納税義務があるのです(とりあえず投稿。暇を見て修正します)
ダイナに叱られてしまった。
「エイン様はこれからどしていくおつもりですか?」
12月。昼間でも気温が氷点下になり始めた凍える季節。何とか食料と家を確保し、冬を越える準備をなんとか終えたエインたちは会議室に集まりこれからのことを話し合っていた。
「どうって、みんなで楽しく、していけたらな、とは……」
マジカルコンクリートで建築した家は思ったよりも快適だった。断熱塗料のおかげでコンクリート剥き出しの建物の中でも寒さをあまり感じない。剥き出しのコンクリートは見た目には寒々しいが、絵の魔法で生み出したストーブやその他の暖房器具のおかげでとても暖かい。
「楽しく、とは?」
「それは、楽しく、平和、に?」
「なるほど、なるほど……。で?」
「で?」
大きなテーブルを囲んでエインたちは話し合っている。話し合っている、というかエインが詰問されていると言ったほうがいいだろう。
「だ、ダイナ様、紅茶のおかわりは」
「いただこう」
空になったカップにマリーナが紅茶を注ぐ。紅茶の葉やティーセットは王都から持ってきた物だ。青いツタのような模様が刻まれた白いティーカップに琥珀色の紅茶が注がれていく。
「で、エイン様はこれからどうしていくおつもりですか? 具体的にお願いいたします」
「ぐ、具体的に、って言われても……」
正直、特に何か考えているわけではなかった。エインはとにかく平和に平穏に暮らしていければそれでよかったのだ。
そう穏やかに暮らしていければそれでいい。そして、それは半ば叶っている。
快適な家、水と食料、信頼できる仲間。エインが求めている物は今ここに揃っていた。
「あ、暖かくなってきたら畑で野菜とか育ててみたいな。ほら、今は新鮮な野菜って少ないし。冬、だから」
「そうですね。それは重要です」
「で、でしょう?」
「はい。ですが、そう言うことではないのです」
今は冬だ。農閑期である。気温が下がり水も地面も凍ってしまう眠りの季節だ。畑に種を植えても芽は出ないし、苗を植えても枯れてしまう。
農地として使用するための場所はすでに確保している。整地を済ませ、水路の整備も進んでいる。暖かくなれば農業を始める準備は万全だ。
しかし、そう言うことではない。その先だ。
未来。一年先や二年先ではない、さらにその先の話。
「……僕は、ずっとみんなと一緒にいたい」
わかっている。なんとなくこのままではいけないような気はしている。けれど、何をしていいのかエインにはさっぱりわからない。
だって、すでに望みは叶っているのだ。みんなと一緒に平和に暮らす。それ以上の望みがエインには見当たらないのだ。
だが、現実はそう甘くない。
「確かに、ダイナ様の言うことはもっともですな」
と口を開いたのはウォレスだった。
「エイン様、王政府に納める税のことはどうするおつもりですか?」
「……税?」
「ふぅむ、お話していませんでしたか」
苦い顔をしながらウォレスは説明を始める。
「この国の領主は王政府に税を納める義務が課せられております」
この国の国主は国王である。現在はセレストール3世がこの国の主だ。領主は国王から領地を与えられ、領主は領地を適切に運営し、そこから得られる富の中から領地の広さに応じて一定の税を国王に納める。
税はお金でなくてもよい。その領地で獲れる物で問題ない。野菜や果物や魚介類、絹などの衣料品、宝石や金属加工品など、その領地の特産品を税として治めることもできる。
領主は税を領民から徴収し国に治める。その税の管理をするのが王政府だ。
エインは王族から追い出され、地方を治めるただの貴族になった。ということは当然納税の義務が発生する。
「えっと、ここの特産て、なに?」
「湖で獲れる魚や貝、杉やヒノキなどの木材やそれらの加工品、周辺の森に棲む獣や魔物の素材などですな。それらを売って現金化し、その一部を税として納めておりました。ただ、それは20年前のことですので」
