所詮1番以外は海千山千なんだから精々下を向いて生きていこうぜ——AT YOUTOPIA

 重い。そろそろ俺の翼も限界を迎える。流石に人一人抱えながら飛び続けるのは、この身体では難しいみたいだ。


 俺の複製人形は、せっかくの超可愛い丹精込めて作ったキャラデザも完全に崩壊させてめきめきと巨大化していって、アバンの巨木の上背に勝るとも劣らない大きさにまで成長しやがった。


「い、一旦ここに降りよう!」


 周囲の樹木が栄養を吸い取られて朽ち果てていく最中で、辛うじて形を保っていた樹木をリトリヤの幽霊が指差した。義手じゃない方の手だ。


「確かに、いつまでも飛び続けるわけにはいかねぇもんな……!」


 壊してしまわないように念のため、そっと。最後の力を振り絞って巨木の枝に幽霊を下ろす。


「あ、ありがとう。助かった」

「はいはい、どういたしまして!!」


 しかし、周囲の木々がずしんずしんと地を鳴らしながら倒れていくこのありさまじゃ、この木が倒れるのも時間の問題だ。


「さて、第二ラウンド開始だぞ、どうする?」


 幽霊に告げる。俺も幽霊も、天啓を使い過ぎた。例えるなら知恵熱みたいなもんか、あまりやり過ぎると体力を消耗する。


「もう、すっかり木の化け物だね」


 高さにしておよそ100mか。尖天塔と比べたら可愛いもんだが、恐らくはこの世界において最大級の体高を持つ生き物になったんだろう。いや、あれが生き物だといえるかどうかだが。


「みたいだな。ただ、動きは鈍そうだ」


 大きくなることにエネルギーを使い過ぎたのだろうか。すっかり化け物は動きを鈍化させていた。ただ、いつ動き出すかは分からない。


「うん。今のうちに弱点を探そう。幾ら巨大な怪物だって、急所は必ずあるはずだから」

「おいおい、今のうちに逃げよう、の間違いじゃねぇのか?」

「光輝くんは先に逃げていいよ。これは仕方がないよ、討伐対象の枠組みから大きく逸脱してるから」

「べ、別に! 本気で逃げようとしてたわけじゃねぇよ。あと、ここでその名前で呼ぶんじゃねぇ!」


 なるほど。あくまでも戦う構えか

 怪物は限界まで栄養を吸い尽くしたのか、どこかに向かって歩き出した。方角としては東だが、一体どこへ行こうというのか。


「こちらに対する敵意はなくなったのかな? それとも別の目的ができたのか」


 幽霊が何やら推察している。別にこのまま訳の分からないところに行って、レインボーフットから落ちてくれればそれでいいんだが。流石に橋梁の端っこはここからかなり距離がある。


「あれだけ巨大な体を操ろうとするなら、とんでもない量のエネルギーを必要としているはず。核になるような場所があるのかな。あれ、なんか、ごそごそしてない?」


 リトリヤの幽霊の発言に促されて怪物の方を見る。怪物ははす向かいにある巨木の残骸を、中腰になって探っていた。なんだか、改札の前で交通系ICを求めてリュックをまさぐっている人みたいでシュールな絵面だ。


「あそこって、何があったの?」

「いや、こんだけ荒らされちゃ正確な場所は把握できねぇけど、よくキャラバン製の調査船はあの辺に停泊してた気がするな」

「へー、キャラバンってあの浮島を飛空船に改造した?」

「そうそう! ゲームでしか乗ったことないけど、あれすげーんだよなー! 船って言うけど大きさは巨大な島そのものだからな! 船に乗ってるって感じしないんだよな。マストとか超でかくて、見上げても見えねえの!!」

「そんな大きい船が停泊できるスペースはなさそうだけど?」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ、調査船って言っただろ? キャラバンは天啓を利用して船で中空を航空する技術を開発したんだ。その技術はキャラバンの行商船や調査船だけじゃなくて、色々なギルドが使ってるんだ。それこそ、お前が好んで着てる服装のアークスチームだって飛空船を使ってるはずだぜ」

