所詮1番以外は海千山千なんだから精々下を向いて生きていこうぜ——AT REAL
——花が開くことは滅多にない。どれだけバスケが好きでも背が伸びない奴、素晴らしい音感を持っていても楽器は苦手な奴、ゲームを作りたい意欲はあってもプログラミングは絶望的に理解できない奴。結局、したいとできるが噛み合った奴だけに夢を追う資格があるし、片手落ちの連中は所詮、地の底から天へと伸びていくそいつらを眺めることしかできないんだ。俺を腐葉土に誰かが咲く。それでいいじゃないか、それが世の常なんだから——
「おい、反対側にも敵居るぞ、気を付けろ」
俺がそう言うと、玲さんのアバターがこちらに振り返る。
「あ、ごめん。助かった!」
ヘッドホンのやや右側からアバターの主の声が聞こえてきた。
ゴールデンウィークもそろそろ終わるころ。相も変わらず俺はゲームをしている。いや、受験生だから、相も変わらずというのはまずいんだけど。最近は幽霊、いや玲さんとUTOPIAをすることも多く、あっちでもこっちでもこの人は登場頻度高めなキャラクターだ。
「やべ、バフ切れてる。威力下がった」
「分かった、じゃあいったんこっちに近付いて! 『TROY』さんも」
「はい、分かりました。ふふ」
『TROY』さんは俺や玲さんと違って社会人で、久しぶりにボイセで参加してくれている。柔らかい男性の声。世の女はこれをイケボといってもてはやすんだろうな。
「あの、なに笑ってるんですか?」
玲さんが『TROY』さんに言う。
「しばらくインしないうちに随分と仲良しになったんだなぁ、と思いまして」
「い、いやそんなことないっすけど」
確かに関わる回数は多くなったが。仲良くなったと言えばどうだろうか。
「いやいや、そんなことありますって。最初は物凄い剣幕で口喧嘩していたものですから、『Ghost_Orange』さんがゲーム辞めちゃうんじゃないかって不安でしたよ」
そう言えば、夢の世界で出会う前に、こっちで会ったんだもんな。あの時、結構な罵声を浴びせた気がするけど、なんなら夢の世界でも沢山言ってしまった気がするけど、まだ謝ってない。
「そんなこともありましたね。今はこう、いや『twilamp』さんには色々とお世話になってます」
本名を呼ばれかけた気はするけど、褒められてるから許すことにしよう。
「ふふ、そうですか。2人は歳も近そうですし、気が合うんでしょうかね」
気が合うだなんてそんな。
「や、それだけはないと思います」
「急に冷ややかですね!?」
「だって、一々こっちの発言につっかかってくるんですよ。分かり合えたこと、一度もないです」
せっかく謝罪してやろうと思ったのに、謝る気が失せた。
「それはこっちのセリフだ! 本名で呼ぶなって何回も言ってんのに、さっきだって!」
「だから、言いかけたけどちゃんと黙ったじゃん!」
なんでこの人相手だとこうも熱くなっちゃうんだろう。
「あのー、敵来てますよ?」
「もうほぼフルネームで呼んじゃってたけどね!?」
「苗字は呼んでないでしょ? 適当言うのは止めてよ!」
きっと俺の穏やかな日常を侵食してきているからだ。寝ても覚めてもこの人のことばっかだ。
「敵来てますって」
「あーあ、また始まったよ揚げ足取りが!」
「事実を言ったまででしょ、光輝くんがそういう言い方するから——」
「だから名前で呼ぶなって言ってるだろーが!」
なんでこんなに引っかかってしまうんだろうか。まだ出会って間もない、因縁もくそもない相手だって言うのに。
「敵来てますってば!!」
画面にはゲームオーバーを告げる画面が表示されて、リスポーン地点であるINDEXIAの首都、オルダに帰って来た。石造りの街並みが、GUIDEの向こうに見える。
「二人とも、頭を冷やしてください」
「「はい、すみません」」
玲さんと声を揃えて謝罪する。『TROY』さんの口調は、怒っているわけではなさそうだった。
「あ、もうこんな時間ですか。私は落ちることにしますけど、お二人もあまり夜更かしし過ぎないようにして下さいよ」
モニターの右下が告げる現在時刻は24:00だった。『TROY』さんは明日仕事だって話だったな。
「はい、パパ」
「了解っす、トロイパパ」
「パパじゃありません。それでは失礼します」
『TROY』さんはそう言ってゲームからログアウトした。
「それじゃ、私もそろそろ落ちようかな」
玲さんはオルダの行政府、大星堂を背にそう言った。
「あ、ちょっと待って」
「なに? どうしたの?」
「えと、その、この前奢ってもらったじゃん?」
以前初めて会った時、代官山でのことだ。
「うん、それがどうしたの?」
「お返しってわけじゃないんだけどさ、えっと、明日とか空いてない? は、話したいこともあるし」
あー、カッコ悪い。なんでこういう時にどもっちゃうんだろうな。話題の中で現実が近くにあればあるほど、喋るのは難しくなる。
「明日……。ごめん、明日はちょっとメンテナンスが」
「メンテナンス? 『UTOPIA』のメンテだったら昨日終わったところだろ」
「い、いやその、用事があって」
察してくれと言わんばかりの声色だった。