20年前の事件によりこの湖一帯の環境は変わってしまった。人が消え、動物や植物も被害を受けた。湖に生息する生き物たちもほとんど死滅した。
ただし、自然の回復力は素晴らしく、森や湖の環境はかなり復活している。
「我々のみで生活するのであれば何も問題はありません。ですが、エイン様はこのランベルト伯爵領を治める領主。この地を適切に治め、豊かにしていく義務があるのです。わかりましたか?」
わかりました、とすぐには言えない。そもそも、そんなことなど考えたこともなかったのだ。
「そ、その税を納める期限とかは」
「いずれ王都から徴税官が来るでしょうな。おそらくは今から半年ほど先かと」
「半年……」
今は12月。ウォレスの予想では5月か6月ごろに税の取り立てが行われるということだ。
それまでに何とかしないと。
「……あれを使う、か」
あれ。きっとあれを使えばこの問題はすぐに解決するだろう。
「エイン様。あれはいけません」
ウォレスもあれのことを知っている。その危険性も十分に理解している。
「『錬金壺』はいけませんよ、エイン様」
錬金壺。エインが魔法の力で生み出した魔法道具。その能力は金の錬成。そこらに転がっている石を壺の中に入れると石が金になるというとんでも魔道具である。
この魔法道具はエインの好奇心のたまものだが、好奇心が強すぎれば身を滅ぼす原因ともなる。
そして、身だけではなくこの国の経済も破壊してしまう。
「あれで金を量産すれば金の価値は暴落するでしょう。金の出どころを探られてエイン様の能力を我々以外の人間が知ったとしたら、さらに面倒なことになる」
錬金壺の使用はできない。加えてエインが魔法で生み出したマジックアイテムを王政府に納めるという案も却下だ。なるべくエインの魔法の力をウォレスたち以外に知られることは避けたい。
もしエインに特別な力があると知られたらそれを悪用しようとする人間も出てくるだろう。そうなればエインの望む穏やかな生活は絶望的となる。
となると地道に真面目に交易をしてお金を稼いで納税していくしかない。
しかし、売るためには物が無くてはどうにもならない。売り物がないのでは商売は成り立たない。
「加えてここは『呪われた地』。実際に呪いなどはないのですが、そのありもしない呪いを怖れる人間はまだまだ多い。エイン様はそんな呪われた場所で獲れた野菜や魚を食べたいと思いますかな?」
というウォレスの言葉にエインは黙るしかなかった。そして、それが答えだった。
誰も欲しくはない。20年前の事件の影響でこの一帯は人が寄り付かないように国によって封鎖されていた。実際に事件の影響はないということらしいのだが、悪い風評という物はなかなか消し去ることができない。
「まあ、いずれにしろ人がいなくてはどうにもなりませんな。畑を耕すにも人、魚を獲るにも人、何をするにも人、つまりは労働力がいる。この場所には圧倒的にそれがたりておりません」
そう、その通り。ウォレスの言う通り。この領地を運営していくための人手がまったく足りていない。
エインたちだけで暮らすのなら何の問題もないだろう。自給自足するだけならば食料も水も十分に足りている。
だが、エインは領主だ。このル・ルシール王国の領土の一部を任された人間であり、この国に席を置いている以上は義務を果たさなくてはならない。もしその義務を果たさなければそれ相応の罰が待っている。
「税だかなんだか知らないけどさ。そんなもの無視すれば?」
と言い出したのはルビーだった。
「慎みなさい。誰がしゃべっていいと?」
そう言ってサファイアがルビーをジロッと睨む。その目には殺意がこもっているようにも見えるが、気のせいだろう。
「いいじゃんか、カタいこと言わない。ねえ、主様?」
「ま、まあ、うん。そうだね」
「ほら、主様もこう言るし」
「チッ」
