PROLOGUE of Isles' war 1——AT YOUTOPIA

#Ghost_Orange

「おいおい、船に乗るんじゃなかったのかよ!」

「ごめんごめん、どうしても気になることがあって」


 飛空船のヘリに足を乗せかけて、調べておきたいことがあったのを思い出す。私は窓からトレモロのいる玉座の間へと戻った。


 玉座の間には先ほどまで激戦を繰り広げたトワくんのコピー、木偶人形の核である腫瘍の残骸が、既にその生命を終えたはずなのに微かに脈打っていた。


「ん? なんじゃ? 忘れ物でもしたのか?」


 若々しく見えるが実際にはその齢は1000歳を超えているエルフ、ミドロのギルド長トレモロは、訝し気に私を見た。


「ええ、うん。これ、ちょっとだけ持って行こっかなーって」


 私は僅かに拍動する核の残骸を指差す。


「なんじゃ貴様。こんな残骸持って行ったところで、質屋に行っても1レギオにもならんぞ」

「あ、えーっと、実は、トレモロさんはどうやってこれを作ったのかなーって気になってしまって」


 金銭が目的じゃない。私は、クローン技術そのものに興味があった。見た目だけじゃない、動きも光輝君そっくりだったのだから、この技術を応用すればもしかしたら。もちろん、ここは夢の世界であって、現実世界で使えるべくもないのだけど。


「ほっほー! そうか、気になるか!」


 突然トレモロは目を輝かせ始めた。


「ど、どうかしたんですか?」

「いや、トワの奴はわしの研究にまーったく興味を示さんからのう。しまいにはマッドボタニストだの狂人だのいいよる。褒めてもらえるのは嬉しいんじゃがな」


 一体どこに誉め言葉があったのかは分からないけど、トワくんとしてはトレモロの技術に食指は動かなかったみたいだ。


「天啓は何も、火を出したり水を出したり、そういうびっくりマジックのためにだけ使う物じゃあない。お前のようにモノを具現化することもできるが、天啓とは本来、物質に宿る計算式をいじくる行為なんじゃ」

「計算式をいじくる?」

「そうじゃ。炎や水を出現させられるのは、大気の計算式をいじっているから、お前が罠を具現化できるのはその場にあるものを計算式をいじって罠の形にしているから。わしがトワの木偶人形を作れるのも、木に宿る計算式をいじっているからに他ならんのじゃ」


 なるほど。天啓については正直、この世界の自分の中にある直感に従っていたけど、具体的にそのもの特有の計算式をいじることによって変形させたり変化させたりできる。現実世界で言う所の遺伝子みたいなものだろうか。無生物にも宿る遺伝子。


「でも、もの自体の形を変化させるだけじゃ、光輝君、いやトワくんの動きをトレースさせるのは難しいんじゃないですか。ん? いや、そのための核?」

「そう、その通りじゃ! 流石にリトリヤの幽霊、勘が鋭いのう!」

「恐れ多いです」


 図らずも褒められてしまった。私はまだ、”リトリヤの幽霊”になってから1か月ちょっとしか経っていないのだけど。


「木そのものの計算式をいじって、トワを再現することは不可能ではない。しかし、そのためにはトワの持つ計算式を丸ごと分析して、木に詰め込む必要がある。それは木そのものの天啓に対する許容量的にも、あるいはわしの天啓への分析能力の高さを以てしても、できないことはないが膨大な時間がかかってしまうのじゃ」

「つまり、そもそもトワ君の計算式が豊富に詰め込まれているものを利用した方が早い、と」


 だとして、なぜトワくん自身の身体、例えば爪とか髪の毛を用いなかったのだろう。


「その通りじゃ。とはいえ、あの生き物、ガイド? と言ったか、あれにトワの天啓の計算式情報があれほど多分に含まれているとは思わなかったがのう」

「トワ君の身体の一部分以上に、ですか?」


 トレモロはこちらを見て目を細めた。


「うむ、その通りじゃ。理由はわしにも分からん。ただ、確かにトワに特別懐いていたような気もするから、そういうことなのかもしれんのう」


 正直、納得はいかない。天啓が、物に宿る計算式が遺伝子のようなものだとするならば、生き物についてはその生き物からサンプルをとるのが一番効率がいいはずだ。何が大事な要素なんだろう? 生体情報じゃないとすれば、どれくらい関り合ったか? 接触回数? 


「おい、いつまで話してんだ!」


 突然、後ろから肩を叩かれる。トワくんだ。わざわざ私を呼ぶために下船してくれたのか。


「あ、ごめん。ちょっと話し込んじゃって」

「何の話をしてたんだ?」

「ふん、どうせお前には分からんことじゃ!」

「ああ!? この俺様に理解できないことがあるとでも!?」


 どうしてこの人はいつも喧嘩腰なんだろう。なんか、家族のことを思い出しちゃうな。


「待たせちゃってごめんね。じゃあ、ちょこっとだけ持って行こうかな」


 私は先ほどまで拍動していた核の残骸から、かけらをナイフで手早く切り裂いてポケットに入れた。


「要は済んだのか?」


 じろじろとこちらを睨む光輝君を傍目に、私はトレモロに手を振った。


「本当に大丈夫か? 分からんことがあったらいつでも聞くんじゃぞ!」

「ううん、大丈夫。ここからは私が考えるから!」


 自分で考えて、自分で歩く。それを許してくれるこの世界で良かった。




#twilamp

 流石にキャラバンの飛空船なだけあって、自分で飛ぶより快適だな。カルロに乗せられた船は揺れも少なく、ぐんぐんと高度を上げて行った。船の手すりに肘をついて、下を見る。気付けばレインボーフットがあんなに小さく、はなってないな。どんだけでかいんだあの橋は。でも、ミドロとインデクシアの境界は見えてきた。森と平地の不自然な切れ目が見える。


