【番外編】文化祭に陰キャが参加して益になることって実際あるんですかね?
青応学園高校。中高一貫で私立の名門校だ。立派で歴史のありそうな設えの校門には絶妙にマッチしない花のアーチが校舎まで伸びていて、一番手前のアーチには『春青祭』の文字がでかでかと掲げられている。字面だけでも吐きそうになるキラキラした学園祭だこと。立ち尽くす俺の横を、さも誰もいないかのように横切って校舎に吸い込まれて行く人々。どう考えても——
「場違いだ」
溜息と独り言はひと夏、いや、ひと青春の群衆の彼方に消えて行った。
どうしてこうなったか。話は一週間前に遡る。いつものように玲さんとゲーム『UTOPIA』をしていた時のことだ。その日は来週に差し迫った大型アップデートに備えて、武器を強化する用の素材集めをしていたんだ。
「ふい~。今日はこの辺にしとくか」
本日4度目のスナックジャイアント。浮島の一つ、TALTASLAに出現するクッキーのお化けを討伐した。
「これで素材としては十分なのかな?」
「う~ん。正直俺はぎりぎりだな。次のアプデまでに武器を上限まで強化しときたかったんだけどな」
「そっか。私の方は金策さえできれば強化には十分な量手に入ったかな?」
「大体、素材報酬の羽振りが悪すぎるんだよ。リアル指向なゲームだとしても、ユーザーに対してこういう作業のストレスを強いるのって、令和のゲームとしてどうなんですかねぇ?」
「まぁまぁ。そのおかげでこうしてゲームしながら話す時間も取れてるわけだし。光輝くんも私と話すのに理由が欲しいでしょ?」
ぐ。こういうこと、ナチュラルに言って来るから油断ならないんだよな、この人。実は俺に気があるんじゃないか……、いや、ないな。
「アプデ、次の日曜だし、休日だから盛大にやるぞ!」
「うん、頑張ってね」
「いや、なんでそこで他人事なんだよ」
「だって、私は日曜日ゲームできないし」
「おいおい、先週だって先々週だって一緒にやったじゃんか」
「次の日曜日だけ、ね。学園祭があって」
「あれ? 小泉高校の学園祭って秋じゃなかったか?」
「な、なんで把握してるの?」
「い、いや。それは良いじゃねぇか」
こっそり行ってやろうと思って調べていたことがばれる。
「とにかく、いけないものはいけないから。ごめんね? じゃあ、ご飯呼ばれたから」
通話が切れる。ま、いいか。別にあいつが居なくても。なんなら俺だけ先にアプデ後のクエスト全クリして、後悔させてやるもんね!
「えっと、次の日曜日に学園祭やってる高校は……と」
それで、この高校に辿り着いたってわけさ。
いや、キモいことは自覚してるよ! でもさぁ、悔しいじゃねぇか!? こっちは先週から、いやアプデが公式から発表された先々週からそのつもりだったんだからね!? 大体、この前もこっちが誘ったら袖にされたし(第7話参照)!! 俺はともかく『UTOPIA』の大型アプデより重要な予定とはいかほどなものか、覗き見てやろうじゃねぇか! スニーキングミッション開始だ!
