PROLOGUE of Isles' war 2——AT YOUTOPIA

#koujin_

「あ、あの。なんて仰ったか、もう一度聞いてもいいかしら?」


 ドーヴァは俺を見て言った。マイラスの市街、アルク総督に世界を救うよう頼まれてからすぐのことだ。


「この旅に君を連れて行くことはできない、そう言ったんだ」


 おそらく、市街の活気によって俺の声が聞こえなかったのだろう。仕方がないので先ほどドーヴァに告げたことを繰り返した。


「な、何故ですか!? 婚約者であるわたしを、1人置いて行くというのですか!?」


 ドーヴァは語気を強めて言ってきた。


「ああ、そうだ。すまないと思っている」

「遺憾を示されても、理由の説明にはなりませんよ!」


 理由、か。直感的にミナセと2人で行った方がいいと思ったに過ぎないのだが、今はミナセもいないし。


「君がこの旅に居なくてもいいと思っただけだ」


 俺が端的に理由を説明すると、ドーヴァは唇を真一文字にした後、わなわなと体を震わせ始めた。


「ああ、そうですか! わたしはあなたにとって枷にしかなりませんか!?」

「いや。そこまでは言っていない」

「でも、わたしは必要ないのでしょう!?」

「それはそうだ」


 ドーヴァは眉毛を八の字に曲げる。表情豊かだ。


「分かりました! ではここでお別れとしましょう! 精々ご無事に旅に出て行ってください!」


結局、怒らせてしまったみたいだ。こういう時、俺は言葉を選ぶのが苦手だ。別に正直に話しているだけなのだが。


「分かった、ありがとう。ところでサムザン行きの列車だが——」

「こ・こ・で! お別れです! サムザンにはおひとりで行って下さい!」


 ドーヴァの強烈なビンタが、俺の頬を透けていった。




「それで本当に置いて行ったのかよ!? ふはははは、傑作だな!」


 サムザンに辿り着くなり早々に、サムザンのギルド長から爆笑を喰らった。眼帯をつけた大柄な男、ユーノは葉巻を咥えて、珍しくもギルド長の玉座に座っている。


「ドーヴァが一人で帰れと言ったから、それに従ったまでだ」

「あーあー、顔はそこそこイケてんのに、モテない理由がよく分かるわ」


 ユーノはそう言うと無精ひげを撫でて玉座を立った。


「あー、マジで背もたれ硬すぎ。んで? わざわざここに帰って来たってことは、俺に用があるんだろ?」


 察しが良いことだ。


「ああ、アークスチームに移動する必要がある。蒸気リフトは使えないか?」


 ゲームのようにGUIDEを使って移動するわけにはいかないし、何よりGUIDEは今、ミナセが持っている。


「アークスチーム! そりゃタイミングがいいのか悪いのか、だな」

「どういうことだ?」

「確か昨日からだったか、アークスチームのギルド長アレクサンドル23世はスクラプレックスのギルド長、マクスウェル大統領と会談するために飛空船に乗ったっていう話だ。まぁ、こっちの話だな、お前が気にすることじゃない」


 ほら、こっち来いよ、そう言ってユーノは歩き出した。向かう先はギルドの出口だ。


「会談? その目的は?」


 気にすることじゃないと言われても、気にはなる。ユーノの後ろを歩きながら問うた。


「大方、島間戦争の話だろう。アークスチームは随分ときな臭い動きを見せてるからな。連盟じゃあ鼻つまみ者だ。アークスチームといやあリトリヤの幽霊だが、お前が共に行動しているのはミナセの方だったか」


 リトリヤの幽霊。俺やミナセと同じく、かつてこの世界を冒険していた仲間の1人のはずだ。


「リトリヤの幽霊とアークスチームに何の関係が?」

「あん? 知らねえの? いや、全部忘れたんだもんな、覚えているわきゃないか。リトリヤの幽霊はアークスチームを工業国家の頂点まで押し上げた女だ。天啓を扱う習熟度の浅いアークスチームに、平等に天啓を扱える技術を施した」


 こちらの方を振り返りながらユーノはそう言い、衛兵に「ちょっくらでかけて来るわ」と告げてギルド本部の扉を押し開けた。


「ああ、そうだ。何にも覚えてないんだったら、心がけておいて欲しいことがある。ま、お前に関しちゃ大丈夫だと思うが」

「心がけておいて欲しいこと?」

「天啓について、だ。レインボーフットでは万物に宿る計算式を利用する行為のことをひとまとめに天啓と呼んでいるが、地域によって呼称や扱いが微妙に違うんだ。理由は分からんが、島ごとに扱える天啓が微妙に異なるからな。これからお前が行くアークスチームじゃあ、天啓のことをアルケミアと呼ぶ」

