Rude prelude——AT YOUTOPIA

 どうしてか僕は『UTOPIA』というゲームに出てくる羊みたいなマスコットキャラクターのGUIDEを錠が施された手で抱きかかえて、その『UTOPIA』とそっくりな現実とは別の世界で、石の鎧で身を固めた兵士に囲まれながら、石造りの大層美しい街並みの傍らを歩いていた。隣には未だにどうして捕まってしまったのか納得いっていない様子のコウジンさんと、別に体が透けているスピリットなのだからいつでも逃げられるだろうに大人しく僕らについてきているドーヴァさんがいた。


 僕らは連行されている。初めての経験だ。補導されたことはおろか、交番のおまわりさんに注意されたことだってない。コウジンさんやドーヴァさんとひとまとめに、怪しい奴だなんて言われるとは思わなかった。冒険と過ちは隣り合わせなのだ。


「おかしいな、怪しい人間ではないと宣言したはずなのに」


 この期に及んでまだコウジンさんは兵士に捕まった時のことを反省している。


「怪しい人が言うセリフ筆頭ですよ、それ」

「しかし、事実として怪しくないのだから仕方がないだろう」


 コウジンさんは顎に手を添えてこちらを見下ろした。良くも悪くも、この人は純粋なのだと思う。


「どうするのですか、ミナセ様。このままでは牢屋につれていかれて、永遠に地下労働ですよ。ぼろ雑巾になるまで使い倒されて、そのまま床を拭くのにちょうどいいサイズにカットされるに決まってますわ。おいたわしや、可哀そうなミナセ様」

「なんで僕限定なんですか!? コウジンさんだってそうなっちゃうかもしれないでしょ!?」

「愚問ですわ。そうなる前にわたしがコウジン様を助けるに決まっているではありませんか」

「じゃあ僕も助けて下さいよ!」

「口を慎め貴様ら!」


 ドーヴァさんと口論していたら、兵士に諫められた。ああ、本当に僕たちはどうなってしまうんだろう。なんでコウジンさんは落ち着いていられるのだろう。


「! 総員、止まれ!」


 僕らを連行していた兵士たちの中で、先頭を歩いていた兵士が立ち止まる。と同時に兵士全員が動きを止めた。兵士のごつごつした鎧に体がぶつかる。人間はそう急には止まれない。


「敬礼!」


 兵士たちは大通りに向かって、正確に言えば大通りの中央を僕らが向かっている方向から駆けて来た巨大な馬車に向かって敬礼した。壮健で巨大な馬、その体はまるで石のようにゴツゴツしていて、地球で見るのとは似て非なる姿だった。馬に引かれている馬車はこれもまた巨大で、装飾が豪奢に施されていた。金や銀で光る幾何学的で荘厳な飾り、その中にいる人物が門閥家どころではない高い位にあることが一目で分かる。馬車の窓にはアイボリーのカーテンが引かれていて中の様子を伺うのは難しかったのだが、ほんの一瞬だけカーテンが向こうから捲られて、こちらを覗き込んだ。一瞬で良く見えなかったけど。


 仮面?


 兵士が被るような石の仮面をしていたように見えた。素顔は全く伺うことができない。あれ、でもあの仮面どこかで見たことがあるような気がする。


「はぁ、なんであいつに敬礼なんかしなくちゃいけないんだ、俺たちはアルク総督直属の憲兵だって言うのに」


「馬鹿、滅多なことを言うんじゃない。マイラスはインデクシア領内にあることで、実質的に保護されている状態にあるのだ。我が憲兵の頂点にあるのはアルク総督に代わりはないが、憲兵の統制をしている実質的なトップはツヴェイラ様なのだから」


 兵士たちが小声でやり取りするのが聞こえた。


 ツヴェイラ。ゲーム『UTOPIA』で、INDEXIAというギルドの長をしている人物だ。全身に鎧を纏い、その素性は一切不明。男なのか女なのか、人間なのか獣人なのか、それすら明らかじゃない。ゲームがリリースしてしばらく経つが、INDEXIAのツヴェイラとLITTLYAのフィブリウムに関してはその素性がほとんど一切明かされていないのだ。


