超人
この世界には魔法がある。けれど、それらは奇跡の技というよりは生活の知恵程度の技術である。戦場をひっくり返すことも、死者を蘇らせることも、天候を操作することもできない。使えたら便利、くらいの物なのだ。
もちろん大魔法もある。ただ、そう言う魔法は長い呪文を唱える必要があったり、複雑怪奇な紋章を体に刻み付けたり、特別な場所で祈りを捧げたりと、かなり面倒な手順をふまなくてはならない。簡単な魔法ならば呪文も何も必要はないが、マッチの代わりに枯葉に火をつけたり、マッサージをするための電気を発生させるぐらいにしか使い道がない。
ただ、昔は違ったらしい。
様々な伝承やおとぎ話などには強大な魔法を使う魔法使いが登場する。エインたちが暮らしているル・ルシール王国の建国伝説の中にも魔法使いが登場する。
王国建国に関わった三人の英雄。騒乱の中にあったこの地を平定し、ル・ルシール王国の礎を築いた英雄たちである。
その三英雄のひとりが魔法使いだった。その影響なのかル・ルシール王国では魔法や魔法使いにはかなり寛容だ。他国では魔法使いは悪魔の手先や穢れた血を継ぐ者と言われて忌み嫌わることもあるが、ル・ルシール王国では医者が治療のために簡単な魔法を使用したり、王族や貴族が魔法の基礎知識を持っていたりと、魔法や魔法使いがそれなりに受け入れられている。
ただ、受け入れられてはいるが発展はしていない。神話や伝説に伝え聞くような大魔法は受け継がれていないし、そもそもそれらの大魔法は禁忌とされているため、ル・ルシール王国内でも使用できる者はいない。
そして、残りの二人。建国の三英雄のうち二人は『超人』と呼ばれる者たちだった。
超人とはその名前の通り人を超えた者のことだ。彼らは人間の理解を超えた超能力を有している、いわば天然の魔法使いである。
魔法使いと呼ばれる者たちが後天的に超常の力を手に入れた者たちならば、超人と呼ばれる者たちは生まれながらにして人知を超えた力を持っている。人の身でありながら馬よりも速く走り、自分の体重の数十倍はあるかという巨石を軽々と持ち上げたりと、人を超えた力を持って生まれてくる。
そんな超人たちはたびたび歴史の中に登場してきた。超人たちはその力で様々な伝説を残し、武勲を上げ、ル・ルシール王国だけではなく様々な土地に名を残してきた。
エインが生きている今の時代もそれは同じだ。ル・ルシール王国はもちろん他国でも超人は軍事の要であり、ひとたび戦が起これば彼らは一騎当千の働きをしてきた。小国相手ならば超人一人で圧倒してしまうことも過去にはあったという。
戦いは数が物を言う場合が多い。兵士の数ももちろんだが、超人の数も重要になる。そのため各国はいつも超人を探しており、彼らの確保に努めている。超人一人が数千人数万人の兵士と同じ働きをするのならば、超人一人を抱えていた方が効率がいいというわけだ。
逆に言うと小国であっても超人が一人いれば他国が攻めてくる確率は低くなる。
そう、超人が一人いれば。
「クソがっ! どうなってやがるんだ!?」
ル・ルシール王国第二王子でありエインの兄であるフリッツは激昂していた。鋭く吊り上がった目を見開き、息も荒く、何度も何度も机をコブシで叩きながら、そこにはいないエインに罵声を浴びせていた。
「あのクソ芋虫! 一体何をしやがったんだ!」
フリッツはエインが大嫌いだった。殺してしまいたいほどに嫌いだった。
優秀な兄も大嫌いだった。フリッツはいつも優秀な長男であるアルバインと比較され続け、フリッツは強い劣等感を抱いていた。
エインが嫌いな理由は母を取られたことだ。フリッツの母親である王妃は体の不自由なエインを気にかけていた。フリッツにはそれがまるで母親を取られたように感じていた。
優秀ではない、出来損ないの、役立たずの弟が母を独り占めしている。フリッツはそう感じていた。
優秀な兄は周りからもてはやされ、クソゴミの弟は母親に可愛がられている。自分はどんなに頑張っても兄に追いつけず、弟は優秀でも何でもないのに母の愛を独占している。