「へぇ。そうなんだ。随分と詳しいね」


 俺に向かって幽霊が目を細める。


「おいおい、褒めてもなにも出ないぞ? ま、実際の所ほとんどカルロから聞いたんだけど」

「カルロ?」

「ああ、キャラバン出身の獣人だ。時々トレモロとよく分からん取引をしに来ては、虫の多さに辟易として帰っていく男で——あれ、そういえばあいつ、そろそろこっちに来るはずじゃ」


 バキバキバキと枝が折られる音がする。怪物は巨大な腕に何かを掴んで、こちらを振り向いた。


「あれ、なんか持ってるけど。あれ、船じゃない!?」


 握られていたのは、まさしくさっきまで話してた船だ。大きく振りかぶって——


「危ない!」


 リトリヤの幽霊に頭を掴まれて、無理やり伏せさせられる。義手の方の腕だ、痛い。

 頭上で風を切る音が鈍く響き、刹那に轟音が鳴る。俺たちが宿り木していた巨木の幹に船が叩きつけられたみたいだ。


「なんだよなんだよ、メジャーリーガーもびっくりの球速とコントロールじゃねぇか!!」


 ガラガラと船が壊れていく。怪物はゆっくりとこちらに近づいてくる。


「別にこっちに気付いてないわけじゃなかったみたいだね。手頃な投げ物を探してただけなのかも」

「それで調査船を投げて来る奴がいるか!? 大丈夫かな、カルロが乗ってる船じゃなけりゃいいけど」


 船の方に駆け付ける。もうそれは船の体を成していなかったが。バラバラになった鉄や木の屑はどんどんと巨木から滑り落ちていく。まずい、もし本当にカルロが乗っていたんなら、この高さから落ちたらどうしようもない。


「カルロ、カルロ、カルロ!!」


 必死で船の残骸を退けていく。後ろではズシンズシンと怪物がゆっくり近づいてくる音がする。その揺れでまた船の残骸が零れて木から落ちていく。


「なるほど。このゴーグルでも使えそうかな? 一応、レンズを入れ替える機能はついているんだけど」


 リトリヤの幽霊が何かぼそぼそと言っている。この危機的状況に頭がおかしくなったんだろうか。


「うん。分かった。じゃあこのレンズに差し替えれば天啓の流れが見えるってことね。これでいいかな? わ、凄い、サーモグラフィみたい」

「素晴らしい機能でしょう? こちらはスクラプレックスの最新拡張デバイスなのです。他にも熱探知機能や風速探知機能、果ては迎撃ミサイル射出機能をオプションとして搭載することも可能ですよ」

「あはは、今回はいいかな。ありがとう」

「承知しました。いや、命の危機を助けて頂きありがとうございました。お代はお安くさせていただきますよ」


 いらだちを覚えるやり取りが聞こえて振り返る。饒舌な敬語。鼻につく上ずった声。アラブの民族衣装を思わせるひらひらした布地の服。


「お前! 生きてんじゃねぇか!!」

「ええ。わたくしは生きてますけど」


 カルロだ。あの野郎、すんでのところで下船するどころか、この間にリトリヤの幽霊と商談まで成立させやがった。


「お前も! 一声かけろや!」


 リトリヤの幽霊を指差す。


「ま、まぁまぁ。助かったからいいんじゃないかな」

「くっそー! こんなんだったらバラバラにでもなってりゃ良かったのに!」


 とはいえ生きていたのは良かった。となると、後は。


「カルロさんからレンズを貰ったんだ。これがあれば、一発逆転できるかもしれない」


 そう言ってリトリヤの幽霊はゴーグルを装着した。


「何が見える?」

「うん、結構ちかちかするけど、天啓の流れが血管みたいに見える」


 怪物はなお、手ごろなものを掴んでいる。今度は巨大な岩石だ。


「おい! まだ見えないのか! あれが直撃したら流石にお陀仏だぞ!」

「待って! ズームするから、えっと、こっちのレンズはそのままで——」


 怪物はまた右腕を大きく振りかぶった。


「見えた! 右肩!」


 直後に岩石が眼前に飛び込む。


「あっぶねー! 耐えた耐えた!!」


 カルロと幽霊を抱えて、最後の力を振り絞って飛んだ。あと一秒でも遅れていたら岩石が直撃していただろう。俺たちが止まっていた巨木は、岩石を喰らってミシミシと倒れて行った。


「ありがとうございます、助かりました」

「まだ助かってない! これ以上は体力が持たねぇから、あの怪物に直接突っ込むぞ! 何が見えてるのか教えろ!」

「うん、分かった! 右肩、正確には上腕骨頭の辺り、深さは大体20cmくらい! あれぐらいだったら、私でもえぐれる、はず!!」


 リトリヤの幽霊は義手の腕を振るい、手元に真っ白なトラバサミを精製した。


「よし! 突っ込むぞ!」

「あの! わたくしはどうすれば!」

「しっかり掴まってな!!!」


 スピードを一気に上げる。流石に鈍足なだけあって、あの怪物はこっちの動きに対応できていない様子だ。


「ごめん、思ってたよりも堅そう!」


 近づいていくにつれ、分厚い樹皮がよく見えてきた。確かに、これはトラバサミ1つでは切除しきれないか。

「ならちょっくら炙っておくか!」


 もう限界超えてる。しばらくは休暇をもらいたいところだ。無事に着陸できればいいが。溜息をついて光の粒を弾き出す。よく考えたら、上腕骨頭ってどこだよ。よく分からないけど、ハンコ注射のように光の粒で肩を焼いた。傍から見たらボヤ騒ぎ程度だが——


「ありがとう、これなら、十分!!」


 怪物の上腕に最接近した直後、幽霊が義手を振り下ろす。トラバサミが大口を開けて、怪物の右肩に食らいついた。


「まだ、まだ、まだ……!!」


 義手が煙を上げている。天啓の使い過ぎによる熱暴走だろう。もう、出力の限界みたいだ。トラバサミの方はというと俺の真下にある怪物の肩に食らいついている。どれだけ押しても動かない。あと少し!


「あ、危ないです!! あれ! 手が!!」


 肩に着いた蚊を潰すかのように。怪物は左手を振り上げていた。


「いや、でも、あと、少し!」


 轟音と共に風が吹く。怪物の左手が、翼に触れるか触れないか。そんなすんでのところでトラバサミが怪物の肩を食いちぎった。


「や、やった!!」


 トラバサミは血管にできた巨大な腫瘍のようなものをその口にしっかりと挟みこんでいた。どうにか、なったみたいだ。あれ、なんか、安心したら力が。


「やばいやばいやばいやばい! やばいですよ! このままでは落下します!」


 敬語の割に品のない言葉を連呼しているのが意識の端で聞こえる。まずいな、もうひと踏ん張りしなきゃ。せめて、カルロと幽霊だけでも。だめだ、眠い……。




「おい、起きろ! 起きろと言うとろうが!!」

 こんこんと頭を叩かれて目を覚ます。ここは、ギルド本部? そうか、きっとこれは夢だ。もう一度目を瞑れば、いつもの日常が帰ってくるんだ。


「おはよ、光輝くん」

「だから! その名前で呼ぶなって言ってんだろうが!!」


 体を起こす。


「良かった、起きた」

「はぁ。体だっる! 全然力が入らん。あの怪物はどうなったんだ?」


 周囲を見ると、どうやら玉座の間に寝かされてたみたいだと分かる。床に直なのは腑に落ちないが、ラボの手術台じゃなかっただけよかった。トレモロとカルロと幽霊と、未だに脈打っている腫瘍が周囲には居た。


「あの後、トワくんが気を失って落下してしまった後、怪物の方もどんどんと体を崩して行って砂みたいになっっちゃったんだ。それがクッションになって、どうにか助かったってところかな」

