月白相照らす——AT REAL 後編

「つまり、武蔵野文理科大学にあるオカルト研究会ってサークルが原因で、あの日、幽霊屋敷に侵入者が現れたってことですか?」


 大学へと続く並木道を歩きながら、光輝くんは言った。


「うん。というよりは、そのサークルのメンバーがあの幽霊屋敷にやってきたんじゃないかって思ってるんだ」


 あの日、というのは私が幽霊のメンテナンスをしようと私が暮らしていた空き家に行ったら、光輝くんと偶然遭遇した日のことだ。それだけで済んだらよかったのだが、空き家に2人の侵入者が現れ、見つからないように空き家の押し入れに隠れたのだった。その後、不思議な光に包まれて、よくわからない映像が網膜にこびりついて、気付いたら侵入者の姿はなかった。よく分からないまま帰ったあの日のことは、今も謎だらけだ。


「それは、何でですか?」


 光輝くんは大学の正門をおっかなびっくり潜りながら尋ねてきた。


「これを見てほしいんだ」


 私はスマートフォンを取り出して、ブックマークしていたページを光輝くんに見せた。


「武蔵野文理科大学オカルト研究会公式ホームページ?」


光輝くんは私の手元を覗き込んだ。


「多分、サークルのブログみたいなものなんじゃないかな。更新は不定期なんだけど、タグを見てほしいんだよね」


 ブログのページには記事本文だけではなく、その横に記事ごとに設定できるタグがついていた。


「タグ、ですね。えっと、仮説、調査、報告?」


 ブログのタグは大きく3つに分かれていた。


「そう、この仮説っていうタグでは巷の都市伝説やうわさ話について、新しい視点の仮説を立てているみたいなんだ。例えば未来からやってきたとされてるジョン=タイターは本当は宇宙人で、自分の予言通りに地球を改造しようとしてるなんて一笑に付されるようなものもあれば、幽霊の正体は平行世界からの侵入者だ、なんていう意欲的な説まで。うーん、私にはよく分からないんだけど、いろいろと仮説を立てて、それを調査タグの方の記事では検証しているみたい」


 正直、オカルト話には基本的に興味が湧かない。それでもこのサイトに辿り着いたのには理由がある。


「幽霊屋敷は、月吉ではちょっと有名なうわさ話だったでしょ?」

「ああ、まあ、確かに。ここ数年の話ではありますけど」

「うん、そうだね。どうやらこのオカ研は記事のネタに困ったのか、幽霊屋敷を取り上げたみたいなんだ」


 光輝くんは自らの頭を私のスマートフォンの画面から離して、自分のスマートフォンを取り出した。どうやら、そっちでオカルト研究会のサイトにアクセスしているみたいだ。


「どれどれ。いや、全然記事出てこないですよ?」

「うん、そうだろうね。だって、記事は削除されているから」

「それじゃ、どうして? まさか魚拓でもとってる人が居たんですか?」

「ギョタク?」

「サイトとかをそのまま丸ごと保存したりとか、コピペしておいたりすることです。それでネット上の問題発言とかを保存しておいて、記事を削除しても証拠として残しておくんですよ」

「そうだね、いわゆるそのギョタクを取っているサイトがあって。ようはウェブアーカイブに、あの幽霊屋敷に関する仮説が乗っていたんだ」


 私はそう言って再びスマホの画面を光輝くんに示す。私たちが幽霊屋敷で遭遇する、1日前の記事だ。


「どれどれ、『山の手の幽霊屋敷の正体見たり。月吉の小高い丘の上、鬱蒼とした木々が影を落とす幽霊屋敷は、巷ではちょっとした心霊スポットだ。かつては仲睦まじく幸せな家族が暮らしていたというその家の一員であった聡明な少年に不幸があり、そこから立て続けにポルターガイストなどの怪奇現象が起こるようになったと言われている。不気味がった家族は家を引き払い、もぬけの殻。しかし、そこには幽霊だけが取り残され、今でも家族の帰りを待っているという。家族が今どうしているかは不明。一家離散したとも、まったく別の町で少年のことを忘れて幸せに暮らしているとも、もう死んでしまったとも言われている』」