「あの馬車に居た方、こちらを見てましたわよね?」

「うむ、のようだな」

「うーん、でもここの兵士の方々がいたからちらっと見ただけってこともあるかも」


 いずれにせよ、インデクシアとは関わり合いにならないことが得策だ。ゲームの『UTOPIA』とこの世界がリンクしているのだとしたら、インデクシアは不穏な拡大戦略を水面下で行っているギルドで、そのギルド長ツヴェイラは暴君とも噂されている。実際、ゲームで何度かINDEXIAのクエストをプレイしたことがあるけど、どこか冷徹なイメージがあった。


「立ち止まるな、ついてこい!」


 兵士に小突かれる。いつの間にか、僕らの連行は再開されたみたいだった。




 地下労働は嫌だ。せっかくこの世界では楽しく生きていけそうな気がしていたのに、眠る度によく分からない謎の棒を奴隷みたいにぐるぐると回すはめになるのだろうか。夢でくらい楽しい思いがしたい。俯き気味に色々と考えていたら、いつの間にか目の前に巨大な扉があった。


 尖天塔だ。


 細長い、とはいえ横幅すら優に普通の城門よりも大きい巨大な扉。それは細く口を開いていて、そこに向かって兵士たちは歩いて行く。真っ白な塔は見上げてもまるでてっぺんは見えず、雲の向こう、仄かに浮島の影が見えるばかりだった。


「ほら、早く入れ」


 後ろにいた兵士にまた小突かれて、僕は慌てて小走りで門に入った。地下労働施設への入り口と言うよりは、天国への門みたいだ。あれ? 尖天塔ってマイラスの本部なんじゃなかったっけ? 牢屋もこの中にあるのかな?


 尖天塔はかなり細長いから、建物の面積自体は狭いのかと思っていたけど、とんでもない。それはまるでヨーロッパの大聖堂のような、神聖な雰囲気のある荘厳な内部だった。太い柱が天まで伸びて、それぞれに精緻な彫刻が施されている。ガーゴイルのようだったり、獣のようだったり、あるいは聖職者のようだったり。様々な意匠が施されてはいたものの、そのどれもが現実世界にあるものとは似て非なる様子だった。歩くたびにカツンカツンと足音が反響して、柱と柱の間を駆け巡っていった。内部にはまばらに人がいたけど、街に居た人の数と比べるとかなり少ない。みなそれぞれ高位な人が着ているような、儀礼的な服装をしていて、僕らはかなり場違いなような気がする。


 しばらく無言で歩き続けた。というより見惚れていて言葉も出ない、という表現が近いのかもしれない。ゲームの『YOUTOPIA』でも、尖天塔の内部にはまだ入れていなかったのだ。よく見ると曲線的な壁に沿うように螺旋階段がついていて、ひどく高い天井の向こうに、まだ2階、3階と階が続いているみたいだ。それもそうか、何せ浮島に届くか届かないかくらいの高さの建物だから。


 痛い。よそ見をしていたら兵士の背中にまたぶつかった。急に立ち止まらないで欲しい。眼前には尖天塔の門扉ほどではないが、大きな扉があった。これまた細やかな装飾がなされている。今までマイラスで見てきたのと異なり、どこか曲線的な装飾が金属で施されている。


「貴様ら、必ず無礼のないようにしろよ。このレインボーフットを統べる方がおわすのだからな」


 そう言われて兵士が僕らを扉の横についているレバーを引いた。扉が開く。中は小さな部屋になっているみたいだった。


「え、それってどういう——」

「ほら、さっさと入れ」


 質問を言い切る前に、兵士に手錠を外されて扉の中へと押し込まれる。部屋の中には誰も居ない。


「あれ、皆さんは入らないんですか?」

「ああ、総督は少人数での謁見をお望みだ。全く、奇特なお方だ」


 部屋の外で兵士がそう言う。そして、扉が閉まっていった。小部屋もまるで植物のような有機的な装飾が辺りに施されていた。家具の類はほとんどなく、ただ鏡が僕らの姿を映し出すだけだった。扉が完全に閉まると淡い紫色に装飾が光り、部屋全体が揺れる。


