大義には疑ってかかるべし——AT YOUTOPIA 後編
「トワ殿たちが大邑にやってきたのは、忘れもしない10年前のことであったな。まだ当時の私には盤帝などという大層な名前は無かった」
盤帝は俯いてかつてのことを思い出して、言葉を紡ぎ始めた。そうか、盤帝はあくまで国の長としての名前か。本名は別にあるわけね。
「懐かしい。まだ昨日のことのように思い出せる。先代である父の永帝の治世下、まだ鎖国を施していた時分だった。そなたたちは、文字通り空から落ちてきた」
盤帝はくすりと笑いながら、当時のことをなぞるように座卓の上に人差し指を遊ばせた。
「子どもと大人のちょうど境目にいた自分は、盤石山の麓に落下して、衛兵に取り押さえられた異邦人をひと目見たい好奇心でいっぱいであった。なにせ外国へはおろか、ほとんど王宮から出たこともなかったのだ。外へ外へと向かう気持ちを抑えることはできず、こっそりと王宮から飛び出して監獄に侵入した。後で父からも弟からも使用人からも大目玉を食らうことになったのだが、ああ、あれが人生最初の冒険だった」
来客のみぞおちに拳を食らわせてくるような野蛮人かと思いきや、殊の外箱入り娘だったようだ。最初の冒険、ね。
「私は目を疑ったよ。守衛の間隙をついて潜入した牢屋で、どれほどの悪人が訪れたのかと思いきや、全員が全員、みな狭い部屋で和気あいあいと談笑していたのだから。しかもそこに看守や他の囚人も混じっているときた。王宮での規律正しく厳しい生活を送っている自分が、馬鹿馬鹿しく思えるくらいに、ね」
他の2人どころか、リトリヤの幽霊とすら仲良く談笑なんてできる気がせんのに、昔の俺はどんだけコミュ強だったんだ?
「それから看守に見つかって、仰々しく敬礼されて、自分の身分の高さを恨んだ。囚人たちにも蛇蝎の如く睨まれたしなぁ。だが、そなたたちは私と対等に接してくれた。特にトワ殿。そなたの気安さには心底驚いたよ。あんた偉いんだろ、早くここから出してくれよ、と懇願されたのだったか」
凛とした顔が緩み、盤帝はニコリとこちらを見る。いや、昔の俺はどんだけコミュ強だったんだ!?
「そんな顔をしなくても良い。なにせあの時、私はとても嬉しかったのだ。私には対等に話せる間柄の者は、せいぜいが弟くらいしか居なかった。その弟とて、帝位継承権がチラついて、それとそもそもソリが合わぬことも含めて、仲良くというわけにはいかなかった。そして、初めて父に進言を行った。客人として君たちを大邑に迎え入れるべきだとね。流石に国賓扱いとはいかなかった。しかし、この年季の入った邸宅とは比べ物にならないような部屋を用意してあげられた。そうだ、あのときは大邑は豊かだったのだ」
「まぁここもいいところだとは思うぞ?」
王宮がどれだけ豪奢かは知らんが。ゲームと一緒なんだとしたら、一泊くらいなら楽しかろうが、住むとなったら絶対やだな。掃除とか管理とか大変そうだし。
「はは、気を遣わせてしまったな。ありがとう。あの時、君たちは旅をしていたね。不思議な獣のカラクリ、そう、ちょうど今トワ殿が持っている−−」
「ああ、GUIDEのことか?」
「そう、GUIDEだ。未だにその仕組みはよく分かっていないが、どうしてかカラクリだというのに盤石山の影響を受けない、その不思議な機械だ」
