた。しかし、だからと言って使わないという選択肢はない。
なにせ、便利なのだ。この魔法の力はとても便利で、これからこの地を発展させるためには必要な力だと思ってもいる。
その力を隠しながらの領地運営。表向きはこの町は普通の町でなければならない。
ならないのだが。
「……ダイナさん、なんだよなぁ」
普通の町ではならない。ならないのだが、そうしようとしない人物が一人いる。
ダイナだ。ダイナはこの領地を王国一、ガダフト湖の南側に作る予定の町を王都以上の町にする、とかなり意気込んでいる。
とりあえず、やり過ぎないように、とは言ってある。しかし、それで抑えられるような人間ではない。
ウォレスに見張ってもらってはいるが、どうなることか。
まあ、どうにかなるだろう、と問題を先送りにしておく。それに、張り切っているのならそのやる気を削がないほうがいいだろう。
そのやる気を正しい方向に向かわせればいい。ただ無軌道に建築をするのではなく、計画的に行っていけばいい。
湖のど真ん中にエインの巨大な石像を作る、などと言う馬鹿げた方向にではなく、である。
何不自由ない暮らし。それがエインの目標だ。
自分について来てくれた仲間たちに不便な生活をさせたくない。というエインの強い思いだ。
仲間たちのために、仲間たちに不自由な暮らしをさせないために。そのためにはこの場所を豊かにし、便利にしなければならない。
では豊かで便利な暮らしとはどんな暮らしかというと、エインの中には明確なビジョンが存在していた。
それは『日本』だ。正確には転生する前の世界に存在している日本という国での生活である。
こちらの世界は不便だ。蛇口をひねれば温かいお湯が出てはこないし、冷蔵庫の中にはいつも食べ物があるわけでもない。そもそも冷蔵庫などはなく、食べ物を保存するのも大変だ。
ボタンひとつでお風呂が沸くこともない。お湯を沸かすにも大量の薪が必要で、お風呂に入るのも一苦労だ。ガスコンロなどもないから料理をするにも火を起こすところからしなくてはならない。
こちらの世界のこの国は日本と比べて夏はそれほど暑くはないが、それでも辛いものは辛い。
水道、冷蔵庫、クーラー。こちらの世界のこの場所で転生前の生活を再現する。そうすればマリーナもウォレスもダイナも、みんな快適に暮らすことができる。
今までの生活を捨てて自分について来てくれた恩に報いなくてはならない。それが自分の務め、義務なのだとエインは強く感じていた。
そのためには実験が必要だ。そして、知識だ。
知識。今のエインには圧倒的に知識が足りない。転生前の世界では病院にやってくる人々や入院患者たちからいろいろなことを教えてもらったが、その知識にも限界がある。
しかし、こちらには転生前の世界の知識を教えてくれる人物はどこにもいない。電化製品のでの字も知らない人ばかりだろう。
冷蔵庫を作りたい。けれど冷蔵庫の仕組みがわからない。エインの力で実体化させた物を使用すれば代用することもできるかもしれないが、その試行錯誤をするにしても知識が必要だ。
先生。先生がいる。教師、教授、賢者、師匠。自分たちに知識を与えてくれる存在が必要なのだ。
それに、とエインは思う。
「先生、か……」
先生。エインにとっての先生といえば『病院の先生』だ。つまりは医者である。
けれど、普通の人たちにとって先生といえば『学校の先生』だろう。エインはその普通に憧れがあった。
先生、教師、学校。転生前の世界では経験できなかった学校生活。エインはそんな普通の生活に憧れを抱いていた。
いずれはここに学校を作りたい。それがエインの目標のひとつでもある。ただ、これはかなり先のことになるだろう。まずはこの場所を人が住める場所にしなくてはならないわけで、学校やらなにやらはその後だ。
町となる場所を整地して、地盤改良や舗装して、基礎工事をして、建物を建てて、それらを本格的にやり始める前にダイナたちと相談して。
とにかくやらなければいけないことが山積みだ。地下の実験場は地上の問題がある程度片付いた後である。
しかし、完全に後回しにするわけにもいかない。少しずつでも進めておかなくては。
「少しずつ、少しずつ……」
まずは、知識の確保。全知の何か、もしくは限りなく全知に近いモノ。
「うーん、なにが、いいかな?」
エインは考える。これらの生活をより良くするために。
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