そんな不平不満がフリッツを歪ませ、ある行動を起こさせた。
「なんで、なんで生きてんだよあいつは!」
フリッツはエインが城を出て行くと決まった時点ですぐに行動を起こした。人を雇い、エインが通ると思われる場所にエインを襲わせるための野盗を放った。エインを野盗に襲わせて殺すためだ。
大嫌いなエインを殺すためフリッツは様々な仕掛けを考え、用意していた。だが、エインが予想外に早く城を出発したため、仕掛けはほとんど意味をなさなかった。
それでも雇った盗賊たちはエインを待ち伏せていたはずだ。しかし、エインは生きている。それどころかどうやら盗賊たちは全滅したらしく、さらにはその周辺にいたと思われる荒くれ者たちまで一掃されているらしい。
何が起こったのかフリッツにはさっぱりわからなかった。わからなかったが、エインは無事に目的地にたどり着き、なんとか生活しているらしい。
「なんで全部上手くいかないんだよ!」
何もかも上手くいなない。何をやっても誰も認めてくれない。どんなに頑張っても兄には追いつけないし、苦労している自分を差し置いて無能な弟は大事にされている。
気に食わない。気に食わない。何もかもが気に入らない。
「クソっ! クソっ! クソが!」
エインには護衛と呼べる人間はいなかったはずだ。盗賊の集団を退けるだけの戦力はない、はずである。
小さな頃からエインの世話をしている少女、老いた執事、どこで雇ったのかわからないメイドが三人。あとは元王国騎士団の女隊長。
盗賊の仕業に見せかけてエインを始末する計画。失敗の原因があるとすれば元王国騎士団流星隊隊長ダイナ・ルミリアナ・ハンデストロの存在が大きいだろう。
「あの超人女か。クソが」
王国騎士団初の女隊長にして超人。人を超えた力を持つ人間。王国騎士団の中でも上位に入る実力を持っていたダイナは超人と呼ばれる人間だった。
彼女ならそこらのゴロツキ程度なら簡単に捻り潰せるだろう。何十人束になってもただの人間がダイナを倒すことはできない。それほど普通の人間と超人の力の差は大きい。
しかし、疑問もある。本当にダイナだけが原因なのだろうか。
フリッツはエインたちの動向を調べていた。手下を使い、人を雇い、エインたちの様子を監視している。
そうやって手に入れた情報には不可解な点がいくつかある。
フリッツが差し向けた刺客だけでなくエインが治める領地一体の治安が良くなったこと。盗賊などが一掃され、凶暴な魔物などの数も減っている。
エインが治めている元ランベルト伯爵領への街道がキレイになっていること。二十年前の事件により人が寄り付かなくなったため、ガダフト湖へつながる街道は荒れ果てていたはずなのだが、今は生い茂っていた雑草は焼き払われ、見通しを悪くしていた樹木も伐採され、道幅も馬車が悠々とすれ違えるほどに拡幅されている。
このほかにもエインが到着してまだそれほど時間が立ってはいないのに城壁や堀が整備され、何やら石造りの建物まで建ち始めたことも不可解だった。
何やらおかしなことが起きている。まるで魔法使いでもいるかのような。
「無能なゴミのくせに俺をイラつかせやがって!」
何かが起きている。しかし、フリッツにはそれがわからない。それどころかいろいろな情報を手に入れているのに、フリッツはエインに対する怒りに支配され、ただただ苛立ち、その苛立ちを任せに暴言を吐き、周囲の物に当たり散らすばかりだった。
フリッツは無能ではない。頭もそれなりに良いし、運動能力も高い。けれど有能でもない。平均よりも能力は高いかもしれないが、それだけなのだ。
そして誰もいない。フリッツの周りには誰もいない。
自分より劣るはずのエインには、仲間がいるのに。
「絶対、絶対ぶっ潰してやる……!!」
嫉妬、嫉妬、嫉妬。
嫉妬は人を狂わせる。
嫉妬が憎しみへと変わっていく。
「絶対! 絶対! 絶対にだ!」
フリッツは怒りに支配された頭を巡らせる。
エインを殺すための方法を、どんなことをしてでも。
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