そういやそうだな。こいつはアルケミアで動いているわけではないのか。
「一応、幽霊殿に説明を受けたはずなのだが、私の頭ではさっぱりだったよ。回路がどうとか、プログラム? だったかがどうとか。まぁ、分からぬことは良い。大邑は当時より保守的な地だ。そういうよくわからないものを持った、異国の人間を最初は受け容れられなかった。しかし、そなたらが起源廟を支配していた妖を退治してくれた途端に、人々はそなたらを大いに歓迎するようになった」
「キゲンビョー?」
「はは、人が悪いな、トワ殿は。大邑の有史以来の記録と記憶を保管している図書館だ。あれは大邑の誇り。決して何者かに支配されて良いものではない」
「ああ、はいはい、起源廟ね! 覚えてる覚えてる!」
あっぶねー。プレミやらかすところだった。
「まぁ、トワ殿たちにとっては長い長い旅のほんの一幕に過ぎぬのかもしれぬが、その一瞬のちらつきだけでも私にとっては十分過ぎる刺激だった。そなたらが去った後、私は父に頼み込んで大邑を出ることにしたんだ」
「え、でも」
「いや、国を捨てたわけではないぞ。 現に、私は大邑をこれでも曲がりなりに統治している。なんと言えば良いかな、いわゆる留学というのをしたんだ」
どんどんとゲーム『UTOPIA』にはない情報が出てくるな。なるほど、留学ね。
「それは、どこに?」
「ああ、インデクシアだよ。君たちのうちの1人もそこに居たはずだったね」
「いや、待て。レインボーフットで眠っていたのはサムザン、ミドロ、ストリング、リトリヤだ。インデクシアには居ない」
「おや、そうだっかな? いずれにせよ、インデクシアで、当時はまだギルド長でなかったツヴェイラ殿のもと、様々な経験をした。当時、いや今もか、インデクシアは強大な版図を持つ、軍事に長けた素晴らしいギルドだ。多くの留学生がこぞって学びに来ていたね。それに加えて、時間をかけてレインボーフットも回った。なんて外国は素晴らしいのだろうと思ったものだ。先進的で、革新的で、そして見たことのないもので一杯だった」
盤帝の瞳は、どこか遠くを見ていた。まぁ、気持ちは分かる。都会に出るとワクワクするよな。いや、しないか、人混みで辟易とする。
「もちろん、大邑が劣ってるとか、そういうことはこれっぽっちも思っちゃいない。でも、いくら歴史はあれど、大邑の独力のみでは立ち行かなくなるだろうと私は思った。だから、鎖国を解禁しようと動くことにしたのだ」
突如として、盤帝はキリリと眼差しを鋭くした。ここからが大事な話なのだろう。思わず肩をすくめてしまった。
「まずは父の永帝に進言した。当然だがにべもなく断られた。一応、開国することの利が開国しないことの不利を上回ることは説明したのだが、な。外国に攻められる脅威を取るよりは、戦わず仲良くした方が互いのためだろう? 先帝は攻められたら返り討ちにしてやればいいの一点張りだったがね。開国は断られてしまったが、ただ、私はどう足掻いてもこの国はやがて鎖を解くことになると確信していた。だから、その時にせめて痛みが少ないように準備を進めることにした。1つ目は海外へと航行できる船を作ることだ」
俺たちを襲ってきたジャンク船のような見た目の飛空船を思い出した。あれは盤帝のもとで作られたのだろうか?