「アルケミア?」

「そうだ。アークスチームでは個人が自らの資質で万物に宿る計算式を利用するんじゃなくて、道具によってそれを引き出すことの方が重要になる。ま、簡単に説明するとだな」


 ユーノは歩きながら口に咥えていた葉巻を指に挟み、もう一方の手をかざした。すると、葉巻の火が消えた。


「葉巻に火をつける時に道具を使うのがアルケミアだ」


 ポケットからライターのようなものを取り出して、数度カチカチとさせると、ユーノは葉巻に火をつけた。


「この場合は天啓を扱う知識や技術を持っている必要があるのは、この道具を作ったやつだけだ。道具の使い方さえ知っていれば、天啓について何も知らなくても、知能を持たない動物でも火をつけることができる」


 なるほど。理屈は分かった。しかし——


「それは、どこでも一緒ではないのか。サムザンにだってそうした道具は沢山ある」

「ああ、多かれ少なかれ、どの地域でもこうした道具はあるだろう。だが、ことアークスチームにおいては特別だ。あの島ではそう簡単に万物に宿る計算式を読み取ることが……、おっと着いたな」


 いつの間にか、バルカン山の山頂へと向かうロープウェイの前まで来ていた。係員をしているカエルの獣人が、こっちです、と客室の前で立っている。


「まぁ、ようするに郷に入っては郷に従えってこった。あっちじゃうまく行かねぇこともあるだろうが、あと何しに行くのか知ったこっちゃねぇが、まぁ、頑張れ!」


 そう言うとユーノは俺を客室の中へと押し込んだ。


「ちょっと待て、話はまだ終わってない——」

 言い切る前にロープウェイの扉が閉まる。


「おう。こいつをアークスチームまで飛ばしてやってくれ」

「は! 了解しました、ユーノ様!」


 そう言うとカエルの獣人は飛び跳ねた。数秒後、客室の天井がボゴンと鳴り、客室全体が揺れた。どうやら獣人は天井に飛び乗ったようだ。


「達者でなー!!」


 ユーノは大きく手を振った。




#minase212

 マイラスの旧市街、建物と建物のあいだから流れ込む隙間風はどこか乾いていて心地が良く、中心地ほど理路整然とはしていない街の造りがざわついていた気持ちをちょっとは落ち着かせてくれた。とはいえ——


「どうやっていけばいいんだろう……」


 天を仰げば確かに島が浮いていて、遥か上空、尖天塔に引っかかるような位置にアークスチームが見えていた。


——僕は僕で行きます——


 コウジンさんをある意味拒絶してしまったこと、間違いだとは思わないけれど、ここにきて後悔はし始めていた。もしこれで僕がアークスチームに辿り着けなかったら、コウジンさんを、そしてアルク総督を裏切ることになってしまう。


 所詮はちょっと変な夢の世界での話だ。でも、世界を救うチャンスだ。誰かのヒーローになるチャンスだ。成れっこないと思っていた、渡されやしないと思っていたバトンを掴むチャンスだ。だからこそ、僕は僕の力で進みたかったんだ。もちろん、コウジンさんは僕のそんな気持ち、知る由もないだろうけれど。


「というか、コウジンさんもコウジンさんですよ! そうか、ならお前の意思を尊重しよう、じゃないですよ。ちょっとくらい理由を訊いてくれたっていいじゃないですか。それか本当に大丈夫かって心配くらいしてくれたっていいじゃないですか!」

「随分と女々しいんですのね」

「どわぁ! びっくりした!」


 唐突に背後から聞こえてきた少女の声。思わず手を膝につく。


「何を悔恨なさっているのですか、こんな街外れで」


 振り返ると空中で揺蕩い、僕を見下ろすドーヴァさんの姿があった。


「悔恨というか、ちょっと考え事というか、いや、なんでもないですよ」

「どうせ、アークスチームまでどうやって行こうかお悩みなんでしょう?」


 ず、図星だ。


「アークスチームとレインボーフットを結ぶ交通機関は、サムザンの蒸気リフトかリトリヤの電磁機関車かインデクシアの複葉機か、貿易中のキャラバンの飛空船に相乗りするかという選択肢の中で、コウジン様に啖呵を切った都合上蒸気リフトは使えない、これから極東のリトリヤに行くのにはかなり時間のロスが発生するから電磁機関車も使えない、インデクシアとアークスチームは最近の貿易摩擦が影響して複葉機は滅多に飛ばない、キャラバンの飛空船を拾うのはかなりの幸運がなくては難しい、虎の子でストリングに力を借りるという手もあるけど両手を振ってお別れをした以上は帰るのも気まずい、そうでしょう?」