「うげぇ、酔った」
動く車内でゲームをしても全く車酔いしない俺であったが、パリピ共の甲高い声にはいともたやすく三半規管をめちゃくちゃにされてしまった。お揃いのポーチとか、ギラギラした化粧を塗りたくられた高校生共。キモくて視線を落とせば、パリピ共は300円シューズにマッキーでお揃いの落書きを施していた、ああ、どこ見ても陽キャがまぶしい。来るんじゃなかった。
「に、2の3、メイド執事カフェ、やってます。もしよかったら来てください」
クソコンセプトカフェ。パリピがイキって決めたんだろうな。あー痛い痛い、絶対黒歴史になるじゃん。そう思った俺の視界に一枚のチラシが滑り込んできた。
「……へ?」
「も、もしよかったら…」
顔を上げれば、茶髪のツインテールを揺らめかせたメイド服の女子生徒と目を合わせてしまった。
「え、あ、あ、はい」
ミックスペーパーを受け取り直ぐに視線を下げその場を立ち去る。こんなクソ陰キャにもビラを配らないといけないなんてあの人も可哀そうだな待ってめっっっっちゃドタイプだあの人。
思わず顔を上げ、去っていった女子生徒へと振り返る。それは既に後ろ姿となっていたが、その歩みには確かな気品があった。ふと、頂いた招待状を見やる。
「……なんか、喉乾いてきたな」
気づけば俺は2の3の標識を眺めていた。ここが例のメイド執事カフェか。間違っても一人で跨いでいい敷居ではないのだが……。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
野太い声を発するメイド姿の男性が俺の前にしゃしゃり出てきた、がっちり両腕を組んで。清々しい程の仁王立ち、出迎えというよりかは待ち構えである。
「あ、はい」
ゴツゴツの女装メイド。ハズレ枠というよりはギャグ枠だろう。てか身長高ぇなこの人。流石に、先ほど廊下でお会いしたメイド女子が都合よくいることはなかった。きっと、まだ客引きをされているのだろう。
「なるほど、疑似的に奉仕されている気分を味わわせることによって客の高揚感を煽るわけか」
「コウジンさん、冷静に分析しなくて大丈夫ですよ。あ、ただいま戻りました。すみません離席中接客任せてしまって……」
「気にするな。こちらとしても参考になった」
ゴツメイドは別の生徒から紙切れを貰うと着ていたメイド服を脱いだ。不格好に見えたメイド服は服の上から着ていたが為であり、その下からは某ジョブズ風のタートルネックがあらわになっていた。どうやら、客がメイド服を着るとコーヒーを一杯無料で貰えるらしい。てか、客に接客やらせんなよ。どこのどいつがそんな無責任なことチャパツインテール!!!!!!
某ジョブズの隣には、先刻俺にチラシをくれた女子生徒がいた。控えめな高さのツインテール、凛とした佇まい、柔和な表情、落ち着いた透明感のある声、泣きぼくろ…、泣きぼくろ!?
フリフリの衣装をもろともしない清楚な佇まいに、俺は目を離せないでいた。彼女が俺をちらりと見てようやく我に返り、というか自身の奇行に気付き目線を下へ戻す。それにしても可愛かったな。
「あの、当カフェ、メイド服を着て写真を撮るとコーヒーS無料券を貰えるキャンペーンを行っているのですが、お兄さんもしよかったら如何ですか?服の上からでも簡単に着られるのですが……」
「え、」
俺は逡巡した。社会のゴミよろしく代表の俺にこんな可愛いメイドさんが折角提案してくれたことを断るなんて、できるわけないだろう、と。しかし……
「写真は……」
どうしても撮られたくない。俺は写真が大嫌いなんだ!
「あのぅ~、写真って絶対撮らなきゃ駄目なんですかね……」
「え、あ、そう~ですね。あ、でも!多分、絶対というわけではなかったような。流れで皆さん撮られていますけど……。ほら、写真撮らなかったら、着て脱ぐだけになってしまうじゃないですか」
それはたしかに。まあ、撮ってすぐに消せばいいか。どうせ俺のスマホでしか撮らないし。このメイドさんのご厚意を無下にしないためにも、ここは心を無にして……
「あれ、光輝くん?」
「春日玲!?」
「やっぱり光輝くんだ。光輝くんも文化祭来てたんだね。」
まさかこんなところで玲さんに会うなんて。俺が一方的に見つけて鼻で笑う予定だったから、こんなのは全くもって想定にない。と、いうより、この流れ、嫌な予感がする。
「今一人?私も、友人が体育館の方に行ってて、今だけ一人なんだけど、よかったらご一緒していいかな?」
嫌だ!
「別に、いいですけど…」
「ありがとう。店員さん、今から二名に変更してもいいですか?」
「はい、畏まりました。あ、当カフェでは、お客様がメイド服のコスプレをして頂くとコーヒーSの無料券を差し上げているのですが、いかがでしょうか?」
「あ、客側がメイドになるんですね。意外」
俺もそう思う。
「あはは…。と、言っても、この場で軽く着て頂いて、少し写真を撮ったら終わりますけどね」
「へえ。うん、いいんじゃない?コーヒー貰えるならお得だし。光輝くんもどうかな?」
「え、」
冗談じゃない。なんて、言えなかった。断る雰囲気じゃないし、俺の場合断る理由もダサいし。気づけば俺はメイドになっていた。隣では玲さんが執事服を着こなしており──あ、執事服もあったんですね。それ俺にくださいよ、逆だろ、どう見ても。
「撮りますね!3、2、1…」
チャパツインテールさんが俺のスマホで写真を撮る。レンズに映るひきつり顔の俺は、それはもうキモいんだろうな。絶対後で消す。直ぐ消す。今すぐ消──、
「さっき撮った写真、DMで送ってよ」
嫌だ!!!!!!!!!!
