建築開始
水属性魔法と土属性魔法を組み合わせることで泥沼を発生させる。その泥の中にエインが作った『マジカルセメント』を混ぜることで大量のコンクリートを作り出し、それを魔法で成形していく。
水は大量にある。ガダフト湖の水を使えば水の心配はほぼしなくていい。土も問題ない。そもそも地面は土なのだ。それらを利用すればマジカルセメントが無くならない限りコンクリートは作り放題だ。
そのコンクリートを使って最初は城壁を作った。生成したコンクリートを魔法で操作するための練習をかねてコンクリートの壁を製作した。
「ダイナさん、ちょっと、やりすぎじゃ……」
「いやいや。どんな怪物が攻めてくるかわからないのですから、これでもまだ不十分です」
コンクリートの城壁を作ったのはダイナだった。そもそもエインがセメントを作り出した以外はすべてダイナの力で行った。
エインがダイナにプレゼントした魔法の義手。その義手に込められている水属性魔法と土属性魔法を使用してコンクリートの城壁を建造したのだ。
城壁はガダフト湖の南側に建造された。もともと湖の南側には大きな港町があった。巨大な湖であるガダフト湖で漁業を行い、それなりに潤っていたらしい。
かつては潤っていた。しかし町は二十年前の事件の影響で痕跡だけ残して消えてしまった。人や生き物だけでなく建物もすべて吹き飛ばされ、家や建物の基礎部分だけが残っている。
その町の跡の周りをぐるりと囲むように城壁が築かれた。全長数キロに渡る巨大な壁は高さが二十メートル、厚さは三メートルというかなり強固な物となった。
しかし、最初は苦労した。コンクリートの硬化時間がどれくらいかわからず、液状のコンクリートがそのままの形を保っているわけもなく、壁はすぐに崩れてしまった。
なのでまず土で壁を作り、その土壁の表面を分厚いコンクリートで覆った。加えてコンクリート自体にも固まる時間を短くする薬剤を混ぜることで硬化時間を短くすることができた。この薬剤もエインが作ったものだ。
作った、というか、描いた。すべてはエインの絵を実体化させる魔法のおかげだ。
そして作り出された高さ二十メートルの分厚いコンクリートの壁。その壁を見た時、エインは魔法という物がどれだけ出鱈目なのかと実感した。
しかし、ダイナはこれでも足りないと言う。
「二重、できれが三重にしたいところですが、壁だけに時間を割いているわけにはいきませんからね」
その通り。城壁はこの魔法コンクリートの扱うための練習でしかない。ここから本格的にいろいろな構造物を建造していかなくてはならないのだ。
次に制作したのは『家』だ。エインたちが暮らすための住居である。
「さて、どんな城を作りましょうか?」
「城じゃないよ、何度も言ってるけど」
城。ダイナは何度言っても、城を作る、と言い張った。エインは別に城など欲しくないし、暮らしていけるなら小屋でも問題ないと思っていた。
だが、ここで暮らすのはエインだけではない。ダイナもいるしマリーナもいる。老齢のウォレスに小屋暮らしは辛いだろう。
しっかりした家を作る。エインの目標はそこなのだが、どう言い聞かせてもダイナは城を作るんだとエインの言葉を聞いてくれない。
「ここを王国一の町にしましょう!」
そう言ってダイナは張り切っている。エインとしては仲間と静かに暮らしていければいいのだが、どこでどう認識が違ってしまったのか。
まあ、とりあえずいいか、とダイナのことは先送りにした。そのうちダイナも考えを改めてくれるだろう、とエインは考えたのだ。
ダイナはとても張り切っている。今までできなかったことができるようになり、それがエインの役に立てることだと知り、ものすごく気合が入っていた。
「エイン様にはこの腕と目の恩をお返ししなくてはなりませんからね」
ということらしい。そこまで気にすることでもないのに、とエインは思っているのだが、ダイナにとっては町や城をプレゼントしたくなるほどのことなのだろう。
まあ、しばらくこのままでいいか、とエインは考える。しばらくすれば考えも変わるだろう。
そもそも一人で城を作るなんて不可能なのだ。いくら魔法が使えたとしても一人の人間ができることには限度がある。
そう、限界がある。
それが魔力だ。
「魔力が切れると最悪死ぬこともあるっていうから、気を付けてくださいね」
魔力。それは魔法を生み出す力のことである。『マナ』と呼ばれる超自然エネルギーのことだ。魔法はそのマナを利用し様々な奇跡を起こすもののことである。
マナはこの世界のあらゆるものに宿っている。水にも空気にも、草や木や土、犬や猫などの生き物、もちろん人間にも。
世界はマナで満ちている。魔法はそのマナを操るものである。
