楽な道なんてないって言うけど、精一杯楽して生きていたい――AT REAL前半
——楽な人生なんてない。ボンボンに生まれようが貧乏人に生まれようが、裕福な国に生を受けようが発展途上国に生れ落ちようが、背が高かろうが低かろうが、頭がよかろうが悪かろうが、男だろうが女だろうが……。どんな人生にも平等に苦難は訪れるし、人それぞれに辛いことがある。いろいろなところでこういう話を聞くけど、くそくらえだと思う。生まれや環境に文句はたくさんあるが、それでも楽に生きていける既定路線は絶対にある。どうにかして脱輪しないまま、楽だと思われるレールの上を必死に走っている真っ最中だ。——
武蔵野文理科大学の図書館は、建物自体はいい具合に古びちゃいたが、大学図書館であることを加味してもかなり大きかった。玲さんが押し開けた扉を、閉まらないうちにすり抜けて構内に入る。重厚な木製のカウンターはあったが、受付をする必要もなく、すんなりと蔵書にありつくことができそうだった。
「すっげぇ、がばがばセキュリティですね」
「大学図書館ではあるけど、学外からの利用者も多いのかもね。私たちからすれば好都合だけど」
玲さんはそう言うと案内板を背伸びして眺めた。
図書館に何の用があるかというと、調べものである。何を調べに来たのかというと、俺の苦手教科についてだ。
「しかし、別に図書館でわざわざ調べなくてもネットで検索すりゃいいんじゃないすかね?」
案内板から目的地を見出した玲さんに声をかける。
「それは分かってるよ。ただ、万が一より深い知識や情報が必要になったら、ネットだけでは見つからないかもしれないでしょ? それに本の方が体系的に情報が仕入れられて、かえって時間がかからないかもしれないし」
「まぁ、大学に来たついでと考えればいいですね」
「そういうこと」
玲さんは図書館を歩き出した。カウンターを通り過ぎて、エレベーターを横切り、階段を上がっていく。階段には大きな窓があって、太陽光が行く先を照らしていた。
図書館の3階のメインコンテンツは「史学」だ。文学史、美術史、政治史……、うわぁ、全然そそらねぇ。むしろ吐き気がする。
「僕、歴史そんなに好きじゃないんですよね……」
成績のためだから仕方なくやっていたが、歴史は、というか社会科系の科目はコスパが悪いから好かない。1つのことを覚えても1点にしかならん。でも数学や物理は公式さえ覚えてりゃ、あとは頭をひねればどうにかなる。
「あはは、奇遇だね。私もだよ」
乾いた笑い。玲さんも調べ物自体には乗り気じゃなさそうだ。
しかし、意外だな。玲さんも苦手なのか。
「玲さんって、文系ですよね?」
「へ? うん、そうだよ」
「でも、歴史は苦手なんですか?」
「いやいや、文系だからってみんなが歴史が好きなわけじゃないよ。理系科目が苦手だからって消極的な理由で文系を選ぶ人もいるわけだし」
それはそうか。歴史以上に理系科目に苦手なものがあるのかもしれないし、あるいは国語がかなり得意なのかもしれない。
「じゃあ、得意科目は?」
「す、数学と情報」
「じゃあなんで文系選んだんですか!?」
先ほどの言いぶりからは矛盾した発言に思わず声が大きくなる。
「シーっ! まぁ、その、色々あったんだよ。進路を決める理由なんて、向き不向きだけじゃないはずでしょ?」
「では弁護士とかエコノミストとか具体的になりたいものがあるんですか?」
「いや、全然?」
話が嚙み合わねー! ただ、得意科目に関しては意外な共通点だ。考え方が違うだけで、根本には似ている部分があるのかもしれない。
「まぁ、とにかく。乗り気にならないですけど、探してみますか。夢の世界と、歴史上の出来事との共通点」
そう、これが今回の調べ物の理由。俺たちが夢に見る世界と、ゲームのUTOPIAには、世界史上の出来事と不可解な共通点があった。
「多分、レインボーフットにあった各国もそれぞれ、歴史上のどこかの国と共通点があるんだろうけど、今回は大邑に絞って資料を漁ろう」
「ということは、中国、ですね?」
大邑が中国をモデルにしていることくらいは、歴史の苦手な俺でも分かった。中華ファンタジーのゲームは好物だしな。ただ、それが中国のどの時代のどんな場所をモデルにしているかまでは考えたことがなかった。
「うん。できればその周辺の国についても調べたいところだけど、流石に厳しいかなぁ」
気になる本を手にとっては見るが、蔵書が多くてどれを読めばいいか分からなかった。とりあえず勘で流し読みする本をピックアップしていく。歴史に関する本はどれも分厚くて、しかも読みにくそうだった。今日明日でどうにかなる物量ではない。
「とりあえず今ある分だけでも読んでみます?」
既に両手に2人で10冊ずつ抱えていた。多分1年かけても読み切れない。いや、読む気にならない量だ。
「2階にスタディスペースがあったから、そこで読もうか。うるさくしすぎなければ、喋っても大丈夫らしいし」
虫食いが出来た本棚を後に、俺たちは再び階段を降りた。
スタディスペースは後からできた部屋なのか、大きな白いテーブルが5つ並んだ小綺麗な空間だった。自動販売機もついていて、俺たちのほかにもちらほら学生がいる。なるべく隅の方に本を置いて、腰を下ろすことにした。
「なにもこんな端っこに座らなくっても」
「いや、流石に制服着た女子が大学図書館に居たら目立ちますって」
「それもそうか」
玲さんはそう言ってネクタイを締め直した。
「今のところ、分かっているのは大邑の境遇がアヘン戦争の時の清っぽいってことですよね?」
俺は清の歴史について扱った本をぱらぱらとめくる。
「リバティがアヘンで、スクラプレックスがイギリスってことになるのかな?」
アヘン戦争はアヘンの密貿易を巡って行われた、清に対するイギリスの侵略戦争らしい。
「でも、ゲームやってる感じだと、スクラプレックスってイギリスがモデルじゃないっぽいんですよね。雰囲気的には」
「アメリカっぽいよね」
ゲームのUTOPIAを制作指揮しているKODE:LiONが何も明言していない以上、どのギルドがどの国をイメージしているかなんて想像するしかないわけだが、スクラプレックスの摩天楼やサイネージの数々を見ているとニューヨークみたいな雰囲気がある。イギリスっぽいとは思えない。
「それに大邑は長らく鎖国をしていたって言ってたけど、清は鎖国なんてしていなくて」
「当時鎖国してたのは日本ですもんね」
これが不可解なのだ。俺たちが夢に見る世界にしろ、ゲームのUTOPIAにしろ、モデルが定まりきらない。まるで、一定の地域を継ぎ接ぎにしたみたいになっている。
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