サファイアは悔し気に舌打ちをする。彼女たち人形に舌はないはずなのだが、明らかに舌打ちをした。
「ま、まあ、でもさ。納めるものは納めないと、いろいろと面倒だし」
「主様がそう言うんならそれに従います。ボクは主様の下僕ですので」
無視する。それは本当に魅力的に聞こえる。けれど、かなりのリスクが伴うのは火を見るより明らかだ。
どこの世界でも税をどうやって取り立てるか、というのは重要なことらしい。エインが転生する前の世界でも税金を納めるのが当たり前だった。それを怠れば最悪警察に捕まることもあった。
こちらの世界でも同じだろう。税を納めないととても面倒なことになる。
「ウォレス、何かないかな?」
エインはウォレスに問いかけた。ウォレスは長い間国王に仕え、エインたちの誰よりもこの国のことを知っているかもしれない、という期待からだった。
そして、ウォレスはエインの期待に応えてくれた。
「心当たりがあると言えば、あるのですが……」
ウォレスは少し困った様子だった。やはり何か知ってはいるようだが、問題があるらしい。
「真珠、はご存じですか?」
「真珠? 宝石の?」
「はい。このガダフト湖では真珠が獲れる、いや、獲れたのです」
真珠。それは貝から獲れる宝石のことである。ガダフト湖ではどうやら真珠が獲れる貝が生息しているらしい。
「ただ、これは二十年前の話で、今ではどうなのか」
「で、でも、二十年前は獲れたんだよね?」
「はい」
これは、とエインは思った。
「ねえ、真珠って、売れる?」
「はい。問題ないかと」
「マリーナはどう思う?」
「え? 私、でしょうか?」
「うん。商人の娘として、マリーナの意見を聞きたい」
商人の娘、そう言われたマリーナは困ってしまった。
「確かに、父は商会の長ではありまが、私は、ただの」
「じゃあ、質問を変えるね。真珠、欲しい?」
正直、エインは宝石には興味がない。綺麗だな、高そうだな、とは思うが欲しいとは思わない。
しかし、女性であるマリーナならどうだろうか、とエインは考えた。
「あ、あの、ダイナ様は?」
「綺麗だとは思うが別に欲しくはないな」
同じく女性であるダイナは宝石になどまったく興味がないようだった。となれば、やはりマリーナの意見は重要だ。
「……欲しい、と言われるとよくわかりません。ですが、真珠は希少ですし、宝石としても人気が高いです。それに、薬としても」
「薬?」
「はい。効果があるかは、わかりませんけれど」
マリーナの意見を聞いたエインはしばらく考え込む。そして、結論を出す。
「探してみよう、真珠」
二十年前。ガダフト湖一帯は一度壊滅した。それからどれだけの自然が回復したのかは正直はっきりとはわからない。もしかしたら真珠を獲ることができる貝は絶滅しているかもしれない。
それでも、やってようとエインは考えた。見つかっても見つからなくてもとにかく何かをしなくては落ち着かなかった。
「寒くなってきたけど、ごめんね」
真珠を探す、と言うことは湖に入るということだ。冬の寒い中、水に入るということである。
「問題ありません。丈夫さには自信がありますから」
とダイナは笑ってそう言った。
「心臓が止まった時は頼みますぞ」
とウォレスは笑いながら冗談を飛ばしていた。
「が、がんまります」
とマリーナは不安ながらも気合を入れていた。
「がんばりまーす」
「精一杯やらせていただきます」
当然、サファイアもルビーも反論しなかった。
「あの、サレナさん、は?」
「……」
皆が返事をする中、サレナは黙っていた。
「もし、嫌なら」
「問題ありません」
「そ、そっか」
エインはサレナの顔を見る。サレナは他の人形たちとは違い全くの無表情だった。
エインはその無表情が気になった。なんとなく、無理をしているような、そんな気がしていた。
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