 人の家について憶測だけで、よくもつらつらとこれだけのことが書けると感心する。


「『奇妙なのは、この家で起こるとされているポルターガイスト現象だ。噂で聞く現象は、台所でのものと2階の子供部屋で発生するものに大別されるのだが、いずれもオーブンの扉が突然開くだの、椅子が一人でに動き出すだの、本棚から本が落ちてくるだの、超常現象の域に達していないことである。別に地震が起きても同じようなことが起こる可能性があるだろう。物が宙に浮くだとか、それこそ幽霊が襲ってくるだとか、そうした非現実的な出来事は一切起こっていないようなのだ。私たちは、これを人為的なものと断定して、面白半分ではなく探求全部で調査することとする』。なるほど。この仮説は?」

「うん、鋭いよね。おおむね合っていると言える。どうやって現象を制御しているかまでは見当がついてないから、実際に行って調査しようってなったんだろうね」

「あの、ずっと尋ねるタイミング逃してたから今聞くんですけど」


 光輝くんは立ち止まり、改まって言う。


「一体、あの家で、幽霊屋敷で何をしてるんですか? 何が目的なんですか?」


 当然の疑問だと思う。だけど――


「後でそれについてはお話させて。その、ちゃんと話すと時間がかかっちゃうから。まずは幽霊屋敷の記事の話を」

「うーん、はい、まぁ」


 光輝くんは大学構内を歩き出す。休みの日だからか人の数は少なかった。


「わっかりました。つまり玲さんは、このオカルト研究会のメンバーが仮説を検証するための調査をしに来てて、それに僕らはバッティングしたって言いたいんですね?」

「うん、多分、ね」

「だとしたら何で記事を削除したんですかね? せっかく調査しに来たのに」

「さあね。それは分からないよ。ただ、この仮説の記事がアップされてから幽霊屋敷にやってくる人の数が増えたんだ」


 せいぜいが週に1人か2人そこらしか来なかった寂れた心霊スポットも、ネットの記事が原因でそれなりに人が訪れるようになった。闖入者が少ないから噂が少し立つ程度で済んでいたが、流石に毎夜毎晩誰かがやってくるとなれば、私のチープな仕掛けはばれてしまうだろう。だから、今はシャッターを閉じて鍵も閉めて、誰も入れないようにしている。


「いい迷惑だし、それについても陳情を入れたいところだけど、おっと、着いたね」


 広い大学構内、キャンパスの端っこの方にサークル会館があった。経年劣化なのか、建物は老朽化しているように見えた。


「幽霊屋敷に負けず劣らず雰囲気がありますね。あっと、ごめんなさい」

「別にいいよ。それじゃあ入ろうか」


 建物の外からでも太鼓の音やギターの音、歌も聞こえてくる。それぞれのサークルが思い思いに会館の中で活動に励んでいるようだ。


 光輝くんがなかなか入ろうとしないので、私が先に会館の扉を押し開けた。閉じ込められていた楽器の音があふれ出してくる。扉を開けた先は吹き抜けの広場のようになっていて、銘々の階から多種多様な音が聞こえてきた。ちょっと待って、と言いながら遅れて入ってきた光輝くんが後ろ手で扉を閉める。


「いやいやいやいや、制服着た女子高生が突然こんなところに入ったら怪しまれるでしょ!?」

「大丈夫だよ、みんな一生懸命練習してるし、ばれないって」


 ちょっと大胆すぎただろうか。いずれにせよ、周囲の人たちは私たちのことなど気にかけずにそれぞれの活動をしていた。


「映画を作る会、DTM愛好会、鉄道研究部、天文俱楽部、うわー、大学ってたくさんサークルがあるんだね」


 ところどころタイルのはがれた床をローファーで踏みしめながら歩いていく。建物は外見よりも広く、広場の奥にはそれぞれのサークルの部室があり、鉄製の扉にはどのサークルの部屋なのかわかるように張り紙がしてあった。