「敵襲か?」


 コウジンさんが弓を番えようとする。


「いや、ちょっと待ってください。これは多分」


 小さな立方体の部屋。壁に設置された鏡。レバーを引くと閉まった扉。部屋の小刻みな揺れ。そして訪れる謎の浮遊感。


「多分、これはエレベーターです」


 先ほど路地裏で見た地球儀といい、このエレベーターといい。マイラスはどこか僕らの生きている現実世界と似た様相をしている。


「なるほど、のようだな」


 コウジンさんも察したのか武器を下げた。


「え、えれべーたー? 何ですか、それは」


 当然のことながら、僕らが生きている現実世界のことなど知る由もないドーヴァさんが戸惑っていた。


「エレベーター。昇降装置ですね。階段を使わずに、この部屋というか箱が上の階や下の階に運んでくれるんですよ。これは行き先が固定みたいですけどね」

「そ、そんな技術がマイラスにはあるのですね」

「マイラス、というよりはリトリヤの技術かもしれないな」


 コウジンさんは辺りを見回しながら言った。


「それは、どういうことですか?」

「この曲線的な装飾はリトリヤ特有のものだ。マイラスやそれを実質的に支配しているインデクシアの装飾はもっと直線的で幾何学的だ」

「素晴らしい洞察力ですわ、コウジン様」


 リトリヤの技術供与。それ自体は何らおかしな話ではない。でも、ゲームの『UTOPIA』でLITTLYAに行った時は、エレベーターなんてあっただろうか。そんなことを考えていたら、今までの静謐でどこか荘厳な雰囲気を打ち破るような音が響く。


 チン。


 どうやらエレベーターが目的の階に着いたみたいだった。


「な、なんだか間の抜ける音ですわね」


 ドーヴァさんの感想が小さくこだました。扉が開く。


 扉の向こうから一直線に絨毯が敷かれていた。レッドカーペット。よく映画で見ることはあるけど、自分の前に敷かれるのは始めてだ。扉の向こうにある巨大な空間は、今まで見てきた内装と比べたら比較的簡素だ。豪奢な彫刻が施されているわけでもないし、美しい装飾が散りばめられているわけでもない。


「なーにを遠慮しているのだ、早くこっちに来なさい」


 大きな声がびりびりと部屋を反射する。快活な老人の声。レッドカーペットが伸びる先にある玉座、そこに座っている老人が発したもののようだ。その隣にはなんか変な生き物がいる。


「あ、はい、ただ今!」


 頑張って声を張り上げて返事をして、赤い絨毯の上を遠慮気味に歩く。汚さなければいいけど。


「がっはっはっは! 待っていたぞ、眠れる旅人たちよ!」

「ミュエ~~」


 玉座まで辿り着くと、老人とその隣にいる変な生き物が声をかけてきた。変な生き物。なんだか大きな山羊みたいだ。変な角が生えていて、長い首と足は節があり、そこだけロボットみたいな無機質な質感だった。


「まぁ、立ち話も難だし、座りたまえ!」


 老人はそう言うと指をぱちんと鳴らした。僕らの後ろにソファが出現した。


「えと、それじゃあ、お言葉に甘えて——」


 僕が言い切る前にコウジンさんはソファに深々と座った。


「わたしも形だけでも失礼しますわ」


 ドーヴァさんもソファに座る。


「それじゃ! お言葉に甘えて!」


 出遅れてしまった。僕もソファに腰かけた。膝にGUIDEを乗せる。


「さて、眠れる旅人たちよ。君たちが目を覚ましてくれたということは、とうとう約束を果たしてくれるのだな!」


 意気軒高に老人は言った。約束? 一体何の話なんだろうか。でもこの人、かなり偉い人っぽそうだし、どうやって角が立たないように質問すれば——。


「何の話だ」

「いや、直球!!」


 いつだってストレート。コウジンさんはこう言うところが良いところだと思うけど、苦手なところでもある。


「んん? どういうことだ。そのためにGUIDEを連れてきて、装置の方まで行ったんじゃないのか?」

 話が平行線だ。向こうが話していることが全く理解できない。


「さっきから何を言っているんだ? もっと分かりやすく話してくれ」

「コウジンさんがそれを言うんですか!?」


 いつも言葉足らずな癖に。思わず声に出して言ってしまった。


「がっはっはっは! 相変わらずだな、君たちは。そうか、そうか。その様子では何か事情があるな? まず、君が抱えている機械、GUIDEのことは知っているか?」

「ゲームに出てくるセーブ兼ワープ装置だろう?」

「そう! ワープ装置だ! 言葉の意味はよく理解していないが、それを使えば島と島の間の行き来が楽になるだろう?」

「ま、まぁそうですね」


 そうか、この世界ではGUIDEが機能していないから、どこに移動するにも苦労するのか。ゲームの『UTOPIA』との最大の違いだ。


「君たちは旅の中で多くのGUIDEを設置した。ああ、その他に色々な設備を作ってくれたね。この尖天塔の昇降装置も、GUIDEを作ったのと同じ人が作っていただろう。そう、リトリヤの幽霊だ」

