消えた人形
力に目覚めてからの数か月間、エインは様々な物を能力で生み出した。実験を兼ねて思いつくものを手当たり次第に描いていった。
絵を描くスピードを最大五倍にすることができる腕輪、一度描いたことのある絵を完璧に複写できる手袋、記憶力を十倍にしてくれる帽子。それ以外にもいくつもの道具を描き、実体化させてきた
その実験の集大成が二体の生きた人形だ。自我を持ち自分の意思で動く魔法の生き人形。
その人形が、消えた。
「いない!? なんで……!?」
エインは慌てふためき車椅子から落ちそうになる。ダイナは車椅子から落ちそうになったエインを抱き留め、ウォレスは部屋の中へと踏み入り中を確認する。
「窓が開いておりますな。まさか、ここから」
部屋を素早く見渡し誰もいないことを確認したウォレスは開け放たれた窓へと向かうと慎重に顔を出し窓の外を確認する。
窓の外には誰もいない。ウォレスは警戒しながら窓の下や上や左右を確認したが怪しい人間は見当たらなかった。
「何者かが侵入した形跡はありませんな」
「そうですね。部屋の鍵は閉まっていましたし」
「まあ、部屋の鍵は私たちが持っているもの以外にもありますが」
ウォレスは地面を観察しそこに足跡がないことを確認する。外から侵入してきた者の足跡も部屋から外へ出ていく足跡もない。
次にウォレスは部屋の中をぐるりと見渡す。そして、ある物が無くなっていることを発見し、エインもそれが無くなっていることに気が付いた。
「せ、設定集も!」
テーブルの上に置かれたマジカル設定集が無くなっていた。
「なんで! ねえ、なんで!」
エインはダイナにしがみつく。そんなエインをダイナは落ち着かせようと宥める。
「落ち着いてください、エイン様」
「そうですぞ。冷静に」
「でも、でも……」
エインは唇を噛む。その顔は悔しそうで今にも泣きだしそうだった。
「もう少し、もう少しだったのに」
もう少し、あと少しだった。もう少しで成功していたかもしれない。
マリーナを守るための人形。エインは大切な人、数少ない友人を守るための力が欲しかった。
自分が弱いことをエインは自覚している。そして、どうやっても強くなることができないことも理解している。不自由な体では大切なものを守りたくても守ることができない。
でも、エインには力がある。自分にしか使えない魔法がある。この力を使えばきっと、きっとマリーナを守ることができる。
守ることができるんだ、とエインはそう考え、信じ、願っていた。
なのに、それなのに。
「エイン様?」
うつむいていた顔を上げ、エインは振り返る。
「マリーナ……」
声の方へ振り返るとマリーナがいた。アトリエには来るなと伝えて部屋から遠ざけていたはずのマリーナがいた。
「ど、どうかなさったのですか?」
心配そうにエインを見ているマリーナ。そんな姿を見てエインは泣き出してしまった。
「ごめん、ごめんね、マリーナ……」
悔しかった。悔しくて、悲しくて、申し訳なくて涙が止まらなかった。
マリーナはエインが四歳の頃から一緒だった。マリーナはまだ十歳で、エインにとっては友人であり、お姉さんでもあり、母親以外に頼りにできる数少ない大切な人だった。
五歳。エインが一度死に健太の魂が乗り移って生き返ったあの時にもマリーナはエインの側にいた。
この世界で体の不自由な人間が一人で生きていくのはとても難しい。誰かの手を借りなくては生活することは不可能だろう
料理をするには火を起こすところからしなくてはならない。電子レンジは無いしガスコンロも、便利な調理家電もない。洗濯はもちろん手作業だ。洗濯機もないし乾燥機ももちろん存在しない。掃除機もなければお掃除ロボットなどあるわけがない。
移動は基本徒歩だ。車も電車もない。足が不自由なエインは馬にも乗ることができない。
エインにとってマリーナは手であり脚であり心の支えだった。彼女は友人であり、仲間であり、恩人で、かけがえのない家族なのだ。
そんなマリーナがいなくなってしまう。まだ何の恩返しもできていないのに行ってしまう。
いかないで、と言いたい。でも、言えない。そんな資格は自分にはない。
だから、少しだけでも、感謝の気持ちを伝えたい。マリーナを守りたい。その一心で頑張ってきたのに。
