月白相照らす——AT YOUTOPIA 後編

「馬鹿者! リバティの危険度なら貴様が一番よく理解しているはずだろう!?」


 明の言葉を無視して立ち起こした煙は、狭い部屋の天井へと伸びていった。


「ごめんごめん、まさかこんなに――」


 見上げた天井には焦げ付きのように緑色の痕跡が残る。


「こんなにもリバティが凶悪なものだとは思わなくてね」


明と、騒ぎを聞きつけた朔班の人員による換気作業が少しでも遅かったら、天井は溶け落ちていただろう。こんなものを体に取り込んでいいわけがない。


「まぁ、リトリヤの幽霊にけががないのであれば良い。それに、秋月堂もかなりガタのきている建物だ。穴の一つや二つくらい空いても変わらんさ。しかし、どこまでも悪意に満ちた薬だな」


 明は湿気た煙管を私の手から拾い上げて言う。


「何か、分かったことはあるか?」


 使えなくなった煙管を鼻先に近づけて、明は苦い顔をした。嫌なにおいがするだろうって分かっているんだから、わざわざ嗅がなきゃいいのに。


「多分だけど」


 私はリバティから放たれた煙と、その火の立ち方、そして残渣のようにこびりついているかつてこの世界を踏破していた自分の記憶とを照らし合わせながら推理した。


「これはスクラプレックスの技術だけで作れるものじゃないね」


 かなり複雑な作りをした薬品だと思う。薬として気持ちが高揚する作用と、体が発火してしまう作用は全く別の機構から成り立っているようだ。スクラプレックスは技術力の高いギルドではあるんだろうけど、製薬については光輝くんのいたミドロの方がよっぽど上手だろう。そのミドロでも発火作用を持つ薬は多分作れない。もちろん、そういう植物があるというなら話は別だけど、見たところそういう植物由来の作用ではなさそう。


「つまり、スクラプレックス以外のギルドが秘密裏に協力しているということか?」


 明は煙管を私に投げ渡して、そのまま私を見下ろした。


「いいや」


 受け取った煙管を義手で挟む。


「どういうことだ? スクラプレックス単独では作れないのだろう?」

「ごめん、言い方が悪かったね。リバティはおそらく、この世界の技術だけでは作れない代物だよ」


 もし発火作用がこの世界の動植物由来のものでないのだとしたら、天啓を使わなければ火を起こすことなんてできないだろう。だけど、ここは大邑。いくら西慶が首都の春京から遠いとはいえ、盤石山のお膝元ではこうしたアルケミアによる天啓は使うことができない。


 つまりこれは、私たちの世界から持ち込まれた技術だ。


「何を頓珍漢な。10年前に訪れた冒険者たちじゃあるまいし。いや、まさか――」

「そう。リバティを作ったのは、私たちのうちの誰かだ」


 まだ当て推量の域を出ていない。でも、十分にあり得る話だ。


「し、しかし! だとしたら我々は内憂を片付けた後、誰を相手取れば良いのだ?」


「それは変わらないんじゃないかな。あくまでも戦争を終わらせることが最優先、でしょ? それよりも私が気になるのは、この薬に含まれたもう1つの異物の方」


 私は燃え上がるリバティから微かにちらちらと見えた光を思い出す。


「異物? 快楽作用と発火作用をもたらす成分の他に、何か入っているのか?」

「うん。というかむしろ、こっちがメインなんじゃないかと思うんだけど」


 私は煙管の筒から残ったリバティの粉をつまみ上げる。


「この中に、肉眼で見えるか見えないかくらいの小さなチップが混入してる」

「チップ?」

「なんて言えばいいのかな、機械を制御するための装置みたいなものだよ」

「それが、いったい何なんだ?」

「目的は分からないし、どういう仕組みのものかは大邑では確かめようがないけど、このチップを使って何かをしようとしているのは確かだよ。ただ、チップはアルケミアを利用してるっぽいから、大邑では使い物にならなさそうだけど」

「大邑では使い物にならない、か。ではなぜその、なんだ、チップとやらをリバティに混ぜたのだろうか?」


 明は顎に手を添えて考え込んでいた。


「もしかしたらもともと、リバティは大邑に流すために作られたものじゃなかったんじゃないかな。だからといって、こんなものが何のために作られたのかなんて、考えるべくもないけど」


 麻薬に巧妙に隠されたチップ。そして私たち4人のうちの誰かが作ったと思われる発火作用。わからないことばかりだ。


「我が国を滅ぼすためではないのだとしたら、この薬品はあまりにも過剰な力を持っているな」

「さあ、どうだか。実際に歴史上では麻薬が流入したことで衰退していった国もあったけど、別にそれで外国の人に支配されちゃったわけじゃなかった、はず、だ、し?」

「どうした、言葉を詰まらせて? それに、最も歴史に関する書物が残っている我が国でも、そのような国に関する記述はなかった気がするが……」

「え、いやいや! こっちの話!」


 そうだ、大邑に来てからやけに既視感があると思ったら、中国とか日本とか、アジア圏をごっちゃにした歴史そっくりなんだ。ゲームの方は実在の国の歴史を参考にしていてもおかしくないけど、こっちの世界が私たちの国の歴史に影響を受けている理由はなんだ? 私や、光輝くんみたいな、こっちと現実を行き来している人が共通してみている夢というだけなら、私たちの知識をもとに作られた夢が現実に影響を受けていてもおかしくない。でも、それにしてはあまりにも造りが細かすぎる。私は文系だけど日本史選択で、しかもまだ学校では古代の範囲しかやっていない上に、社会科なんて苦手もいいところだからこんなに作り込まれた世界を、潜在意識でも想像することは不可能だ。もちろん、ほかの誰かの知識に影響を受けている可能性はあるけど。


 光輝くんと初めて会った時に話したことを思い出す。やっぱり私たちは誰かに夢を見させられているのだろうか。光輝くんや私以外の誰かだろうか? KODE:LiON? いずれにせよ、ゲーム『UTOPIA』以外にこの世界の未来予測ができる材料があるのは好都合だ。


「それじゃあ、作戦会議といこうか。ずっとここにいても息が苦しいだけだし」


 明を見上げて言った。


「あ、ああ。そうだな。この部屋を息苦しくしたのは貴様自身だが」


 本当は上の階ごとぶち抜いて通気性抜群になる予定だったんだけどね、なんて言ったらギルド長の胃に穴が開いてしまいそうだったので口は結んだままにしておいた。



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