「その後、わたくしの船から壊れかけていたホバードリーを幽霊さんに修理して頂きまして。それでここまでトワさんを運んだ次第でございます」

「ふん、状況説明はそんなもので良かろう」


 エセのじゃショタジジイは話を区切りやがった。


「まず、任務ご苦労じゃった。報酬は弾むぞ。問題はこの木偶人形の核じゃ」


 トレモロは脈打つ腫瘍を指差した。


「どうにか回収は出来ましたが、核の中身までは私の装備では解析できそうにないです」


 リトリヤの幽霊はゴーグルをかちゃかちゃといじっている。


「ふん。そんなまどろっこしいことせんでも、中身を確認すればよかろう」


 トレモロがパチンと指を鳴らすと、腫瘍はペリペリとめくれていく。その度にどろどろと樹液のようなものが垂れていった。まるで玉ねぎみたいだ。次第に腫瘍は小さくなっていった。


「これは」


 最終的には俺の体と同じくらいの大きさだった腫瘍はひざ下くらいの大きさになった。


「GUIDEだ!!」


 粘液まみれのそれは、『UTOPIA』に出てくるマスコットキャラクター兼セーブ及びワープ機能、羊のぬいぐるみのような装置、GUIDEだった。


「GUIDE? なんじゃ、それは?」

「そうか。トレモロさんは知らないんですね。こっちの世界には存在しないもの」

「いや、これ自体は知っておるぞ。名前は聞いておらんかったが。というか、お前がこれを作ったんじゃないのか?」


 そう言うとトレモロはリトリヤの幽霊を指差した。幽霊は後ろを振り返る。


「えっと、誰のことですか?」

「いや、そこにおるじゃろ。お前じゃよ、おーまーえー」

「もしかして、私!?」


 幽霊は自分のことを指差す。義手じゃない方の手だ。


「そうか、そういえばお前らは記憶を失っておるんじゃったな。こいつのことまで忘れてしもうたか」


 そう言ってトレモロはGUIDEを抱き上げて絡みついた液体を拭き落としていった。


「かつてこのレインボーフットに突如として訪れたお前たちは、戦争に明け暮れていたこの世界を旅して回った。世界ギルド連盟は形骸化しておったからな。マイラスを世界ギルド連盟の中枢とし、アルク総督を擁立。訪れた島々に様々な技術や物を残していった。そして、革新的な島間移動の技術を授けることを約束して、永い眠りについた。全て、お前たちがやってきたことじゃ」


 トレモロがこちらにGUIDEを差し出した。リトリヤの幽霊と共に受け取る。


「いい機会じゃ。お前ら二人で世界を見てくれば、何か思い出すのではないか?」


 4つの手に支えられたGUIDEは突然振動し、目を覚ました。GUIDEは体を震わせて、そして一筋の光を屋根に向けて放つ。


「これは、一体?」

「まるで、ゲームで目的地を設定した時に道順を示すために出てくる光みたいだね」


 幽霊は目を細めてGUIDEを見下ろした。


「てことは、GUIDEは俺たちが次に行くべき場所を示している?」

「方角的には、大邑の方ですね」


 カルロはGUIDEを覗き込んでそう言った。


「わたくしの船なら一っ飛びで行けますよ。命の恩人ですから料金はサービスします!」

「いや、でもお前の船は大破したはずじゃ」

「いやいや」


 カルロはそう言って窓の方へ歩いていく。


「私がたった一機だけで単身でレインボーフットまで降りて来るわけないじゃないですか」


 窓の向こうには大小十数機の飛空船がアイドリングしていた。


「これで、何か分かるかもしれないね。光輝くんはどうする?」


 幽霊はGUIDEを抱えて窓の方に歩き出す。その背中は逆光で縁どられていた。


「愚問だな、あとその名前で呼ぶな」


 リトリヤの幽霊と一緒にというところは気に入らないが、俺だってこの世界を見て回りたかったし、それによってこの夢の原因が分かるなら、この肉体が持っている記憶が判明するなら、この旅も悪くはないだろう。


「ジジイ! 世話になったな! 次来る時は世界一周した後だ!」

「ふん、無理やり装置でお前の記憶を抽出してやってもよかったのじゃがな。精々、全てを思い出して帰ってこい」


 トレモロは依頼の報酬を俺に不作法に投げ渡した。随分と重い。


「餞別も頂いたことだし、行くか!」


 カルロの船に飛び乗った。まさかこの時はゴーグルのレンズ代と飛行船のチャーター代で報酬の半分以上を持って行かれるとは思っていなかった……。

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