大義には疑ってかかるべし——AT YOUTOPIA 前編

 くそ、くそくそくそくそ!! 助けられなかった、目の前でリトリヤの幽霊は墜落していった! 手を伸ばせば届く距離に居たのに、一緒に落ちてしまうんじゃないかって躊躇してしまった!! こっちでもゲームでも現実でも、結局俺は逃げてばっかりじゃないか! こっちで死んだからって現実世界でも死んだりしないよな? ただ、目を覚まして平穏な日常に帰ってくれているはずだよな? 嫌なことが頭の中を行ったり来たりして、平衡感覚を失いながら、それでも俺の後ろに迫ってくる敵をどうにか振り切る。託されたGUIDE、こいつだけは落としちゃ駄目だ。


「やべ、もう限界、気持ち悪っ!」


 早くどこか、陸に上がらないと。でも、気付けば高度を落としていて、大邑本島はもう上空。あの距離を飛ぶのはきつい。


「うおお!! 最後のひと踏ん張り、どうにか耐えろぉ!!」


 とにかく自分に言い聞かして、大邑の本島ではなくて、周りを漂う離れ小島に不時着陸する。安全な着陸場所など選べるわけもなく、竹林の中にダイブ。うまく羽に力が入らなくて、滑るように転がり込む。


「はぁはぁはぁはぁ!! 疲れた、痛ってぇ!」


 がさがさと大きな音で竹の群れを揺らしながらしならせながら、念願の地面に落っこちた。竹藪がクッション代わりになったみたいで、大きな怪我はせずに済んだようだ。痛いものは痛いが。


 さて、これからどうしたものか。しばらく回復に努めれば、また飛行であの巨大な島まで飛び上がることは可能だろう。問題は、その先だ。あの様子では俺のことを歓迎してはくれなさそうだし、大邑に居るとされているGUIDEの場所も教えてはくれないだろう。今、GUIDEを起動すれば、その光によってあいつらに俺の居場所が割れるし。


「うーん、八方ふさがりだ!」


 とにかく回復が優先だ。何か、エネルギーを摂取したい。でも、竹は食えねぇなぁ。当てはないが、歩き始めることにした。


陽が落ち始めているのか、ただでさえ太陽光の通らない竹林は、夜みたいに暗かった。現実のそれより、夢の世界の竹の方がうんと長い。風がそよぐたびにざわざわと音が鳴った。足元をとぼとぼとついてくるGUIDEも、どこか不安げな様子。やー、分かるぞ、肝試しでもしてるんじゃないかという怪しい雰囲気。ゲームの『UTOPIA』の方にも、こんな離れ小島は存在しなかった。KODE:LiONの調査不足、ないしは再現不足を恨む。今まではなんとなく頭の中にマップが入っていたから、どこに何があるか分かったけど、これからの旅ではそうもいかないのかもしれない。


「そうだよ、マップ! お前、この辺のマップとか出せねぇの?」


 GUIDEを見下ろして、俺は言った。ゲームの方ではこいつがナビゲーションしてくれるんだから、そういう機能がついていてもいいだろう。しかし、GUIDEは首をかしげて液晶パネルにクエスチョンマークを表示している。


「いや、マップだよ、マップ。地図。んー? ああ、なるほど」


 咳払いをして改めて。


「オーケーGUIDE、この辺りの地図を出して」


 訪れる静寂。


「……、ヘイGUIDE、この辺の地図を見せて」


 GUIDEは、「すみません、分かりません」と言わんばかりに俺を無言で見上げてきた。


「じゃあせめて、この辺で休憩できる場所は?」


 また風が吹いて笹の葉が鳴いて、GUIDEは俺を無視して歩き出した。


「良いから出すもん出せや!」


 GUIDEにつかみかかろうとすると、GUIDEは華麗に身をかわした。当然、その勢いのまま、俺はこける。おちょくりやがって!


「待て、こら!」


 本来、こんなところで追いかけっこをしている場合ではないのだが。逃げ回るGUIDEを追従して竹林の中を駆ける。あの小さな体のどこにこんな馬力があるんだ? それとも俺が疲れているからか? なかなか追いつけない。あと、もう一歩、というところでGUIDEが大きくジャンプする。


「ははは! 馬鹿め、それは悪手だろ、ひ、つ、じ、どぅぇ!!」


 なるほどね、飛び出したのは糸が張ってあったからか。それに気付くころには再び体が前傾し、こける一歩手前のことだった。


「カランカランカラン!!」


 それと同時に大きな音が鳴り響く。倒れる最中で張り巡らされた糸に竹筒が吊り下げられていたのが見えた。鳴子? そして、俺のものでもGUIDEのものでもない、軽やかに土を蹴る音。


「何者だ!」


 倒れ行く俺のみぞおちに強烈な拳が入る。それによって支える力が働いて、倒れずには済んだ。でも、息ができないくらい痛ぇ!


「侵入者か、それとも観光者か? ここが立ち入り禁止だと知っての狼藉か?」


 飛びそうな意識の向こうで、凛々しい声で尋ねて来る女。あの距離から殴られたのか? ぼやけた視界の先には背の高い女と、その向こうに灯り。ああ、休憩できる場所ってここのことね。GUIDEは道案内してくれてたってわけだ。いや、休まるどころか致命の一撃を喰らったわけだが。


「朔班の人間ではないようだな。だが、服装を見るにスクラプレックスやアークスチームの人間でもなさそうだ。大邑の人間を偽るには服を着崩し過ぎだな」


 何かぶつぶつと言いながら近づいてきやがる。だが、なぜか動くことができない。頬面を手で押さえられて、仏頂面でこっちを覗き込んできたので目を逸らす。あれ、でも見覚えがあるな、こいつ。


「うん? その顔は……もしや、トワ殿か!?」

「盤、帝!!」


 急にパーッと笑顔になった女は、ゲームで何度もクエストを受注した盤帝その人だった。服装は普段と違い、かなり地味だが、顔はそっくりだ。なんでこんなところに。


「久しぶりじゃないか! 相も変わらぬ美しい瞳だ。ああ、先ほどは済まない。客人への非礼を詫びさせておくれ」


 深々と盤帝は頭を下げる。ここまでかしこまられると、こちらも頭が下がってしまった。


「い、いや、大丈夫だって。こっちも、はしゃぎ過ぎたっつーか、なんつーか」


 俺は鈍痛に苛まれていた腹をさする。いつの間にかほとんど痛みは引いていた。


「はは、相変わらずだね。もう、10年になるか? その様子では随分とお疲れのようだ、どれ、狭いが我が家に上がっておくれ」


 盤帝は俺の足に絡まった糸を丁寧に解いて、ついてくるように促した。どうやら、俺とこいつは旧知の仲らしい。1mmも記憶にないが。


「ん? 我が家?」


 盤石山の中腹にある巨大な王宮のことを思い出して、ポロリと口に疑問が出てしまった。


「はは、笑ってしまうよな。こんな離れが大邑の主の家だとは。もちろん、普段は王宮の方に暮らしているさ。ここは仮宿で、私の生家だ」


 建物は現実世界で言えばそこそこに立派な家屋だった。木造で瓦屋根。立派な門扉だこと。ただ、ところどころ朽ちていて、年月を感じる佇まいだ。垂らされた行灯から怪しいオレンジ色の光が、ぼんやりと辺りを照らしている。


「さぁ、入っておくれ。ところで、連れ合いはどうしたんだい? 君の他に幾人か仲間が居ただろう?」


 盤帝が門を開いて、建物の中に案内してくれたが、その言葉で足を止めてしまった。


「そうだ、幽霊のやつが……」


 無事だろうか。早く助けに行かなくてはならない。


「幽霊、というとあの白髪の技師か? 何か、あったのか?」

「それが、西慶の上陸直前に襲われて、落ちちまって。や、やっぱり探しに行かないと」


 こんなところでゆっくりしてはいられないのではないか。踵を返そうとすると、肩を掴まれる。


「待て。もう夜が更ける。この暗がりの中では、暗躍以外のことをするのであれば非効率だ。それに、その疲労困憊具合ではせいぜいがこの竹林を彷徨うだけだろう。とにかく、まずは中で事情を聞かせてくれまいか?」


 今の俺では何をやっても徒労になるだけ、か。仕方なく、盤帝に従ってお邪魔することにした。




 板張りの家屋は外観からの見た目より狭く、その理由は部屋一帯をぐるりと囲むように置かれた本棚にあるのだろうと気付く。庶民的な家だ、とても一国の主が過ごすような場所じゃない。そんな部屋の真ん中で、湯気の漂う茶碗を片手に、座布団に胡坐をかいて盤帝に一部始終を話した。


「なるほど、それは朔班の仕業だろう。彼らは西慶を実効支配している、大邑の反乱分子だ」


 大邑の世論は二分しているって話だったな。盤帝に仇を成す勢力、革命軍みたいなもんか。


「彼らが賢明であれば、幽霊殿をそのままレインボーフットに叩きつけるようなことはしないだろう。それに、聡明な彼女であればただで死ぬことはあるまい?」

「そ、そうだと良いんだけど……」


 この世界にいる人々は、俺を、いや俺たちを過大評価しているきらいがある。昔の俺たちがどれだけ凄かったのかは知らねえが、いい迷惑だ。


「不安になるのは分かる。幽霊殿の居場所を知るすべは何かないのか?」


 あ、そういえば。


「プッチ! 連絡手段がある!」


 懐に入れた昔の携帯電話みたいな機械を取り出す。


「プッチ?」

「カルロ、ええと、キャラバンの商人からもらったんだよ。通信機だ。そうだ、これで連絡すれば安否の確認ができる」


 カルロに説明された通り、連絡先にある幽霊を選択して通信を開始する。が、しかし、ザーという音が流れ、時折ガサゴソ音が鳴るばかりで何も聞こえなかった。


「おかしいな、全く通じない……、まさかあいつごとぺしゃんこに!」

「待て、そう結論を早まるな。見たところ、その通信機はアルケミアの技術を使っているな?」

「アルケミア?」

「ああ。天啓、すなわち万物に宿る計算式を操るために装置を用いることだ。人間の才覚や技量ではなくて、な」


 俺の武器や羽、幽霊の義手やゴーグル、もっと広く言えば銃の類もそれにあたる、か。


「そうした類のものは、この大邑の地では著しく効力が削がれる。大邑が、というよりは盤石山の力だ」

「盤石山に、そんな力が?」

「実は、日影島、この離れ小島はかつて盤石山から剥がれ落ちた岩石が長い年月をかけて島になった土地らしいのだ。だから、この島はまるごと盤石山と同じような効力を持っている。トワ殿の翼も、うまく機能しないのではないか?」


 指摘を受けて、俺は羽を広げる。確かに、動かせないことはないが、うまく力が入らない。


「なんだ、この、天啓が上手く流れない感じ」

「はは。久方ぶり過ぎて忘れてしまったか。通信機が働いているのであれば、少なくとも向こうの受信機は無事だろう」


 通信自体はできている、ってわけか。


「何にせよ、大邑に来るにはタイミングが悪かったな。朔班による不法占拠の方や、大邑はスクラプレックスとも戦争中。国民は疲弊しきっており、観光どころではないだろう。全て私の不徳の致すところだ。申し訳ない」


 唐突に盤帝が額を床につける。


「おいおいおいおい、俺に頭を下げても何も始まらんだろう!」


 慌てて盤帝をフォローする。10年前のことなんて知らない。こいつとの思い出なんてゲームの中でしかない。別に大邑とスクラプレックスの戦争なんて本来はどうでもいい。大邑のGUIDEと幽霊の居場所さえ分かれば、それでいい。


「なぁ、大邑で一体何があったんだ? 今、何が起こっているんだ?」


 なのに、俺は何でこんなことを訊いているんだろうか。


「そう、だな。盤石の大国、大邑を傾けた暗君の話を、聴いてくれるか? そして、この10年のトワ殿の話も聴かせておくれ」


 あー、後半のことに関しては肯定できないが——


「ああ、聞かせてくれ」


 俺は頷いた。

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