月白相照らす——AT YOUTOPIA 前編

  秋月堂で迎える朝は寒く、建物の隙間から漏れ入る風は冷たかった。ギルド本部を名乗っていながら、だだっ広い部屋に私1人しかいない。半ば人質のような状態の人間を、こんなにも自由にしていいものなのだろうか。これも、かつての”私”がなした功のおかげなのだろうか。


 結局あの日、私が大邑の反乱軍である朔班に拉致されて、その頭目である明と相対した後、明は私に着替えと部屋を与えてくれた。今の朔班では私が着てきたような身なりの良い服を着ていると恨みを買う可能性があるとのことだった。なるべく質素に、だけど動きやすい服を、と見繕ってくれた。不躾なところは苦手だが、決して悪い人ではないのだと思う。


 明が用意してくれた衣服に袖を通す。大きな頭巾、緑がかったグレーの着物、そして口を覆う当て布。なんだか忍者みたいだ。やっぱり普段の服の方が動きやすい。いや、あれも現実のものと比べてみれば大分装飾過多で着にくいんだけど。


 丁度服を着終わった時、頃合いを見計らったかのように建付けの悪い扉がギシギシと音を立てて開いた。


「なんだ、もう起きていたのか」


 メガネをかけた髪の長い男性が扉を開けて声をかけてきた。明。朔班のギルド長だ。


「わざわざご足労どうも、ギルド長」


 “我が”ギルド長にご挨拶。


「ふん、この部屋の上の階で生活しているからな。何の苦でもないさ」


 私の仰々しい言い振りが気に障ったのか、明は腕を組んだ。


「あっそう。それで、今日はどうするの? お姉ちゃんと仲直りはできそう?」

「だから! これは姉弟喧嘩ではないと言っているだろう!!」


 組んだ腕を握りこぶしに変えて、明は青筋を立てた。


 話は昨晩に遡る。


 明は私に、夜半過ぎまでたっぷりと大邑の歴史について語ってくれた。この国が長年鎖国を敷いてきたこと、それを現在の皇帝である盤帝が解禁したこと、無理な公共事業によって国が疲弊してしまったこと、それらが災いして大邑の世論が真っ二つに割れてしまったこと、隣国であるスクラプレックスと戦争状態に突入してしまったこと、そして大邑を制圧するために別の隣国でありスクラプレックスの盟友であるアークスチームの手を借りていること……。


「要するにお姉ちゃんと意見が合わなくてどうにもならなくて家出したってだけでしょ。姉弟喧嘩以外の何なのさ」


 私は昨晩の話を頭の中で整理して、結論を曲げる理由が見当たらないので言い返した。


「要し過ぎだし、要し方があまりに雑だ! いいか、これは大邑という大国の行く末を決める戦いなのだ。姉弟喧嘩などという幼稚な争いごとでは断じてない!」

「あのさ、昨日も言ったと思うけど、本当に大邑のことを大事に思っているんならこんなところで敵対国から武器をこさえるんじゃなくて、やるべきことがあるんじゃないの? 大国の行く末を決める戦いだなんて大事にしないで、ちょっと長引いた姉弟喧嘩くらいにしておいて矛を収めた方がいいと思うんだけど」


 今、大邑はスクラプレックスと戦争中だ。現実世界にある、この夢の世界そっくりのゲーム『UTOPIA』と同じ末路を辿るとすれば、その結果は悲惨なものになるだろう。もちろんあっちはプレイヤー参加型の多人数戦イベントだから、それと全く同じ結果になるなんてことはないのかもしれないけど。でも、こっちの世界とゲームの世界が酷似している以上、同じ末路を迎える可能性もある。


 それに、ゲームの『UTOPIA』では大邑の内部分裂など起こっていなかったのだ。『UTOPIA』と同じような国力をそれぞれのギルドが持っているのだとすれば、このまま大邑とスクラプレックスが衝突し続ければ結果は目に見えている。大邑の敗色は濃厚だろう。


「そうか、リトリヤの幽霊。一夜明けても結論は変わらないか」


 明はため息をついて壁にもたれかかった。昨晩から、私の主張は変わらない。


「うん。私はあなたと盤帝が話し合いをする場を設けることには協力するけど、内戦には断じて協力しない。そして、話し合いの結果、どうしても交渉が決裂してどうにもならないって言うんなら、その時は大邑を滅ぼしてあげるよ。そして、このまま意味のない内戦を続けようって言うんなら、あるいは私をその内戦に利用しようとするって言うんなら——」

「朔班を打ち滅ぼす、だろ?」


 もちろん私にそんなことはできない。これは口からでまかせのはったりだ。でも、それだけの力を持っていると口だけでも言っておかないと、まだ生殺与奪の権を半ば朔班に握られている以上は、強気で行かないと逆に私の身が危険だ。


「まぁ、無血で開城できるならそれに越したことはない。それによって果たせぬ目的もあるが、まぁそれは後で考えればよい。それに交渉が決裂したら——おそらくはするだろうが——、リトリヤの幽霊の力を存分に振るってもらえるということだろう? 悪くない契約だ」

「それじゃ、改めて契約成立ってことで。よろしくね、ギルド長」


 なんか私、こっちではいつも傭兵紛いなことしかしていないな。


「その呼び方は、なんというか、馴れないな。昔のように呼んでくれないか」

「そのうちね、ギルド長」


 昔のようにと言われたって、覚えてないし。


「ふん、それでは本題に入ろう。ついてきたまえ」


 明に手引きされて、部屋を出る。明は老朽化した木製のらせん階段を上がって行った。ギシギシと階段を歩く明の後ろを、つま先立ちでついて行く。


 明は最上階にある扉の前で歩みを止めた。何やら重たく頑丈そうな扉だ。


「それで、本題っていうのは何? 姉と仲直りをするために謝罪文の校正でもするの?」

「ははっ、それも良いが、まずはその先の話だ」

「先の話?」


 明が軽々と扉を開けると、中に入るように促される。小さな部屋には壁中に戸棚があり、調度品もガラクタも一緒くたになって保管されていた。蔵にしては小さいし、最上階にあるのも違和感がある。


「そう、先の話だ。この国の内憂が解決すれば、その続きには外患の対処がある」


 明に誘導されて部屋の中央にあるテーブルの前に歩みを進める。よれたテーブルクロスの上にはおちょこのような皿のついた木製の管のようなものとその隣に、薬包紙だろうか、小さな紙の包みがあった。薄っすらと中が透けて見える。緑色の粒、これはもしかして。


「まさか、リバティ?」

「ああ、流石の炯眼だな」


 ゲーム『UTOPIA』で予習済みだ。これはリバティ。スクラプレックスから大邑に流入しているという麻薬のようなものだ。ただ、ゲームの画面越しでしか見たことはない。本物は初めて見る。


「こいつを断たない限り、あるいはこいつを無害化しない限り、例え内紛が終わっても大邑は蝕まれ続けることになる」


 木製の管はおそらく、パイプのようなものなのだろう。皿の上にリバティを詰めて、炙って煙を吸う仕組みのようだ。


「何か、分かることはないか?」

「うーん、これを見ただけではなんとも」


 ちらりと部屋の様子を伺う。窓もあるし、最悪換気をすればいいか。


「おい、何をするつもりだ!?」


 明の制止を振り切って、私は皿の上にリバティを詰めた。火を灯すとそこからは醜悪でけばけばしい煙が舞い上がり、この世の悪意をかき混ぜたような甘ったるい匂いが辺りに立ち込めた。


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