「これじゃないですか?」


 光輝くんは私が見ていたのとは反対側にあった扉を指さして言った。


「随分と年季が入ってるけど、確かに」


 紙としての体裁をかろうじて保っていたわら半紙には、かつては濃くはっきりとしていたのだろう文字で「オカルト研究会」と記されていた。


「来たはいいですけど、どうするんですか?」

「見学させてもらえばいいんじゃない? 会員に私たちがあの日に見たのと同じような背格好の人が居れば、それが調査員だってわかるわけだし」

「え? それ本気ですか? て、ちょっと――」


 私は光輝くんに構わず、鉄扉をノックした。ゴンゴン。鈍い音が返ってくるだけで返事はない。


「誰も居ないんじゃないですか?」

「おかしいな、ホームページには『年がら年中、時を選ばず活動中』って書いてあるのに」


 もう一度ドアをノックしようと手を上げる。


「ああ、今日はお休みだよ」

 鉄扉を無用に叩く前に、先ほど私たちが歩いてきた方向から声が聞こえた。

「なんだい、君たち。入会希望者かい?」


 声の主は、褐色で背が高くて髪を1つに結った女性だった。日本人離れした出で立ちだ。


「あ、えっと、僕たちは――」

「挨拶」


 光輝くんが最後まで言い切る前に、圧の強い女性の言葉がそれを遮る。


「こ、こんにちは」


 恐る恐る挨拶をする。


「うむ。こんにちは。で? 改めて聞くけど何のようだい? 入会届なら今切らしてるけど、webのフォームから申し込むこともできるよ」

「いや。僕たちはこの大学の生徒ではなくて」

「構わないよ。他学の人間大歓迎。と言っても外部の会員は君たちが初めてになるが」


 女性は両手を広げている。歓迎を示しているんだろうか?


「入るとは言ってないです。それに、まだ私たち高校生ですよ?」

「ほう? そうなのかい? てっきり女子高生のコスプレかと」

「本職だよ! あ、失礼しました」


 話のペースが乱れる相手だ。


「なんにせよ、入会希望じゃないとすればなんの用が?」

「えっと、実は人を探してまして。多分オカルト研究会に所属しているんじゃないかと」


 光輝くんが切り出してくれた。


「ほう。誰だろう。ロドリゴかな、フェルナンデスかな、イーサンかな」

「随分と国際色豊かですね!」


 光輝くんも結局向こうのペースに乗せられてしまっているようだ。

「あっはっは、そうだろう。そしてワタシの名前は――アベだ」

「純日本人じゃねーか! あ、失礼しました」


 光輝くんの貴重なため口がさく裂した。


「あっはっは! 君たちとは気が合いそうだね。でも、先ほどアナウンスした通り今日はお休みだ。週休二日制が成立したころから、土曜日というのは休むべき曜日だろう? また日を改めておいでよ。その時にはお茶菓子くらい出してあげるさ」

「せめて外見の特徴だけでもお伝えするんで、そういう人がいるかどうかだけ教えていただけませんか?」


 退散ムードのアベさんに対して光輝くんが食い下がる。


「え、嫌だよ。面倒くさいし」


 あっけらかんとアベさんは答えた。まだ出会って数分だが、あまりにも御しがたい相手だとわかった。


「それにさ、我がサークルには幽霊部員が多いんだ。顔も見たことのない連中の外見の特徴を言われて、どうやってその人物を特定するって言うんだい? あと、お休みだからサークルのこと考えたくないし」


 じゃあなんでこのサークル会館にいるのかと問い質したくなったが、ろくでもない答えが返ってきそうなのでやめておく。


「次は平日の午後に来てくれたまえ! 歓迎の準備をしておくよ」


 そういうとアベさんは私たちの横を通り抜けて、廊下の先にある非常出口から外へと出ていった。


「嵐みたいな人だったね……」

「あの雰囲気、どっかで見たことある気がするんですけどねぇ」


 結局、オカルト研究会に関する情報はこれ以上は出てこなさそうなので、会館を後にすることにした。

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