「待てよ、その感じだと外国に行くための船なんて作ることは許可されんだろう」
「ああ、私もそう思った。だから、国境警備を強化するという名目で、巡視船や護衛船として技術開発を行ったのだ。夷狄を返り討ちにする兵器として、ね。それから第二に、鎖国前の港としての機能がまだ残っていた西慶を再開発した。由緒正しい古都として、そして新たな大邑の発展の拠点、このギルドの玄関口として。もちろん、防衛機能の強化も怠らずにね」
西慶。ここから程近い、俺たちが襲撃に遭った場所。
「第三に多くの異邦人が訪れることを考えて、公共設備の補強も行った。この土地に馴れた民であれば渡し船だけで十分だろうが、大河の多い大邑内での移動が異邦人にとって円滑になるように、橋をかけていった。そして第四に、盤石山から取れる鎖石を加工する技師を育てた。これは海外に輸出するために、だ。外の産業に負けぬものがないと、貿易赤字になってしまうからな。他にも農作物と、あと大邑にはGUIDEほどではないが珍しい妖が沢山いてな、それらを観光資源に組み込めないかと模索したものだった。これらは全て、国税で行ったのだ」
政治のことはよくわからないが、君主としてはかなり若く見える人間がやっていることとしては良いことな気がする。
「そのほとんどは、誤りであった」
いやまあそりゃそうか。だって実際には大邑は凋落の一途を辿っているわけだし。
「これらの事業を内々に進めている間に、父が死んだ。帝位継承権第一位であった私は、そのまま大邑の長になったのだ。これは、文字通り最大の不幸であった。いや、幸や不幸などと言ってはいけないな、私の実力が足らなかったのだ。私は予定通り、漸次的に開国を進めていこうとした。隣国が勢力を増していたし、ちっともインデクシアを中心とした諸ギルドに追いついていない。私はね、最終的には世界ギルド連盟に加盟することを目標にしていた。光栄ある孤立よりも、より豊かで発展した大邑を夢見ていたのだ。結局のところ、それは大いなる焦りだったのだと思う。賢明なトワ殿なら、分かってくれるだろう?」
「え? んん、ああ、まぁな! わかるわかる」
急に話を振られてビビった。NPC相手なら返答の選択肢が出るところだけど、視界の下部には座卓しかなくて、『ああ、そうだな』『さっぱりわからん』『お腹空いた』みたいなパネルは無かった。
「なんつーか、周りと比べて明らかに劣っている部分があると、しかもそれがあまりにも分かりやすい差だと、ムカつくよな。同じ人間のはずなのに、みんなはできてるのに、なんで俺だけって。いや、そんな小さい話じゃないか」
頑張って言葉を紡ごうとしたが、うまく行かなかった。そりゃそうだ、俺は総理大臣にも大統領にも、ましてや皇帝にもなったことはない。共感なんて、およそ出来ない。
「いや、実際のところ、そういう話だ。私は自分の生まれ育った場所に、遅滞した野蛮な国であるという烙印を押されたくなかったのだ。それで慌てて国を整備して。しかしな、トワ殿。頭一人がどれだけ焦ったところで、体である人々が急に動けと司令を下されても、それについていくのは難しいのだ。民はみな、私の急進的な事業政策に疲弊していった。そしていざ、西慶を開放したら、国は混乱に陥ってしまった」
「それは、なぜ?」
「まずは異国の人間への動揺。そして、通貨の価値の差によって大邑の多くのものが買い叩かれ、そしてこれこそが最大の過ちだったのだが、リバティという麻薬の流入を招いてしまった」
「あの、体が発火する?」
ゲームの『UTOPIA』で、島間戦争のキャンペーンがやってるときに出てきた薬か。あれも原作オマージュだったわけね。
「ああ、流石に詳しいな。私は"幸運なことに"優しい外国人としか接してこなかったから、まさか血税で架けた橋によって首都にまでリバティが運ばれてくるとは、思いもしなかった。なぁ、なぜ賢明である大邑の民がリバティなどという怪しい薬に手を出したのだと思う? それはね、私の公共事業政策に疲弊し切っていたからなんだ。徴税と労働に嫌気が差した人々は、疲れをとるためにリバティを吸い始めた。その先には文字通りの破滅しかないというのに」