「リトリヤの幽霊?」

「ああ、白髪の女性の方でしたかしらね。機械や技術に詳しい方でした」


 今まで頭を抱えて話を聞いていたドーヴァさんが話し出した。


「え、ドーヴァさんは知ってるんですか?」

「ええ。あなたたちも仲良くされていたではないですか」

「記憶に、ないですね」

「右に同じく」


 コウジンさんは腕と足を組んだ。


「がっはっはっは! なるほど、10年寝ている間に記憶まで失ってしまったか。というよりは、思い出を作る前の君たちが来た、と言う方が正しいかもしれないな」


 なんだか含みのある言い方をする。


「ミュエ~~」

「そうだな。いずれにせよお前たちには使命を全うして貰わないことには話にならん! こちらも10年待ったからな! 身に覚えのない頼みだとは思うが、せっかくだし旅に行ってもらえないか? 旅は好きだろう?」


 なんでもお見通しと言う顔で老人は僕らを見下ろした。


「ああ、旅は好きだ」


「ちょっと、了承するんですか? 怪しいですよ、この話。今までこの世界で会ってきた人と違って、このおじいさんはこちらのことを色々と知っているみたいですし」

「だが、同時にこの世界の謎を知るチャンスだ。GUIDEは数少ない、こちらの世界とゲームの『UTOPIA』との相違点。それに、リトリヤの幽霊やもう1人の眠れる旅人がこの世界を俺たち同様にうろついているのだとしたら、旅をしている間に邂逅する可能性もあるはずだ」

「それは、そうですけど」


 本当にこのまま旅を続けていいのだろうか。正直、旅は好きだけどこの世界での安寧の生活が失われるなら嫌だ。この世界でだったら、僕はストリングの庇護下で好きに暮らすことができた。現実世界とは大違いだ。


「決まりだな」

「そうか、それは良かった!」

「まだ了承してませんけど!」


 この人といると自分の意思で動けない。いつも翻弄されてしまう。でも核心を突かれてしまっているから、正しいことを言っているから従うしかない。


「ところで、俺はアルクという男に用があるんだ。何か知らないか?」

「がっはっはっは! 面白い冗談を言う。この私がそのアルク総督だ!」


 それでいてこういう鈍いところもあるし。


「なんと、そうだったのか。今までの非礼を詫びよう。実は、ギンという男から貴殿あてに手紙を預かっているのだ」


 コウジンさんは手紙を懐から取り出した。


「おお! ギンか!? 久しぶりに聞く名だ。どれどれ」


 手紙をコウジンさんから受け取り、アルク総督は読み出した。


「そうかそうか。相分かった」


 頷きながら手紙を仕舞う。


「さて。旅路の準備をしてもらわなければな。GUIDEに手を触れてみろ」


 アルク総督に促されて、僕はコウジンさんにGUIDEを差し出した。コウジンさんの手がGUIDEを触ると同時に、突然振動して目を覚ました。GUIDEは体を震わせて、そして一筋の光を天に向けて放つ。


「ゲーム画面で見たな。方向を指示する光だ」

「そのとーり! どうやらGUIDEは君たちをアークスチームに案内しようとしているみたいだぞ」


 なんだかチュートリアルみたいな言い方だ。


「それでは君たちに改めて依頼しよう! GUIDEを繋いで、この世界を救ってくれ!」

「世界を救うとは随分と大げさな言いようだな」

「がっはっはっは!! なぁに、この世界を旅すれば言わんとしていることが分かるさ。頼んだぞ、コウジン、ミナセ」

「せ、世界を救えるかは分かりませんが、善処します!」


 結局、流されてしまった。でも、この世界の役に立てるなら、それは良いことだ。

 これは、夢を見た僕の、愚かな旅の始まりだ。せめて不器用でも自分なりに始めたい。だから——。


「さて、まずはどうやってアークスチームまで行くかだな。そう言えばサムザンにキャラバンの技術を応用した蒸気リフトがある。やや危険な代物ではあるが、これなら行けるかもしれない。行くぞ、ミナセ」

「いえ、僕は僕で行きます」


 僕は僕の力で旅をスタートするんだ。

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