ただ、大切な人を守りたい、そう思っただけなのに。
「ごめん、ごめん。ごめんなさい……」
無能はいらない。アルバインの言葉が頭の中に蘇る。
無能。無能。無能。無能。
「エイン様!」
エインは驚いて顔を上げる。顔を上げると目の前にマリーナの顔があった。
「あの、えっと。その、何があったのかわからないですけど……」
マリーナはそう言うとエインの手を両手で優しく包む。
「大丈夫! なんとかなります!」
優しく包んでいた手にギュッと力が籠められ、マリーナの真摯な眼差しがエインの瞳をまっすぐに見つめる。
「なにが、どうなのかは、わかりません、けど……」
大丈夫。とマリーナは言ったが彼女は事情を知らない。何が起こったのかわからずに彼女は大丈夫と言っているのだ。
「……ぷ、ふふふ」
そんなマリーナを見てエインは噴き出してしまった。
「あ、あの」
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね」
エインは服の袖で涙をぬぐい、笑う。泣き顔に笑顔を被せる。
「そうだよ。大丈夫だよね。まだ、まだ間に合う」
そうだ、まだ間に合う。と、エインはマリーナを見て思った。彼女がこの城を去るまでにはまだ時間が残されている。
「ウォレス。状況を確認して欲しい。二人がどこへ行ったのか」
「承知いたしました」
「ダイナさんは僕の手伝いをお願いします」
「わかりました」
そう、まだ終わったわけじゃない。サファイアとルビーがいなくなったけれどまだ何とかなる。二人はどこに行ったのか、連れ去られたのか、自分の足で出ていったのかもわからないけれど。
いや、希望はある。もし二人が自分の意思で外へ出たのだとしたら、それは二人に命が宿ったことを意味する。つまりは成功したということだ。
「今のところ自分の意思で外へ出た可能性が濃厚かと」
「それだと、いいね」
エインは苦笑いを浮かべる。まるでウォレスに心を読まれているような気がして、さらには慰められてしまったからだ。
(ホント、情けないなぁ)
慰められて、心配をかけて、助けられて。もう二十歳を越えているのにいつまでたっても子供のようで、そんな自分にエインは苦笑してしまう。
(いや、体はまだ十歳か。そっちに、引っ張られてるのかな)
エインはエインではない。本物のエインフェルトは五歳の時に一度死に、その体に当時十五歳の健太の魂が乗り移って復活した。
あれから五年が経った。今のエインの精神年齢は二十歳のはずだ。十五歳の健太の魂が乗り移って五年が経ったのだから二十歳を越えているはずである。
(大人ってもっとちゃんとしてると思ってたけど。こんなもんなのかな)
小さな頃は二十歳と言えばすごい大人のように思えた。けれど、実際になってみると大人とは程遠い。
しかし、今はそんなことなどどうでもいい。大人だろうが、子供だろうが、関係ない。
探そう。いなくなったのなら、探せばいいのだ。
「頼んだよ、ウォレス」
エインの願いを受けたウォレスは一礼して部屋を出て行く。そんなウォレスを見送ってからエインとダイナは作業を始める。
「あの、私は」
残されたのはマリーナのみ。来るなと命令されてはいたが、どうしても気になりアトリエの掃除をしようとやってきたマリーナだったが、どうにも掃除はできなさそうだ。
「ごめん、マリーナ。ゆっくりお茶でも飲んでて」
と言われてもメイドが主人をほったらかしてくつろぐなどできるわけもなく、マリーナは仕方なくすでに一通り掃除をし終えたエインの自室へと戻って行くしかなかった。
「あの、お菓子でもお持ちしましょうか?」
「いいから。マリーナは休んでて」
「……はい」
マリーナはしょんぼりと肩を落とす。なんだか自分だけ仲間外れにされているようで、寂しいような悲しいような。
「失礼します……」
寂しそうに一礼してマリーナもアトリエを去っていく。そんなマリーナが出て行ったアトリエの入り口を二人はチラリと眺める。
「悪いことをしてしまいましたね」
「でも、秘密だし」
人形制作のことはマリーナには秘密にしてある。してあるが、今更それもどうなのかと思うし、むしろ人手が欲しいのは事実だ。
それでも秘密なのだ。秘密にすると最初に決めたのだから、最後までやり通す。
「意地を張らねば男にあらず。私の父がそんなことを言っていましたよ」
