楽な道なんてないって言うけど、精一杯楽して生きていたい――AT REAL後半

「なんだかまるで、歴史を無理矢理縫合したみたい」

「確かに。歴史の教科書をバラバラにして、気に入ったところだけスクラップにして作り直したみたいな」

 何かが引っかかる。継ぎ接ぎ、縫合、作り直す、再構築……?

「あ! 月刊ムートン!!」

「シーっ! どうしたのさ、藪から棒に」

「あ、すいません」

 また急に大声を出してしまった。周囲に居た学生と思しき人たちの視線が刺さる。

「えと、ちょっと前に読んだ雑誌にKODE:LiONのインタビュー記事が載っていまして。そこにKODE:LiONが、世界を再構築しようとしてる、みたいなこと言ってて」

「何かヒントがあるかも。でも流石に持ってきては……ないよね?」

「昨日は持って出たんですけどね、今日は、ごめんなさい」

「いやいや、謝ることないよ。でも、そうだね。それはぜひとも読んでみたい。図書館だし、バックナンバー置いてないかな?」

 いやいやいやいや、あんな三流オカルト雑誌、最高学府たる大学に置いてあるわけが……。


「本当だ、KODE:LiONのインタビュー記事が載ってる。しかも結構な量だね」

 いや、あるんかい。電動式の書庫にひとしきり感動した後、俺たちはまたスタディスペースに戻って、月刊ムートンの5月号に目を通していた。

——つまり、UTOPIAはKODE:LiONさんにとっての理想の世界を再現しているということでしょうか?

K:L:再現、というと少し違うね。確かにUTOPIAはあたしの理想の世界だが、まだ発展途上だし、壮大な実験場でもあるんだ。

——実験場、というのは?

K:L:あたしがやりたいのは世界の再構築さ。その実験にみんなには付き合ってもらっているってわけだ。理想像というのは得てしてぼやけているものだろう? それを克明にしていくために、みんなにはUTOPIAに歩き回ってもらう。そうすることで、あたしが見ている理想よりもよりリアルな、生の質感が追加されていく。そうやって世界は出来上がっていく。

——自由度が高く、プレイヤーに楽しみ方が委ねられているのには、エンターテイメント性だけでなくそうした理由があったんですね

K:L:だから、プレイヤーのみんなには感謝しかないよ。もちろん、あたしの無謀な挑戦に付き合ってくれている制作会社のみんなにも、ね。彼らが動き回ってくれるおかげで、あたしの目的が果たされていくのだから。

——UTOPIAを制作しているピローは、UTOPIAの大ヒットを受けて今や日本屈指のゲーム会社ですね。KODE:LiONさんはもともとはインディーズゲームを作っていたわけですが、どういった経緯があって現在に至るのでしょうか?

K:L:どこから話そうかな。ご存じの方もいるかもしれないが、あたしが生まれ育った国はお世辞にも治安が良いとは言えなくてね。みんな貧乏で、あたしは比較的裕福な家に生まれたけど、それでも日本の一般的な家庭と比べたらお金持ちとは口が裂けても言えなかった。日本みたいに子どもだけで遊びに行くなんてもってのほかで、小さい頃は外出自体が固く禁じられていたものさ。そんなあたしにあった唯一の娯楽は、中古の日本製のゲームだった。ゲームに出てくる日本はとても豊かで、平和で、まさしくユートピアに見えたものだったよ。だから、小さいころから絶対に日本に行くって決めてたんだ。

——そういったきっかけがあって日本にいらっしゃったんですね。

K:L:そのためだけに死に物狂いで勉強したよ。なんせ地球の反対側にある日本に行くお金なんてなかったからね、国費で留学するしかなかったのさ。

——実際に訪れて、日本はユートピアだったのでしょうか?

K:L:思い描いていた理想像とは違ったよ。だけど、あたしにとっては安住の地に他ならなかった。場所を変えることによって、見えるものも大きく変わった。カバンでカフェの席をとっておくことができる国で、あたしはようやくリラックスして、やりたいことができるようになったってわけさ。大学在学中にゲーム「ユートピア」を発表した。プロットもドットも全部自分で打ったから大変だったのを覚えてるよ。

——大学生の時に既にインディーズゲームを出していたんですね

K:L:ははは、その当時はどうしても母国に帰りたくなかったからね。早く結果を出さなきゃと必死だったのさ。だけど、おかげで今のピローの社長からお声がかかった。ぜひウチで作ってみないか、てね