なんかこいつ、優し過ぎるんだろうな。そして他人に期待し過ぎるきらいがある。俺か苦手な熱血委員長タイプの人間だ。みんながみんな、やればできると思ってやがる。
「その後、慌てて疑わしき異国船の入港を禁じ、橋にも検問をかけたがもう遅かった。こうして次々と失策を重ねる私を見かねた人々が造反して、革命を試みる勢力が現れたのだ。それが先刻、そなたらを襲撃した朔班だ。元々は西慶の府長だった者が反乱分子を西慶に集めて旗をあげたのだ。盤帝を討ち取り鎖国時の平和な大邑に戻そう、と。まさか国をあげて強化した西慶が最も信頼していた身内に奪われるだなんて、思いもしなかった。朔班は西慶を訪れる異国船を打ち払い、それに怒りを覚えたスクラプレックスは大邑に宣戦布告を行った」
「おいおい、そりゃおかしいぜ。襲ったのは朔班なんだから、大邑は関係ないだろう?」
「はは、トワ殿は優しいな。確かに、こちらの理屈では関係ないと言えるかもしれないが、向こうからしたら相手国の内乱など知ったことではないだろう。そこにあるのは、自分のギルドの船を壊されたという事実だけだ。それに、リバティの出どころが分かった今だから言えるが、スクラプレックスは元々大邑と争うつもりでいて、その大義名分を探していたに過ぎなかったのだ」
「リバティは、スクラプレックスが送り込んできたってことか?」
「ああ、そうだ。リバティによって大邑を疲弊させた後に、攻め入って大邑を制圧する。これがスクラプレックスが書いた筋書きだ。向こうは頑なに否定しているがね。それに、世界ギルド連盟非加盟国の我々が何を言っても、世界は聞く耳を持たないだろう」
なるほどな、以前は曲がりなりにも徹底的に鎖国していたから、そもそもリバティが入り込む余地などなかった。しかし、西慶を開港したばっかりに、その隙を与えてしまったわけだ。
「あとは、トワ殿も知る通りだろう。内憂外患、朔班とスクラプレックスの狭間で大邑は存続の危機を迎えているのだ」
喋り疲れたのか、盤帝はため息をついて座卓を見下ろしていた。俺が声をかけぬ間は、一定の静謐がこの場を支配することになるだろう。
これはおっかない場所に来てしまった。大邑の聖地巡礼自体はしたいけど、治安が最悪なら話は別だ。戦争中のギルドとあっては、命がいくつあっても足りないだろう。どうにか幽霊を助け出して、島から脱出できりゃいいけど。
「あ、話変わるんだけどさ、こいつ、GUIDEと同じようなやつを大邑に置いていかなかったっけ?」
もう1つの目的を思い出した。俺たちにはGUIDEを繋ぐ使命がある。それだけ終わらせてちゃっちゃと国を出ようかな。
「あ、ああ。そうであったな。大邑で大切に保管してある。場所は、えっと」
急にもごもごと盤帝の歯切れが悪くなった。なんか言いたげだな。急にモジモジしやがって。
「ああ、すまない。この提案が無礼千万であることは百も承知なのだが。その、GUIDEをだな」
こちらに目を合わせず、盤帝は頬を若干紅潮させていた。
「なんだよ。はっきり言えよ」
急に攻略対象みたいな所作をされるとこっちも恥ずかしくなる。
「GUIDEの居場所を教えるかわりに、大邑を救ってくれないか! もう、私1人の力ではどうにも・・・・・・」
盤帝はギュッと目を瞑って言った。
「なんだ、そんなことか」
変なフラグ踏んで、突然告白イベントに入ったのかと思ったじゃないか。いや、まて。今、俺なんて言った?
「ということは、助けてくれるのだな! 良かった、トワ殿と幽霊殿が居れば安心だ」
ポロポロと盤帝は涙を流していた。多分こいつ、自分一人で何でも背負い込んじゃう性質なんだろうな。多少は肩の荷が降りて、ほっとしてしまったんだろうか。しっかり者に見えてこういうところは人間味がある。
いやいやいやいや!! 何冷静に分析してんだ、俺に一体何ができるってんだよ!
「おう、任せろ!」
何を調子乗ってんだ、無理だって、無理無理! 国の救い方なんてググっても出てこねぇよ!
「改めてお願いしよう。称号は盤帝、名を影子。大邑の行く末を助けておくれ」
頬を伝っていた涙がキラキラと光る。開け放しになっていた障子から注ぎ込んだ朝日が、盤帝に後光のように射し込んだ。
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