“何か”
すべては『点』に戻ることを知っている。
膨張し、収縮し、また膨張を始める。点から広がり点へ戻る。
それが『世界』。この『宇宙』の法則。
それを『それ』は知っていた。おそらくそれは世界が一番最初に膨張を始めた時から存在し続けている。
だが、それは神ではない。神のような力は持たない『何か』である。
世界が膨張と収縮を繰り返している。始点が終点であり、終点が始点である。
その何かは観察者だ。始まりの点から広がっていく世界を観察し、その世界が縮まって点へと戻って行く姿を見届ける。おそらくそれがその何かの役目なのだろう。
おそらく。
自分がなぜ存在しているのかをその何かは理解していない。おそらくそうなのだろう、となんとなくそう思っているだけだ。
そして、それでいい。すべては無意味なのだから、それでいい。
どんなに発展していても最後は点に戻る。どんなに辛く悲しいことでも最後は点になる。どんなに楽しく幸せなことでも最後は点に返る。
すべては最初の点に戻る。点に戻り、今までのことがすべてなかったことにされる。
世界は膨張と収縮を繰り返している。そんな始まりと終わりを繰り返す世界の中で、その何かだけは存在し続けていた。
その何かはアンカと呼ばれていたこともあった。
その何かはセマルグルと呼ばれていたこともあった。
その何かはフィニクスと呼ばれていたこともあった。
その他にも様々な名で呼ばれていた。
しかし、本当の名前はひとつもない。そもそもそれには名前など無い。
そして、目的もない。存在意味もない。
それはただ存在しているだけの存在。ただの観察者。
現在の名前は『シームルグ』。ある場所では吉兆であり、ある場所では凶兆でもある、そんな存在である。
そんなシームルグと呼ばれる何かは今、遥か空の彼方からその七つの目である惑星を眺めていた。
三つの足、五つの羽根、七つの目を持つ白い大烏。それが今の姿だ。
なぜその姿になったののかはわからない。以前は別の姿だったが、今の世界ではこの姿なのだ。
今の世界では、だ。いずれこの世界も収縮し、点に戻る。そうなれば何もかもが最初に戻り、シームルグも別の名前で呼ばれるようになり姿も変わる。
今はシームルグと呼ばれている。もちろんそれは本当の名前ではない。それには名前など無い。
そんなシームルグがとある惑星のとある一点を眺めている。宇宙を漂い様々な惑星を観察していたシームルグはとある惑星のとある湖を眺めていた。
理由は、呼ばれたからだ。何かに呼びかけられたからだ。
それは世界の外からの呼びかけだった。シームルグが存在している世界とは別の世界、別の宇宙からの声だった。
その声がなんと言っているかはさっぱりわからなかった。だが、その声がここへ行けと言っているのは理解できた。
ここ。それは、ここだ。
とある惑星のとある大陸のとある内陸部にあるとある湖の畔。そこにいる、一人の人間。
その声はそこへ行けと言っていた。シームルグはそれに従った。
従う理由はなかった。理由はなかったが、従った。
そもそもシームルグには存在自体に理由がない。ただ存在しているだけの存在だ。誰かに何かを指示されることも、自分で何かを望むこともない。存在理由もなく存在する存在がシームルグなのだ。
そんなシームルグに誰かの声が聞こえたのだ。そして、その声はシームルグに干渉した。
別に従う理由もなかった。従わなくてもよかった。
だが、拒否するという意思もなかった。シームルグはその呼びかけに応じる意味もなければ拒否する理由もなかった。
だから、拒否したわけでも応じたわけでもない。ただ、なんとなくだ。
なんとなく、そこへ来た。
そして、そこで見た。
一人の少年と、それに従う者たちの姿を見た。
その意味が、彼らが何なのか、シームルグは知らない。知らないし、知る意味も理由もない。
だから、ただ観察していた。
七つの目と五枚の翼と三本の足を持つ白い巨大な烏は、遥か空の彼方から湖の畔にいる少年たちを眺めていた。
おそらく別の世界の何かがこちらの世界に干渉してきたのだろう、ということはシームルグも理解していた。その理由は知らないが、何者かがこちらの世界のあらゆるものに呼びかけたということは理解できた。
理解したが、理由はわからなかった。わからなかったが、わからなくても問題はなかった。
なぜならシームルグは観察するだけだからだ。何か使命を与えられたわけでも、何かを成し遂げようという意欲もない。それがシームルグだ。
何もない。ただ存在しているだけの存在。それがシームルグだ。
そんなシームルグは別の世界の何者かの呼びかけに応じ、とある惑星に住む少年を眺めている。
眺めている。ただそれだけだ。
今までもそうだった。ただ眺めているだけだった。
特に問題はなかった。なぜならシームルグには『欲望』も『目的』もなかったからだ。
生きたいという欲望も、何かを成したいという目的もなかった。シームルグはただ、世界の膨張と収縮を眺めているだけの存在だからだ。
眺めているだけの存在だった、はずだった。
「死、か」
遥か空の彼方から地上を眺めていたシームルグは何かを感じた。
それは死の臭い、死の気配だった。
シームルグはかつて不死鳥と呼ばれていたこともあった。シームルグには死が存在しないと考えられていた。
だが、違う。シームルグにも死が存在する。
それは世界が消滅したとき。世界が点すら残さず完全に消え去ったとき、シームルグは死ぬ。世界と共に消えてしまう。
誰かがそう決めたわけではない。誰かがそう決めたのかもしれない。
どちらでもいい。ただ、シームルグはそう感じていた。世界が消えると同時に自分も消える。死ぬ、とそう感じていた。
その『死』をシームルグは微かに感じ取っていた。理由はわからない。
わかることはたくさんある。この世界、この宇宙の終わりと始まりを何度も見届けてきたシームルグはこの世界のあらゆることを知っていた。この世界、この宇宙のことをすべて知っている全知の存在だった。
だが、全能ではない。すべて知っているがすべて出来るわけではない。
そんなシームルグは死の臭いを放つその謎の存在がこの世界において『異物』であることを感じ取っていた。
この世界、この宇宙の物ではない何か。知らないモノ。
その謎の存在が放つ死の臭い。自分に死を与えるモノの臭い。
それは世界が消滅するということ。世界の危機が迫っているということ。
世界が消えてしまう。そんな気配を感じる。
それなのにシームルグには不安も危機感もなかった。ただ興味だけがあった。
あれは何だろう。あれは一体何なのだろう。
好奇心。シームルグが生まれて始めた抱いた欲望。
シームルグは遥か空の彼方から地上へと降りていく。
ゆっくりとゆっくりと、降りていく。
遥か空の彼方からシームルグは七つの目で見ていた。ゆっくりゆっくりと降下していきながら、見ていた。
その場所に集まる者たち。呼び寄せられるように、導かれるように、様々なモノがその場所へと向かっている。
世界にとっての異物のもとへ。
目的は、知らない。
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