楽な道なんてないって言うけど、精一杯楽して生きていたい――AT UTOPIA後半

 結局、その燃え殻になっていった男が最後の生き残りだったのだと気付くのに時間はかからなかった。なんせどこの家ももぬけの殻だったからな。村ごと捨てて移動してくれてりゃまだ救いはあるんだが、そうではないだろうということを広場の様子は物語っていた。


「しかし、さっきの男ばかりみてたせいで気づけなかったが、凄まじい量の焦げ跡だな」


 石畳の広場には、ちょうど人があぐらをかいた時と同じ大きさの、いびつな黒ずんだ楕円形がこびりついていた。


「忸怩たる思いだ。せめてもう少し早く、この村に立ち寄ることができれば……」

「さっきの男は救えてたってか、足が遅くて悪うござんしたね」

「いや、決してそんなつもりで言ったわけでは……」

「わぁってるって。ただ、俺も――」


 情けない。そういう気持ちに苛まれていた。ついさっきまで腹が減った、お菓子でも作ってんのかもって、はしゃいでしまっていた自分が恥ずかしかった。


 この世界でちゃんと人が死ぬのを間近で見るのは、初めてだ。


 ゲームでなら見慣れた光景も、この生々しい夢の世界ではあまりにも気分が悪くなる。VRゲームとはけた違いの没入感だ。


「ただ、俺も悔しいってだけだ」


 別にのじゃしょたサイコジジイエルフが森を焼き尽くそうが、どっかの島同士が戦争をしていようが、自分とは関係ないしどうでもいいと思っていた。なんせ、所詮はちょっとリアリティの高い夢、程度にしか思ってなかったからな。でも、さっきのはちょっと堪えた。顔も名前も知らないやつが、目の前で死んだってだけで、胸の奥がきゅってなって、心臓の音がガンガンと大きくなった。


 別に、大邑ではさっきの男と同じようにリバティの影響で死んでいる奴が大勢いるってのにな。目の前で死なれたから、助けられたかもしれないからってだけで感情を揺らされるなんて、底の浅い男だと自分が情けなくなる。


「強くなんなきゃだな」


 自分で自分に言い聞かせた。現実世界で無事が確認できたから良かったものの、もしかしたら春日玲、いやリトリヤの幽霊も、助けられたはずなのに死なれてしまったかもしれないのだ。あと数センチ、伸ばしても届かなかった手を思い出す。


「……ああ、そうだな」


 盤帝にとっても心に来るものがあったのか、俺の独り言に同意したようだった。


 外はすっかり真っ暗で、俺の足元をとぼとぼとついて来るGUIDEが放つ青白い光と、盤帝が明かりとして灯した小さな松明の赤い光だけが、2人の周囲を照らしていた。


「心苦しいが、この家を一晩だけ借りることにしよう」


 そう言って盤帝は、小さな一軒家に目星をつけた。別にもっと広い家を借りりゃいいのに。松明よりも盤帝の爪に火を点した方がよっぽど明るそうだ。


「良い家だ。長旅で疲れたろう? しっかり足を休めてくれ。食事もろくに出せなくて申し訳ないが」

「いや、いいよ。疲れたは疲れたし、腹は減ってるけど、そこまでお客さん気分で甘えるつもりはないって」

「まだ薪も十分に残っているな、風呂を沸かすから休憩していてくれ」

「おいおい、そこまでしてもらわなくっていいって言ってるだろ?」


 いや、ありがたいけどね。タイユウヌマネコモドキにかじられてぬとぬとしてるし、あと嫌な甘ったるい匂いが服にこびりついてるし。


「いや、違うんだ。これはわたしが好きだからするのだ。だから、気をもまなくて良い」


 そんな奴がいるか! と言いかけたが、実際盤帝は楽しそうに薪を選んでいた。なるほどね。お世話好きでもあるわけだ。昨日からだんだんとこいつの素性が分かってきた。もし現実に居たら、お節介焼きで人を疑うことを知らない学級委員になっていたに違いない。


「しかし、天啓が使えないと不便だな。火も起こせないし、明かりも灯せない」

「はは、それは半分正解で半分誤りだ。アルケミアは使えぬが、仙術、つまるところ自らの身体のみを用いた天啓であれば火も起こせる、この通り」


 盤帝はそう言うと、風呂のかまどに薪をくべて、手をこすり合わせた。すると手のひらから火の粉が薪に落ちて、瞬く間に広がった。


「すっげぇ!! そんなことできんのか!? 教えてくれよ!」

「このやり方はトワ殿から教わった気がするのだが」


 昔の俺、すげぇな。


「やっていることは、極端な体温調節に過ぎぬ。手を合わせて、手のひらに意識を集中して……、そうだ、摩擦で火を起こすことを想像するのだ。体に流れる気を、手のひらに込めて」