「あ、そーかそーか! ならいいわ、良かった、奢らずに済んで! じゃ、またな!」
矢継ぎ早に言葉を紡いで、俺はログアウトした。玲さんが気を遣うのを聞きたくなかった。
柄にもなくカフェにやって来た。とはいえ、うちからほど近いところにある小さなカフェだが。通学路を開拓するために色々な道を模索してたら見つけたんだ。前々から普通の家の1階に看板がついてたから気になってはいた。斜面沿いにある一般的な家屋だった。正直、チェーン店に行くよかこういうお店の方が入りやすい。だって気取った店だと気取んなきゃいけないような気がしちまうじゃん? いや、まぁ、結局、カフェというもの自体が入りにくいけど。
カランコロン。今時じゃ滅多に聞かない入店音を鳴らす扉を最低限開けて潜るように店内に入る。本当に小さなカフェだ。カウンター席が数席と、テーブル席も4つしかない。適当に座った席の窓からは、丘へと向かう道が映し出されていた。客が少なくて落ち着く。適当にブレンドコーヒーを頼んだ。砂糖とミルクは……、一応つけてもらった。
190cm近い白髪交じりの男性店員がコーヒーを持ってくるまで、そわそわして広げられなかった雑誌をリュックから取り出す。月刊ムートンの5月号だ。目次を指でなぞる。
「えっと、『第三次大戦の幕開け? フロンティア進駐の意図を探る』、『堕ちた天才物理学者、レイテ=バニスターの理論を再検証』、『コラム――宇宙の果てには何があるのか――』、『新機軸のメタバース!? KODE:LiONが語るUTOPIAとは』、あったあった。この記事だ」
本当は玲さんとこの記事の内容について語り合いたかった。前回の話し合いでは分からなかったKODE:LiONの素性が語られているからだ。
雑誌を読んで目が疲れて、苦いコーヒーに口をつける。うわぁ、よくこんなんそのまま飲めるよな。周りをきょろきょろと確認してから、砂糖とミルクをコーヒーにぶち込んでかき混ぜ、こともなげに窓の向こうの景色を見る。
「しかし、つまんねぇ街だよな」
別にこのカフェが丘の途中にあるからと言って、街を見下ろせるわけではなく、目の前には心ばかりの住宅と、その背景には林があった。俺が生まれ育った場所。どこにでもある郊外で、どこにでもあるような一般家庭に生まれて、どこにでもあるような学校に通って——
「どこにでも落ちてるような人生を歩むんだろうなぁ」
飲みやすくなったコーヒーを啜り、目を細める。別にドラマみたいな人生を歩みたかったわけではないし、主人公になれるつもりもないんだが、せめて退屈しのぎと勉強以外の出会いがあればいいのに。
丘を上がっていく方向に、通行人が通りがかるのが見えた。珍しい。連休の最終日に、ただでさえ人通りが少ないこの道を歩く人がいるなんて。先ほどからぽつぽつと車が通っていくのは見たが。ふわふわした服を着ている。スカートっぽく見えるけど多分あれはズボンだな。ひらひらと風を受けて膨らむシャツ。大きなカバン。あと、漫画家がよくつけてるような帽子。まさかこの町にこんなに可愛い女子がいたとは。まぁ、俺には縁の欠片もない話なんだけど。服装に比して、髪は短いな。色素が薄い。しかも——、ツーブロック!!
「玲さんじゃねぇか!」
なんで月吉に? 東京住みだったはずだよな? 何より俺と会うのは拒否したくせにこんなつまらん街に来てるのが許せん。だからと言って何をするわけではないけど、何をするわけではないけど! 大急ぎでコーヒーをがぶ飲みして会計を済ませて追いかけた。
店を出て、丘の上を見る。思ってたより玲さんは小さくなっていた。歩くの早いな、小走りで追いかける。追いかけてどうするんだ、追いついたところでなんて声をかけるんだ? 自分の計画性のなさにほとほと呆れる。丘を登り切ってしばらく進んだところでようやく追いついた。小さな肩を叩く。
「玲さん!」
「う、うわぁ! こ、光輝くん? えっと、こんにちは」
想像以上に驚かれてショックじゃないではないが、そんなことよりも疲れたので肩で息を整える。
「はぁ、はぁ、えっとなんでこんなところにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだよ。大丈夫? 水でも飲む?」
玲さんは鞄からペットボトルを取り出して、俺に差し出した。正直、喉から手が出るほど欲しかった。
「い、いえ。お構いなく」
この程度の距離、ゲームだったらスタミナ消費ほとんど無しに走り切れるのにな。情けない。
「その、俺、いや僕はこの近辺に住んでますから」
「へぇ、そうなんだ」
「ていうか、水臭いじゃないですか。この辺りに来るんだったら、全然僕と会うこともできたでしょうに」
「い、いや。それはだってさ、光輝くんが月吉に住んでるとは思ってないし。それに」
「それに?」
「えっと、その」
珍しく玲さんが狼狽えている。ははーん、さてはここに何か秘密があるな。よく考えたらこの丘の先は行き止まりで、突き当りには廃墟があるだけだ。中学生の頃、一度だけ通学途中に寄り道をして遅刻しかけたことがあるから覚えている。そういやその家、最近は幽霊屋敷って呼ばれてるんだっけ?