「よくご存知で……!」


 大体、僕がリサーチした通りのことを言われてしまった。最後のストリングに帰るのが気まずいというのだけ余計だけれど。


「というか、なんでドーヴァさんはここにいるんですか!? コウジンさんに着いて行ったんじゃないんですか?」

「そ、それは……」


 ドーヴァさんは先ほどまでとがらせていた眉をハの字に変えて、急にしおらしい表情になった。


「も、もしかして。振られちゃったんですか?」

「ふ、振られたわけじゃないですわ! い、いや。あれは振られたのかしら……?」


 ドーヴァさんは膝を丸めて頭を抱えた。


「もしかして、それでやけにアークスチームまでの交通手段に詳しかったんじゃないですか? さっきの今でよく調べ上げましたね。恐ろしいストーキング能力——」

「うるさいですわね! 別にわたしがどうしようと勝手じゃありませんか!?」

「だったら僕がどうしようと僕の勝手でしょうが」

「それでコウジン様の足を引っ張られたら困ります、せめてそこにいるGUIDEだけでもアークスチームに連れて行ってもらわないと」


 そう言ってドーヴァさんが指差した先には、不安げに僕の靴によりかかるGUIDEの姿があった。


「じゃあドーヴァさんご自慢の霊力で、GUIDEを持ってアークスチームまで昇っていけばいいじゃないですか」


僕はドーヴァさんの方を指差して言った。情けない、と自分でも思う発言だ。


「はぁ。ストリングの大賢者が聞いて呆れますわね。スピリットだって浮遊し続けるには万物に宿る力、あなたたちの言う天啓の力が必要なんです。何もない空間を昇り続けるのは不可能ですわ。それに加えて物を持ち運ぶなんてもってのほか。もっとお勉強なさって下さい」

「コウジンさんと比べて、僕には随分と薄情ですね」

「あら? あなたに情けが必要ですか?」


 しばらく沈黙が走る。時々、空を行き過ぎる雲が太陽を塞いで旧市街に影を落としては、再び晴れ間が訪れた。


「とにかく。僕は僕で行きますから。構わないで下さいよ。最悪、尖天塔をよじ登ってでも行きますから」


 見上げる尖天塔はあまりにも高く、無謀を言っていることなど僕にも分かっている。どうしてこんなに意地になってしまうのだろうか。何かいい方法を考えよう。最悪、本当は嫌だけどストリングに行ってクアンドシウスさんに相談すればいい。ドーヴァさんを後ろに、僕は細い路地へと歩き出した。


「あらあら。面白いご冗談ですこと。尖天塔をよじ登るなんて、そんな……。それだ! それですわ!!」

「どわぁ、何ですか急に!」


 突然壁をすり抜けて目の前にドーヴァさんが現れ、思わず膝から崩れ落ちた。


「いいですか、ミナセ様。先ほど申し上げた通り、わたしが宙を移動するためには近くに支えになるものがあることが必須です。スピリットと言えど、重力から完全に自由になることは不可能なんです」

「ということは、逆に言えば近くに支えになるものさえあれば飛べる、と。尖天塔に沿って行けば」

「ええ。ただ、それでもあれだけの高さを浮遊するにはかなり力を消耗します。ですが——」


 ドーヴァさんはそう言うと僕のことをじろじろと見まわし始める。


「あなたくらい複雑な計算式をお持ちの方なら、つまるところあなたの力をお借りすれば昇っていくことが可能ですわ」

「でも、そこまで昇っていったとしても、尖天塔のてっぺんからアークスチームまでどうやって移動するんですか?」

「塔からアークスチームまではさしたる距離じゃないです」


 そう言ってドーヴァさんは空を見上げた。確かに、尖天塔のほとんど延長線上にアークスチームがあるように見える。


「尖天塔の頂点からアークスチームまでの距離ならきっと、人を1人飛ばすくらいはできますわ。もちろん、これもあなたの力を借りる必要はありますけど」


 やってみる価値はある。でも——


「でも、それじゃドーヴァさんの手を煩わせることに……」

「ミナセ様! 10年前、あなたと出会った時から思っていましたけど。あなたも、独力ではなく人に力を借りることを覚えたらいかがかしら? それに、わたし一人の力にただ乗りするわけじゃありませんわ、わたしだってあなたの力を借りなければ尖天塔には登れないんですから」


 人に頼る。僕が一番苦手なことだ。


「じゃあ、これは協力ということで」


 だから、言葉を変えて言い訳をしてみる。


「ええ、行きましょう。次の目的地へ」

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