思わず噴き出したコーヒーSを必死に拭く。メイド服を脱ぎ、コーヒーとお茶菓子を持って玲さんと席についた俺は、すかさず写真を消そうとスマホを取り出していた。なのに、その写真を欲しいだなんて!なんて至極当然の要求なんだ!お断りさせていただきます!
「え、なんでですか…?」
「なんでって、折角撮ったなら私も保存しておきたいなって」
「あ、あの…、その、消してもいいですか?この写真」
「え、なんで?」
「なんでって…」
普段であれば、あることないことダサい理由をつけて反論できるのに、今回ばかりは言葉に詰まってしまう。
「……俺だけトリミングで消して、それを送ってもいいですか?」
「あー…、なるほど。うん、いいよ。ありがとう、手間かけさせてごめんね」
気を遣わせてしまった、最悪だ。「すんません」と小声で呟き、俺のいない写真を玲さんに送る。
「お、届いた。ありがとう。ふふ、光輝くん、ゲームでは女装しているけど、現実だとやっぱり恥ずかしいものなんだね」
「へ?あ、ああ!うん、当たり前だろ!ゲームはゲームだし!」
「……そういえば、『トワ』さんのデザインって、やっぱり光輝くんの好きなタイプなの?」
「あ~、いや?タイプで言ったら寧ろ──」
さっきのチャパツインテールさんなのだが、そんなこと口走るわけにもいかない。
「寧ろ?」
「ああ、いや、『トワ』に関しては、俺が思う一番カワイイを追及してキャラデザしましたかね。ピンクってカワイイんですよね?あと、三つ編みとか、羽とか。」
「たしかに、その辺りはファンシーって感じだよね。でも、服はシンプルじゃない?もっとフリフリにするかと思った」
「いや、装備は性能重視。始めはフリフリにしてましたけど」
「あ、そうなんだ。じゃあ、丸眼鏡も始めはつけてなかったんだね」
「え?なんで?」
「え、だって眼鏡って──」
「ちょ!待ってくださいよ!眼鏡があるからいいんじゃないですか!全方位八方美人は文句の付け所がないから100点以下にもそれ以上にもならないんですよ!眼鏡はアクセントなんですよ!この惜しさが逆に愛嬌になって結果101点のカワイイが完成するんじゃないんですか!?」
「光輝くん!?」
「……あ、」
奇声を上げた俺を何人かの生徒が見ていた、訝しげに。その中にはチャパツインテールさんも含まれており、彼女と目を合わせてしまった俺は羞恥心と希死念慮に背中を押されるがまま教室を飛び出し、そしてトイレに籠った。いや、籠るな馬鹿が。とりあえず、玲さんに謝罪のメッセージを…
『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。俺はもう帰るので、玲さんは文化祭楽しんでください。本当にすみませんでした。』
──とりあえずは、これでいいだろうか。溜めていた息を必死に吐き出す。思い返せば、初めからキモいことしかしてなかったな。文化祭に行く理由もキモいし、一人で行くのもキモいし、メイドカフェに行く理由もキモいし、そこでの挙動もキモいし、こうやってトイレに籠っているのもキモいし…
「うげぇ…気持ち悪ィ」
自業自得の散々な目はこれで何度目か。やはり、俺が出しゃばってもいいことなんて無いな。ある程度落ち着いたところでトイレを後にする。スマホで時計を確認すれば15時、1時間近くトイレに籠ってしまった。ミスコンのランキングにチャパツインテールさんがいないのを確認し「この学校、頭は良くても見る目はねぇな」などと鼻で笑いながらゲーミング入場口をくぐり逃げる。ふと、後ろを振り返れば、ここの生徒であろう草食系(笑)イケメンが、森ガールみたいな女子生徒と仲睦まじく歩いていた。
「ハッ、学はあっても不純異性交遊に勤しんでちゃあな。あんななよなよした男でもイケメンだから人生楽なんだろうな」
偏差値、負け。エンジョイ度、負け。モラル、負け。顔面、負け。完全敗北。俺はしっぽを巻くかのように前髪を深くおろし、帰路につくこととなった。
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