ちなみにダイナには魔法の才能はない。マナを操るというのは先天的な才能であり、後天的にその才能に目覚めることはない、らしい。
と、エインは魔法の授業で習った。建国の三英雄の一人である魔法使い『リンドバック』に敬意を表してル・ルシール王国の王族や貴族は魔法の基礎知識を子供の頃に教えられる。ほとんど必修と言ってもいいだろう。
その授業を受け、魔法の才能があるかを確かめ、才能があった場合は実技の基礎を習う。残念なことにエインには魔法の才能がなかったため魔法は使えない。
(授業、楽しかったな……)
魔法の授業を担当してくれた魔法使いのことを思い出す。あまり熱心と言えない教師だったけれど、教科書を読んだり簡単なテストを受けたりとエインにとっては楽しい授業だった。
転生前、病弱で学校に行くことができなかったエインにとっては『授業』というだけで楽しかった。病院内にも院内学級は存在したが、魔法の授業はなんだか学校で授業を受けているような気がして嬉しかったのだ。
「学校……」
エインは魔法コンクリートで作られた城壁を見て思う。
学校に行きたい。
エインは学校に行けなかった。病院と自宅が世界のすべてで、外の世界に憧れていた。
その憧れのひとつが学校だった。同じ年頃の友人たちと遊び、学び、共に過ごす。そう言う普通の生活に憧れていた。
いつか、この場所に学校を作りたい。コンクリートの壁を見上げながら、エインの胸の中にそんな密かな望みが生まれた。
「まあ、先の話だよね。今は、住む家が先」
学校を建てるにしても人がいなくては意味がない。学校の建物だけあったとしても、子供や教師がいなくてはどうにもならない。
それに学校を建てるにしてもダイナの魔力が続かなくてはどうしようもない。
魔法を使うには魔力が必要だ。その魔力の量は人によって違う。そして、魔法を使い過ぎれば魔力、人体に宿っているマナが切れてしまう、いわゆる『魔力切れ』を起こすのだ。
当然、魔力が切れれば魔法は使えなくなる。完全に魔力が切れてしまうと命にかかわることもあるが、大抵の場合体が危険を察知し魔力がゼロになる前に気を失う。
さらにこの魔力は一晩寝たからと言って完全に回復するわけではない。個人の持つ魔力量にもよるが完全に魔力が回復するまでに一か月かかることもあるのだ。
今、ダイナは土と水の魔法を使いコンクリートを精製し、そのコンクリートを土魔法で操って建築に励んでいる。コンクリートの城壁を作り、次にエインたちの住む家を建てるための基礎を築いている。
大きな建物を建築する場合、基礎工事が重要になってくる。地盤が緩い場合は土地改良を行うこともある。
と、エインは転生前の世界で学んでいた。病院に入院していた建築関係の仕事をしている男性から教わった。
病院には様々な人がやってくる。ケガや病気をしていろいろな人が入院している。
そんな入院患者に話を聞くのがエインは好きだった。エインに転生する前の菱木健太は患者からいろいろな話を、外の世界の話を聞くのがとても好きだった。
入院患者の人たちもいろいろな話をしてくれた。
病院、という非日常の場所に閉じ込められると大人であっても不安や恐怖を抱く。病気が良くなるのだろうか、怪我は治るのだろうか、とそんな心配をすることもあるだろう。
そんな不安や心配を抱きながらも入院患者の人たちは話を聞かせてくれた。嫌がる人もいたが、大体の人は快く話をしてくれた。
エインはいろいろな患者さんたちから話を聞いたときのことを思い出す。話しかけた時は不安そうにしていた人たちが、話をしていくうちに少しずつ表情が緩んでいった。入院の不安や恐れが話をすることで少しだけ和らいだのだろう。
そんなわけで転生前のエインは様々な職業の入院患者たちから話を聞いてきた。外の世界を知りたかったというのもあるが、もちろん絵のためでもある。
話を聞き、想像をし、調べ、絵に描き現す。自分の知らない物、知らない土地、様々なものの話を聞き、それを絵にした。
いつ、どこで、何が役に立つのかはわからないものだ。今も、おそらくこれからも。
「ダイナさん、無理しちゃダメですよ」
ダイナはエインの指示に従い、建物の基礎を築いていく。魔法で大きな穴を掘り、そこにコンクリートを流し込んでいく。
掘られた穴は縦五十メートル、横五十メートル、深さ三十メートルの巨大な穴だった。そこに敷石を詰め、大量のコンクリートを流し込み、硬い地面を作り、その上に家を建てる。
作業はとても順調だった。しかし、いつかは滞るとエインは思っていた。
ダイナの魔力が切れれば建築スピードは落ちる、というか止まる。そうなればさすがのダイナも工事を止めるだろうとエインは思っていた。
だが、止まらなかった。