「なんだか不思議な感じだね、船で空を上がっていくなんて」


 リトリヤの幽霊が溌溂と言う声が聞こえる。声のする方を振り返ると、幽霊は空を見上げていた。


「別に、『UTOPIA』では普通だけどな」

「ゲームの話でしょ。現実にこんな船に乗れるのが不思議だなって思っただけ。それに、私が『UTOPIA』を始めた時にはもう他のプレイヤーにルート開拓されてて、飛空船に乗る必要なかったし」

「そっか、お前が『UTOPIA』始めたのって島間戦争イベの直前くらいだったか。もったいねー」


 俺はβテスターだったからな。その時は今から行こうとしてる大邑ですら、どうやって行けばいいのか分からん状態だった。


「そう? 今は今で楽しいけどね?」


 幽霊はそう言うと俺の隣に立って、手すりに義手を置いた。


「落っこちないように気を付けないとね、ここから落ちたらひとたまりもないや」

「はん、その心配には及ばねーよ。俺が摘まみ上げてやるからな」


 くすくすと笑う幽霊の方を見やると、足元に羊型のロボット、GUIDEがすり寄って来ていた。相も変わらず、感情の読めないやつだ。いや、ロボットだから感情なんてないのか。


「それ、お前が作ったんだってな?」


 俺はGUIDEを顎で指して言った。


「ね。私もびっくりだよ」

「当事者がその反応かよ」

「覚えてないんだから、仕方がないでしょ?」


 幽霊は長いポニーテールを風にそよがせながらこっちを見た。思わず目を逸らす。


「まぁ、あの耄碌のじゃジジイの言うことなんて、話半分で聞いておいた方がいいしな。昔の俺たちが何をしてたとか、言われたところで信憑性皆無だし」


 それに、この世界でかつて”この肉体”を使っていた人が何をしていたのだとしても、現実世界の相生光輝からしてみれば何の関係もないんだ。


「ゲームの『UTOPIA』ではGUIDEで瞬間移動ができたけど、この世界でも同じなのかな?」

「どうだかな。少なくとも今のこいつは振っても揺すっても何も起こさないし」


 俺はGUIDEを抱き上げてシャカシャカ振った。うんともすんとも言わない代わりに顔に張り付いたモニターに映る目がぐるぐると回っている。こういう愛嬌はあるんだけどな。てんで役には立ちそうにない。


「こらこら。可哀そうでしょ?」


 幽霊は俺の手の中にいるGUIDEの頭を撫でる。


「そういやこいつ、乗船してから光を出さなくなったな」


 ずっと光を出し続けられていたらそれはそれで目障りではあるけど。こいつが次の目的地として示していたレーザーのような光は消えてしまっていた。


「ああ。それならこのハンドルを時計回りに回せばいいよ。ホログラムみたいに実体はないけど、動かそうと思えば動かせる」


 幽霊はそう言うと、GUIDEの頭に浮いている天使のわっかのような部分を義手で撫でた。わっかは90度ほど回転し、GUIDEは再び光を天に向けて放った。確かに、その光は上空にある浮島、大邑に向けて放たれている。


「なるほどな」


 天使のわっかは飾りじゃねぇってわけだ。


 幽霊が再びわっかを、今度は反時計回りに撫でると光は徐々に収まっていき、やがて消えた。


「ねぇ」


 幽霊は声色を落として呼びかけてきた。


「な、なんだよ」


 思わずこちらも身構える。


「なんで私こんなこと知ってるんだろう?」

「いや、それはこっちのセリフだ!」


 随分と詳しいな、とは思ったが。ゲームの方ではボタン一つで目的地を示す道しるべのオンオフができるから、実際にキャラクターがどうGUIDEを操作しているかなんて見えやしない。となると、こいつがGUIDEをこっちの世界で開発した時に独自に設定したんだろうか。いや、でもなー。そもそも幽霊がGUIDEを作ったって言うのも信じがたいし。


「お二人様! もうすぐ大邑に着きますよ、準備の方はよろしいですか?」


 船の端で話していた俺たちの所に、狐面の獣人がやって来た。カルロ。この船を出してくれた商人だ。


「おう! サンキュー!」

「いえいえ、礼には及びません。ところで、そのお召し物のまま出かけられるつもりですか?」

「んえ、そういやそれもそうだな」


 戦いの後、そう言えば俺たちの服はボロボロのままだった。


「お着替えもご用意してますよ! 旅の準備もありましょうし、一度船内にお越しくださいませ!」

「何から何までありがとう! じゃ、行こうかトワくん?」


 幽霊はそう言って船内の方へ歩き出す。風にあおられた幽霊の上着から、ちらりと試験管のようなケースが見えた。


「お、おう。そういや、それ、何だ?」


 おそらくケースの中身は先刻、俺の偽物だった残骸からはぎ取ったものだろう。


「ああ、これ?」


 幽霊は試験管を取り出してキャップを開け、中身を摘まみ上げる。腐ったジャーキーみたいな見た目だ。端的に言って気持ち悪い。


「何かに使えるかな、と思って」


 それを何の疑問もなく素手で持てるこいつもすごいな。


「趣味悪いな」

「それはお互い様だね」


 幽霊は手早く残骸をケースの中に仕舞うと、ほら、行こ? と俺に手を差し出した。俺がその手を取るわけがないって知ってるくせに。無視してカルロの行く方へ俺も歩き出した。


 旅は、こうして始まった。

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