——そうして現在に至ったんですね。今後のUTOPIAの展望について教えてください。

K;L:UTOPIAはこのほど、次のステップに進んだ。きっとこれからもっと面白くて素晴らしくて、住み心地の良い世界をみんなに提供できるだろう。賢明なプレイヤー諸君によってUTOPIAの世界は開拓され尽くしてきたように見えるかもしれないが、安心してくれ! まだ発見されていない島やギルドがまだまだあるぞ。早く見つけてくれたまえよ、そこにディテールが加えられていくのをあたしは楽しみにしているのだから

「やっぱすごいですよね、KODE:LiON。大学生のうちに世界的にヒットするゲームの原作を作ってるんだから」

「いや、そこじゃないでしょ。大事なのはもっと序盤のところ」

 玲さんはそう言って雑誌の冒頭を覗き込む。ツーブロックの頭が急に近づいてビビった。いい匂いだな。

「KODE:LiONは世界の再構築が目的だって言ってる。普通はゲームの世界観にこの世界のいろいろな要素をちりばめてるってとらえるところだけど」

「歴史ごと再編成しているって解釈することもできなくはないですね」

 KODE:LiONが人知を超えた歴史修正主義者だったとして、自分にとって理想的な世界を歴史ごと作ろうとしてるって言うんなら、ゲームのUTOPIAに出てくるギルドが色々な国や地域を継ぎ接ぎしてできているというのは納得いく。

「ただ、もしもKODE:LiONの脳内に理想の世界があるんだとして、それをゲームで作っているんだとして、どうしてそれが私たちの夢に出てくるんだろう?」

 結局はそこに行きつくことになる。

「同じ夢を人に見させる方法、それも自分が作り直した理想の世界の夢を複数人に同時に」

「KODE:LiONが作った世界に僕たちは夜ごと拉致されてる、って推理はやっぱり無理筋ですかね?」

「でも、KODE:LiONが『UTOPIAはこのほど、次のステップに進んだ』って言ってるよね。これがもし私たちを夢の世界に引き込んだことだったとしたら……」

 俺たちは二人で頭を抱えた。素っ頓狂な推理ではあるのだ。だが、KODE:LiONがゲームのUTOPIAで得たフィードバックをもとに俺たちの夢の世界を作っているんだとしたら、夢の世界の方にゲームでは知りえなかった場所があったり、ゲームよりもディテールが作り込まれていたりするのにも納得がいく。

「お悩みのところすまないが、眼鏡をかけていて長髪を後ろに結わえた浅黒い女をみていないか?」

「どわぁ!」

 何だ、誰だ急に!

「シーっ! ごめんなさい、考え事に集中してて」

 玲さんに諫められながら、声のする真後ろを振り返る。真っ黒なタートルネックを着た背の高い男が見下ろしていた。てか近ぇ! 男は俺の椅子の背にべったりとくっついていた。

「驚かせてすまない。眼鏡をかけていて長髪を後ろに結わえた浅黒い女をみていないか?」

「えっと、僕ら、その、ここの学生じゃないん、で。あれ、その特徴は」

 さっき部室棟で嵐のごとく去って行った――

「アベさん?」

 玲さんが俺からバトンを受け取って言った。

「なんだ、知り合いなのか。どこにいる?」

「いえ、知り合いというわけでは。先ほどは部室棟に居ましたよ」

「そうか。邪魔をしてすまなかった」

 全くだ。

「いえ、そんなことないですよ」

 内心とは真逆の言葉を吐いた。

「ふむ。閉館時間も近いし、図書館には居ないだろうな。他をあたることにするか」

 そう言うと男は足音をほとんど立てずにスタディスペースを出ていった。無駄のない足運び、だから真後ろに立たれても気付かなかったんだろうな。

「私たちもいったん退散しようか」

「へ?」

「さっきの人も言ってたでしょ、閉館時間だよ」

 気付けばスタディスペースには俺たち以外に誰もいなかった。慌てて帰り支度をする。嫌なんだよな、こういうところで最後の一人になるの。

「結局、幽霊屋敷のことも私たちの夢の世界のことも、何もかも分からず仕舞いだったね」

 玲さんはカバンを肩にかけて図書を手にスタディスペースの扉を開いた。慌てて残った図書を抱えながら、閉まり行く扉の隙間を通り抜ける。階段も、先を行く玲さんもオレンジ色に照らされていた。

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Ouracle イワプロ @Ouracle

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