 盤帝の指示通りに手を合わせると、盤帝はそれを包むように手を重ねてきた。こっぱずかしくて気を集中しなくても熱くなってくる。


「うん、そうだ。十分に熱を持ったら、手を擦り放す」


 盤帝が俺の手をスライドさせると、火打石みたいに小さな火の粉が手元から零れ出た。


「ケチな火だな!」

「はは。だが、長らく眠りに落ち、仙術が何たるかも朧気な人間には思えぬ習得の早さだ。やはり、トワ殿は素質が違うな」


 盤帝は笑った。


「へっへっへ、当たり前だ」


 唐突に褒められてキモイ笑いが出る。抑えろ、俺。


 しばらくの間、俺と盤帝はパチパチと音を立てて燃える火を眺めていた。赤々と照らされた盤帝の口が、再び開く。


「ただ、わたしはこのやり方もあまり好きじゃないんだ」

「というと?」


 要領を得なくて訊き返す。


「天啓に頼り過ぎている気がしてならないんだよ。読んで字のごとく、天啓は天から与えられた力だ。それに依存して生きていては、いざ力が失われた時に何もできなくなってしまうだろう? 便利さは時に人を殺す。身の丈に合わぬ力に寄りかかっては、独りで生くる力を失ってしまうのだ」


 あー、なるほど。天啓は現実世界で言う科学みたいなもんだと考えれば、クーラーガンガンにかけて家でゲーム三昧の俺に、自然に触れないとだめになると外出を促す家族みたいな言い草だな。そりゃ向こうだったら突然停電になるとか、回線が落ちるとかで科学のありがたみを知ることはあるが――


「天啓が使えなくなる、なんてことねぇんじゃねぇの? いらねぇ心配だろ、そりゃ」

「はは、そうかもしれないな。ただ、現実問題、この盤石山は天啓を部分的に拒んでいる。あり得ないなんてあり得ないのだ。故に備えるに越したことはない、ただ今回は――」

「今回は?」

「風呂が沸いてしまったな。先に入ると良い」


 困ったように笑う盤帝は、傾国の君主ではなく普通の女性のように見えた。


 それから俺が入浴しているところに盤帝が入ってきたり、何故か一枚しかなかった布団で一緒に寝ることになったりと思い出すのも嫌な事件がこの夜にたくさんあったが、割愛。




「ここから右手に折れれば、起源廟がある。久々に案内してやりたい気持ちは山々だが、流石にこれ以上玉座を開けていると怒られてしまうからな。大邑が平定した時は、巡り歩くこととしよう」


 起源廟は、確か図書館だったか。ゲームの世界にはなかったからなぁ、ぜひ行きたいものだが……。てか君主でも怒られることってあるのか?


「さぁ、門を潜ろうか。ここから春京だ」


 巨大で真っ赤な開かれた門扉と、整った石造りの道。門の向こうには今まで見たどの街よりも巨大な都市と、その遥か向こうに微かに王宮が見えた。見惚れてはぐれないように、盤帝の背を追いかけるように、俺は門を潜り抜けた。


「あ痛!」


 先に門を潜った盤帝が、唐突に間の抜けた声で痛みを訴えた。何事かと思って身構えると、そこには背の高い男? 女? どっちか判別つかない人が、盤帝の頭に手刀を喰らわせていた。何事だ?


「え・い・し・さ・ま~!!?? この大変な時期に1週間も国を空けるとは何事でございますか!!」


 影子(えいし)は、確か盤帝の本名だよな? だとしたらこいつは誰だ? 格好としては召使っぽいが。


「す、すまない。よくわたしがこっちから春京に入ると分かったね」

「影子様の考えることなどお見通しです。どうせ正門から入ったら門兵に見つかると思って、第十一門からこそこそ王宮に忍び込もうと思ったのでしょう?」

「はは。いやはやご明察だ。しかし、目立たぬ門はここ以外にも幾つもあるというのに」


 おお、あの盤帝がタジタジだ。めっちゃ怒られてる。


「い・い・え! ここが月影島から来るのには一番遠回りですもの。ここ以外はあり得ません。おや、まさかまた旅の人を影子様の膝栗毛に巻き込んだのですか?」


 召使っぽい人は俺のことをちらっと見た。また、って盤帝はいつもこんなことしてんのか。思っていたより自由人なのかもしれない。


「巻き込んだというか、わたしが招いたのだ。紹介しよう、こちらはトワ殿。永く眠りについていた英雄だ」


 なんか、その紹介のされ方むずがゆくなるな。


「ほ、本物ですか!? これはこれは」


 それで急にかしこまられるのもなぁ。


「そしてトワ殿、こちらは――」

「私は空(コン)。影子様に仕える官吏です。もともとは帝位継承権第三位でしたが」

「と、というと?」

「つまるところが、わたしの弟だ」

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