ダイナの魔力はいつまでたっても切れる様子がなかったのだ。
「ははは、さすが超人ですなぁ。魔力量が尋常ではない」
正直、エインは超人という存在を侮っていた。ウォレスが言うように、さすが超人なのだ。
超人とは魔法を使えない魔法使いである。ダイナもエインと同様に魔法の才能はないが、超人であるダイナは普通の人間よりも膨大な魔力をその肉体に宿している。普通の人間ならば耐えられずに命を失うほどに膨大な量だ。
そんな桁外れの魔力を有しながらもダイナが元気いっぱいに生きている。超人というのは普通の人間ならば死んでしまうほどの魔力を持ちながらその魔力に耐え、さらにはその魔力で肉体を強化し異常な身体能力を発揮する存在なのである。
ダイナは超人である。だから筋力で男性よりも劣る女性でありながらも、王国騎士団の中でも上位の実力者となれたのだ。
超人に男女の差はない。あるのは実力の差だけなのである。
そんな異常な魔力を有する超人であるダイナが魔法を操る術を得た。エインが渡した魔法の込められた義手と義眼により、ダイナは魔法の才能を持たない超人でありながら魔法が使えるようになったのである。
その結果が、これだ。
「むう、まだ城は完成していないというのに……」
十一月も終わる頃、ダイナの建築作業は一時中断となった。というかエインが止めた。
ダイナは約一か月の間一日も休むことがなかった。その間に高く分厚い城壁を作り、エインが暮らすための家を建てた。さらには農地となる予定の場所に水路を引き、町となる予定の場所の道路を整備し、まだまだ足りないからと最初に建造した城壁を取り囲むように城壁を作り、その城壁を取り囲むようにまた城壁を作り、町となる予定地を守る三重の城壁を完成させた。
異常である。エインの想像を超える働きだ。しかも、これでもまだまだ不十分だとダイナは言っているのだ。
「城もまだ一階部分しか完成していないのですよ?」
「いや、もう充分広いからね?」
エインはダイナが建築した住居を眺める。コンクリートで作られた平屋建ての建物は縦が約四十メートル、横が四十メートルの正方形の豆腐のような建物だった。エインたち四人と三体が住むには十分な広さだ。
ただし、コンクリート剝き出しの建物だ。さらに言うと『鉄筋』が入っていない。コンクリートの建物には補強のためにコンクリートの中に鉄筋が埋められているのだが、今回建てた建物には入っていない。そこまでの余裕がなかったという理由もあるが、コンクリート自体に鉄と同じ強度を持たせてあるため、鉄筋を使用するのは次回以降にした。
コンクリートで作られた四角い建物。それだけでは寒さをしのぐことはできない。というよりコンクリート打ちっぱなしの建物というのはものすごく寒い。
なのでエインは断熱材を用意した。塗るだけで断熱効果を持たせることのできる『断熱ペンキ』だ。これを塗り外気を遮断することで建物内部の温度低下を防ぐことができる。
そう、塗るだけでいい。塗るだけでいいのだが、問題があった。
「断熱ペンキを塗るのも大変なんだからね? 自重してください」
「むう……」
ペンキを塗る。その作業が大変だった。最初は手で塗り、その後は水を操る魔法でペンキを塗ることができることがわかると、魔法で建物にペンキを塗っていった。
それでも大変だった。建物が大きければ必要なペンキの量も増える。そのペンキを生み出すのはエインの力なわけで、超人ではないエインにはペンキの生産だけでかなり体力を消耗することとなったのだ。
ダイナが元気でも自分がもたない。そう判断したエインはダイナに何とかさらなる建築を思いとどまらせ、一時中断とさせたのだ。
そもそもどうしてダイナは元気なのか。毎日毎日魔法を使い続けているのにまったく疲れる様子がなく、むしろ日に日に元気になっているように見える。
おかしい。おかしいのでとにかく止めるしかなかった。
エインはコンクリートでできた四角い豆腐のような建物を眺める。ペンキを実体化させる際に体力の消耗を抑えるため白色しか用意していないため、本当に建物は巨大な豆腐のように見えた。
「とにかく、住む家ができたんだし今はこれで十分だよ」
これで冬を越せる。おそらく、大丈夫だろう。
「ありがとう、ダイナさん」
エインは嬉しかった。これでなんとか暮らしていける。
平和に、穏やかに、暮らしていける。そう、エインは思った。
思いたかった。
「……でも、何か足りないような」
これからの生活に思いをはせていたエインは何かが足りないことに気が付く。
「あ、窓……」
エインは大きな豆腐のような白い家に窓がないことに気が付いたのだった。
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