と言ってダイナは笑う。楽しそうになんだか懐かしそうに、そして少しばかり呆れたように笑っている。
「エイン様も男、ということですね」
「……悪い?」
「いいえ。さて、さっさと始めましょうか」
エインは少し顔を赤くする。男、と改めて指摘されなんだか恥ずかしいような照れくさいような、そんな気分だった。
「それで。どうしますか? 一から作り直しますか?」
エインとダイナはいなくなった二人の代わりとなる人形の制作を始める。まだ二人が戻ってこないと決まったわけではないが、だからと言ってただ待っているわけにはいかない。万が一のことを考えなくてはならない。
「そうしたいけど、時間も体力も、正直間に合うかどうか……」
生人形を作るのはかなり体力が必要だ。腕や脚などのパーツを個別に制作し、その一つ一つに能力を与え、組み立て、性格などの細かな設定を行う。そして、パーツを制作する前にどのような人形にするのか決めるためにデザイン画を起こさなければならない。
はっきり言って時間が足りない。もう八月だ。マリーナが城を去るまで約一か月はあるがそれでも間に合うかどうかわからない。
なにせ二体の人形を完成させるのに一か月半かかったのだ。残り一か月で完成させることができるかと言うと、正直わからない。
「確か、予備のパーツがありましたね」
「予備っていうか、試作品だね」
エインとダイナはアトリエの一角に目を向ける。二人の視線の先には布がかけられた何かの山があった。
ダイナはその山のところまで行くと掛かっている布を剥がした。
布の下から現れたのは積み上げられた四肢の山だった。そう、それはエインがサファイアとルビーを作り出すために試作した人形のパーツだったのである。
「ここからサイズの合う物を選ぶのが現実的かな」
エインは車椅子の車輪を掴み自分の力で車椅子を動かしてパーツの山へ近づく。
「体はどうにかなりそうですね」
「うん。でも、顔は……」
パーツの山。そこの腕や脚、上半身や下半身のパーツはある。
しかし、頭部はない。頭部だけは試作品もなければ予備もない。正確には実体化させていない絵として保存してある。
理由はいくつかあるが一番大きな理由は怖いからだ。実体化させた頭部がいきなりしゃべり出したらと思うと、頭だけは怖くてその他の体のパーツのように実体化させることができなかった。
ダイナは山の近くに置かれたスケッチブックを手に取りエインに渡す。そのスケッチブックもエインの力で実体化させた魔法のスケッチブックだ。
エインはスケッチブックを開いく。そのページには人の顔がいくつも描かれていた。
「この中から……。いや、ダメだ」
妥協したくない、とエインは思った。緊急事態であるはずなのに妥協はしたくなかった。
「ダイナさん、体の方はお願いします」
「わかりました」
ダイナはエインに一礼すると腕や脚が積み上げられたパーツの山の中から良さそうな物を選び出していく。そして、エインはダイナが組み上げるはずの体に見合う顔の制作に取り掛かる。
時間がない。となれば全力だ。
エインはこの数か月で制作したマジックアイテムを装備していく。
描画スピードを5倍にしてくれる『スラスラブレスレット』。集中力や思考力を上げてくれる『天才メガネ』。芯の減らない『無限鉛筆』に同じく芯の減らない『無限色鉛筆』。見ているだけでアイデアを閃く『ピッカリひらめき君人形』。
それ以外にもいろいろと作り出した。エインはそれらを使用し、人形の頭部の制作に取り掛かった。
実体化させる際に消費する体力を四分の一に減少させる効果のあるチョーカーを制作したが今回は使用しない。あれを使うと五回に一回は実体化に失敗することが分かっているからだ。
それに体力を消耗しても死ぬことはない。今のところはであるが。
体力を消耗した後のリカバリーも用意してある。ならば、あとはやるだけだ。
エインは覚悟を決める。覚悟を決めたエインの目に強い光が灯る。
もう先ほどまで泣いていた少年はどこにもいない。そこにいるのは最高の作品を描き出そうとしている王国最高の絵師だった。
エインは鉛筆を握り迷いなく線を引き始た。
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