「もしかして、この奥の廃墟の幽霊の正体って、玲さんなんですか?」
リトリヤの幽霊ならぬ月吉の幽霊ってか。しょうもない当て推量だ。
「いや、冗談ですよ、て、あれ?」
玲さんは今まで見たことない顔で俺のことを睨みつける。張り詰めた緊張感が、雑木林をざわざわと揺らしていた。
「帰って。私に構わないで」
そう言って玲さんは俺から視線を外して、廃墟の方へと向かって行った。
「い、いやちょっと待ってくださいよ。別に本気で言ったわけじゃないですって、気を悪くしたんなら謝りますから」
玲さんの後ろをついていく。小さな体躯の向こうでは、どんどんと幽霊屋敷が大きくなっていった。
「帰ってって言ってるでしょ? 別に光輝くんが面白いと思うものはこの先にないよ」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないですか。な、なんでそんなに怒ってるんですか?」
玲さんはこっちを向いてくれない。その歩みは止まり、幽霊屋敷の門扉の前に辿り着いた。
「怒ってないよ! ねぇ、お願い。これから私がすることを、誰にも知られたくないの。そしたら、私がやってることの意味がなくなっちゃうから」
全く要領を得なかった。玲さんが何を言いたいのかが分からない。ちょっとくらい説明してくれてもいいじゃないか。せめてこっち向いて喋れよ。
「ああ、分かったよ、帰りますよ」
せっかくの連休最終日が台無しだ。帰って勉強でもするか。玲さんがここで一体何をしようとしているのかは知らない。でもそれを知ったところで俺の人生には何の影響もない。ただ普通に生きて、死ぬだけだ。後ろではキキっと鉄が擦れる嫌な音がした。おそらく錆びた門扉を開ける音だろう。
丘を下る道を見下ろすと、遠くの方にこちらへ向かって来る二人の男が見えた。全く見かけない顔だ。こんな辺鄙な場所に観光スポットなんてない。強いて言えば、肝試しか? 先ほど俺が居たカフェも素通りして上がってくる。玲さんとバッティングしやしないだろうか。
いや、それも俺には関係ないか。これで玲さんに何か不都合が降りかかったところで、どうでもいいことだ。どうでもいい、よな?
「玲さん、誰か来るぞ!」
気付いたら廃墟の門扉を潜っていた。玲さんが幽霊屋敷の扉を開けて、中に入っていく直前だった。
「え、そんな。と、とにかく入って!」
玲さんが俺の手を引く。左手だった。廃墟の中に引き込まれる。扉が閉まるとほとんど明かりのない、暗い空間になった。玄関の小窓から薄明かりが差し込んでいる。
玲さんは玄関で靴を脱いだ。そしてそれを鞄に押し込み、代わりに懐中電灯を取り出した。
「靴は持って上がって。人がいることを悟られたくないから。えっと、そうだな、二階に行こう!」
よく分からないけど従うことにした。俺も靴を脱いで、玲さんの後ろを追いかける。
二階には幾つか扉があって、一番奥まった方にある扉へと玲さんは進んでいった。玲さんは扉を開けて、俺に入るように促す。
そこはまるで、聡明な子どもの部屋のようだった。まだ、誰かが暮らしていてもおかしくない、揃えられた家具に本棚。
「センサーが反応しないように、なるべく壁に張り付いて移動して。えっと、流石にここにいるわけにはいかないから、ちょっと狭いけどクローゼットに隠れよう」
壁面につけられた折り戸を玲さんは開き、俺を中に押し込んだ後で入って来て扉を閉める。彼女の乱れた呼吸が肩に当たった。真っ暗で何も見えない。変な体勢のまま動けない。ただ、確かに自分の目の前には玲さんがいて、ほとんど手が触れるか触れないかの距離を保ちながら、しかし変な気が起きることもないほどの緊張感が走った。玄関の扉が開く音がしたからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます